「部落差別の解消の推進に関する法律案」の撤回を求めます


 去る五月十九日、自民党、民進党、公明党は「部落差別の解消の推進に関する法律案」(以下、「部落差別解消法」)を衆院法務委員会に提出しました。しかし参議院選挙も控えていいたことや法案を取り扱う衆議院法務委員会で法案の数々の問題点が指摘されたこともあり継続審議となりました。

 法案を一読して私どもは大きな衝撃と憤りを覚えました。

一、先人たちの努力を無視、政府見解をも無視しています。
 同和対策事業は三十三年間におよぶ法的措置で約十六兆円の財源を投入して問題解決を基本的に達成したのをうけ、総務省地域改善対策室は平成十三年(二〇〇一)一月二十六日「今後の同和行政について」を発表しました。
「特別対策を終了し一般対策に移行する主な理由」として①これまでの膨大な事業の実施によって同和地区を取り巻く状況は大きく変化したこと。②特別対策をなお続けていくことは、差別解消に必ずしも有効ではないこと。③人口移動が激しい状況の中で、同和地区・同和関係者に対象を限定した施策を続けることは実務上困難と指摘しています。
 さらに平成十四年〈二〇〇三〉三月二十九日)には「同和関係特別対策の終了に伴う総務大臣談話」が発表されました。「国、地方公共団体の長年の取り組みにより、劣悪な生活環境が差別を再生産するような状況は今や大きく改善され、また、差別意識解消に向けた教育や啓発も様々な創意工夫の下に推進されてまいりました」と成果を確認しています。
 
二、過去の対象地域(地区)は普通の地域になりました。
 法的措置が終了してすでに十四年が過ぎました。この間にも神奈川県や市町村は同和問題の啓発や教育に取り組むとともに人権等の相談窓口を設置し取り組んできました。これらの努力により同和問題の解決は大きくすすみました。いくつかの成果をあげますと、①劣悪であった環境問題は住民合意に基づいて改善されました。②かつて地域や学校などであった差別事象は解消しました。③対象地域は、かつて百%かそれに近い混住率(対象地区に住む新旧住民の割合)だった状況から新く転入した住民が過半になりました。そして古くから住む家庭には地域外から一人以上の嫁や婿が入っています。そして地域の若い人の中には同和問題を理解できない人が圧倒的多数になっています。④結婚問題では「同和対策審議会答申」で「結婚問題は最後まで越えがたい壁」といわれていましたがこの二十五年間以上「結婚差別」はありません。⑤就職差別もなくなり、職種や職域も県民との較差も解消されています。このように同和問題は解決した状況になりました。

三、「部落差別解消法」案は特別対策前の地域に逆戻りさせます。
「部落差別解消法案」は「部落」とか「部落差別」の定義をしないまま「部落差別」を限りなく、法律案のすみずみ十八ヶ所も使用している感覚は異常といわなければなりません。
 差別が厳しく存在していた時期に制定された「同和対策事業特別措置法」(一九六九〈昭和四十四〉年~十三年間)や「地域改善対策特別措置法」(一九八二〈昭和五十七〉年~二〇年間)でさえ、同和対策事業の対象地区を「対象地域」(いずれも第一条)としていた「対象地域」を「部落」、「部落差別」に置き換えるものとなっています。法律の何より問題を固定するものです。

四、差別の実態調査は新たに、再び「部落」や「部落民」を抽出、固定化するものです。
「部落差別解消法案」は「部落差別の実態に係る調査」を行うとしています(第六条)。調査の段階で「部落」の範囲、調査対象者(「部落民」)を特定することに連動します。まさしく普通の地域を「部落」にし、住民を「部落民と一般民」として新たにレッテルを貼り付けることになります。

五、「部落差別解消法」案は相談窓口にも特別あつかいにさせるものです。
 法案は国や地方公共団体に部落差別に関する相談体制を充実させることを求めています(第四条)。すでに多くの都府県や市町村段階で「人権問題」の相談を実施しています。このことは一般の人権相談窓口のほかに「部落差別」の相談窓口を設定することもとめるようなものです。人権問題の中に同和問題だけを突出させる異常なものといわなければなりません。

六、全国的に行われている人権意識調査とも乖離した同和啓発により問題を特殊化するものです。
 法案は部落差別解消と称して特別教育・啓発を行うことを求めています(第五条)。「親しい人が同和地区の人であった場合の対応」に九二・一%が「これまでと同様に親しく付き合うと」応えています。(一九九四〈平成六年〉神奈川県調査)
 最近の人権意識調査でも同和問題だけを特別視した啓発に違和感を持つ人が増えています。
 地域住民の一例を挙げますと「部落差別をなくす為にあなたがしていること」に対し「何もしない」は四四%、「活動にも参加しない」は二四%、「運動に参加する」は一一%でした。(神権連の一九八四年七九名青年意識調査)また、最近の意識調査について必要性を問う回答も増えています。
 一九九三〈平成五〉年の「同和地区実態把握調査」で「今後の啓発活動に関する意見」に対して「ほどほどに」、「あまりやらない方がよい」、「やるべきでない」の消極的意見は約四七%を占め「積極的に行うべき」は二七・二%でした。(関東ブロック集約)
 同年の神奈川県の「同和根問題の意識調査」では「今後の同和啓発・教育のあり方」について六五・五%は「人権問題全体の一環として行う」と応えています。
 当該者や市民の多くは特別な同和行政や教育、啓発は求めていません。今日の状況を無視して特別な取り組みを行うことになれば問題を固定化する最悪の状況をつくることにもつながっていきます。

七、「部落差別解消法」案は同和対策事業を義務化しています。
 同和対策事業は較差の是正でした。二〇年前に較差の是正が達成されました。にもかかわらず「部落差別の解消に関する」施策を講ずることを「責務」としています(第三条)。
 過去には恣意的につくられた「部落問題」(落書きが大きなウェイト)を利用し教育や啓発、特別対策を要求するという事態がありました。「部落差別」=「同和行政、教育、啓発」=「同和利権」「似非同行為の多発」の再来にもつながっていきます。

八、法案の提案理由は落書きやインターネットの書き込みでした。
 ①神奈川県下では差別とされる事象の大多数は「落書き」でした。落書き場所は大學や役所などのトイレです。内容は「エタ・非人殺せ」が全国的に共通していました。だれも被害を受けないにもかかわらず「市民に差別意識があるから落書きが起きる」というのが複数の団体の言い分でした。行政もこの言い分に従っていました。しかし神権連の度重なる指摘に行政も徐々に変化し対応しなくなりました。そうすると落書きも減っていきました。
 ②他県では運動団体関係者が「差別落書き」をしていました。
 事例一、「五年間も町職員=運動団体支部員、差別者と被害者を演じる」二〇〇三年から約五年間にわたり福岡県立花町で「差別文書投函」事件が発生しました。町役場の被差別部落出身男性A(部落解放同盟の支部員)のもとに一通の葉書が送られてきました。・・・立花町人権・同和教育研究協議会が「『人権侵害・差別はがき事件』を考える!『差別を許さない』町民集会」を町立「担い手研修センター」で開催しました。席上でAは「みなさんのこの怒りが大きなうねりとなって犯人に届くことを願っています」と報告、部落解放同盟福岡県連委員長を本部長、県連書記長を事務局長とする「町連続差別ハガキ事件糾弾闘争本部」を設置するとともに「人権侵害救済法」制定の必要性を強く訴えました。県も法務局や県関係機関などで構成する「立花町差別はがき事件対策会議」を設置し、県を挙げてこの事件の解決に取り組んだのです。ところが二〇〇九年七月、県警はAを偽計業務妨害の容疑で逮捕しました。自ら宛てに送った最後(四四通目)の葉書に付いていたDNAが決め手になりました。
 事例二、一九八三年八月に兵庫県篠山町で「部落差別落書き」が発見されました。部落解放同盟中央糾弾闘争本部長所有のワゴン車や市民館北側駐車場の路面など四箇所で発見されました。文面は「エッタシネ」「ヨツコロセ」などというもので、型紙にスプレーを吹きつける方法で書かれていました。
同町と教育委員会、町同和教育協議会は三日間にわたり、部落総代・地域づくり推進委員・婦人会班長以上・同教理事・学習指導委員・町会議員・教職員・行政職員ら約八百人を緊急町民集会に招集。「悪質な差別落書きを糾弾する!」との声明を発表しました。
ところが同年五月頃にある団体の支部長から「支部の運動が盛り上がらないので、よそでよく書かれている差別落書きを書いてくれ」と依頼されていたことが明らかになりました。
 事例三、一九九四年一月、部落解放同盟高知市連絡協議会に同和地区住民と朝鮮人への中傷文書が送られた事件がありました。犯人は長年にわたって部落解放運動と深い関係を持ち、職場の「差別落書き」事件などを取り上げてきた市役所主査で部落解放研究会の会員でもある職場活動家だったのです。動機は「(市に)人権条例を制定させるには、差別事例が必要だと思った」「部落解放のためにやった」というものでした。これらの事件で団体側の反省はありませんでした。
 その他にも大阪では一人で百七十ヶ所も落書きをした人物が逮捕されています。“行政が大騒ぎするから面白い”が動機とのことでした。

九、同和啓発は同和問題への逆効果をもたらします。
 平成二四年総務省の「人権意識調査」で「同和問題を知っている」と答えた人(千四百六十七人)に同和問題に関し現在どのような人権問題が起きていると思うかを聞いています。「結婚問題で周囲の反対を受けること」を挙げた者の割合が三七・三%、「身元調査をされること」二七・八%、「差別的な言動をされること」二四・九%、「就職・職場で不利な扱いを受けること」二三・二%となっていました。全国的にほぼ共通しているのがこの四項目です。
 背景には実態と乖離した同和啓発や同和教育が背景にあります。「同和問題について,はじめて知ったきっかけは」に対して次のように回答しています。「同和問題を知らない」と答えた割合が一番多く二〇・八%です。「学校の授業で教わった」が一九・五%、「テレビ・ラジオ・新聞・本等で知った」は一五・七%その他「職場で聞いた」、「友だちから聞いた」など「現実離れの非体験型」ともいえる認識・知識は六〇%になります。
 背景には「結婚や就職で差別が後を絶たない」とする現実離れした同和啓発等々が大きな影響を与えています。
 同和啓発や同和教育は得てして「悪い事例」ばかりで特に「結婚や就職で差別がある」とする啓発文書が多すぎます。差別を振りまく結果になるだけです。

十、差別をつくり行政に特別対応を求めることは不正につながります。
「同和関係」を含めて具体的な差別や誹謗中傷、排除等を受けた場合には法的手段により名誉の回復や損害賠償を求めるのが基本です。過去の事例(目的や意味不明、損害もない愉快的落書きなど)のように行政や教育委員会に責任を転嫁し、啓発や特別対策を求めることは論外のことです。
 因みに「各種の落書き」で「該当する組織」は行政に対して「差別意識がある」から「○○啓発、△△教育」を行えと詰め寄ることは同和団体以外はありません。圧倒的多数の落書きはだれも被害を受けないからです。

 以上の諸点からこの法案は廃案にすべきです。