『十二夜』
かんそう


 お芝居を観る時、原作があれば読み、過去に上演されたものならば、その当時の記録など、手に入るものは必ず目を通してから…というのが通例でしたが、今回の『十二夜』は、何も頭に入れずに観ました。


 どうしてヴァイオラオーシーノーのことを好きになれたのだろう?という疑問。
 だって
オーシーノーって、見るからに我侭で、無神経そうで、筋肉バカ(失礼っ!)っぽいんだもの。街の噂でも、“自分が偉いから、欲しいものは何でも手に入れられると思ってる人”だし、そんな人から求愛されても、オリヴィアは戸惑うばかりか、不快にすらなってしまう。兄を亡くして傷付いた心を、さらに傷付けられてしまうと思ったはず。
 お芝居を観ている時は、そんなふうに考えていたので、どうしてもヴァイオラの気持ちが分かりませんでした。

 オーシーノーは勿論すぐにオリヴィアを妻にしたいという気持ちもあっただろうけれど、それだけでなく、彼女に少しでも早く悲しみから立ち直って欲しいと願っていたのではないだろうか…?そのために自分が出来る事は…と考えた上での、このようなプロポーズだったのかも?
 でも実際には、それが全くの裏目に出てしまったのではないか…。
 かなりの飛躍的推察ですが、自分がもしオーシーノーの立場だったら…ということで考えてみました。
 しかし、どんなに相手のことを思ってした事だろうと、相手にその気持ちが通じなければ、それはただの自己満足です。
 気持ちって、どうしてうまく通じないのだろう?と、自分の経験も含めてもどかしくなります。

 シザーリオヴァイオラ)はオリヴィアと同様に兄を失った悲しみを、身をもって知っていたから、オリヴィアの気持ちを察することが出来、その優しさからオリヴィアシザーリオを好きになったのかもしれません。

 そしてシザーリオという少年(男)になったことで、オリヴィアには見えなかったオーシーノーの少々乱暴で強引ではあるけれど、本当は優しくて、思いやりのある人なのだといった、彼の魅力を知ることが出来たのかもしれません。

 今回の舞台の中で、時計という小道具がとても効果的に使われています。

 わたしは時計を身につけるのが苦手なのですが、それでも時計自体は無いと、とても困ります。

 正確な時を刻まなければ、時計はその本来の機能を果たしていないわけです。ところが物語の中では、すぐに止まってしまったり、狂ってしまいます。
 時計がその持ち主の“運命”という時間をも刻んでいる…そんな気がします。

 ヴァイオラは父親の形見の時計を首に下げています。海水を吸って、止まってしまった時計に、道化のフェステ(左)が興味を示します。
 フェステは時計を集めるのが趣味で、両腕、胸、腰と時計がびっしり。時間を聞かれると、“どの時間がいい?”と相手をからかいます。察するところ、どの時計も正しい時間は指し示していないようですが…。

 オリヴィアの家の執事、マルヴォーリオの時計も安物で、すぐに止まってしまいます。生真面目過ぎて、トービーマライアたちにからかわれてしまう、彼の時計は、まさに彼の性格までも表しているようです。

 ヴァイオラは自分のついた嘘が元で、想う人(オーシーノー)には告白できず、想わぬ人(オリヴィア)から求愛され、がんじがらめになってしまった。それは止まってしまった時計のようでもあります。

 フェステに壊れた時計を預けた頃から、ヴァイオラの運命が動き出します。兄のセバスチャンが街に現れ、そっくりな二人が至るところで騒動に巻き込まれるので、街の人たちは大混乱になります。

 セバスチャンと再会することで、ヴァイオラは身分を明かすことになったけれど、もし再会出来なかったとしても、オーシーノーにホントのことを言ったのではないかな…と思います。

 シザーリオと間違えてセバスチャンと式を挙げてしまったオリヴィアが、入れ違ったと知りながらも、そのままセバスチャンと一緒になると決心することや、オーシーノーがすぐにオリヴィアのことを諦めて、ヴァイオラとの結婚を決めるという辺りも、観劇中はいくらハッピーエンドだといっても、“おいおい、それじゃああんまりいきなり過ぎないか?”と、ついツッコミを入れてしまいました。
 オーシーノーヴァイオラについては、気持ちを通わせる場面があったから、好きになるのも納得出来たけれど、セバスチャンオリヴィアは本当に見た目だけで一目ぼれした関係なのだもの。
 でもまあ、そういう出会い頭的な恋もあるわけですから、それで幸せになれるのならば、こんなに素敵なことはありません。

 う〜ん、恋ってホントに不思議なものですね。


 この感想のページのイラストを描いていて気がついたことがあります。オリヴィアが登場する際、椅子に座っている姿が、まるでモナ・リザのようだということです。
 シザーリオと会う時、オリヴィアは頭からヴェールを被っていますが、それもまさにモナ・リザと同じなのです。
 足の上の両手の乗せ方なども意識して作っていると見ました。
 学生の頃、研修旅行でルーブル美術館に行き、薄暗い展示室の防護ケース越しにですが、本物のモナ・リザを見たことがあります。黒いドレスを着て、頭からは薄い黒のヴェールを被っていました。微笑む表情は、幸せ一杯というよりも、どちらかというと寂しげです。見方を変えれば、含羞の笑みとも取れます。
 ドレスの胸元は本物のモナ・リザの方がかなり大胆に見えていますが、黒という色ですから、当時の喪服なのでしょうか?のようでもあります。いかがなものでしょう?


 オリヴィアに恋するうちの一人、貴族のアンドルーと彼の愛馬・パカポコの関係も印象的です。

 マルヴォーリオといつも一緒にいる、コマルヴォーリオは、あまりにマルヴォーリオが情けないので、家出をしようとします。それを、パカポコが見つけて“あんたが見捨てたら、マルヴォーリオは一人ぼっちになってしまうよ”と説得します。どんなにダメな人にも、一つくらいはいいところがある。そこを分かってあげなければと、気付いてコマルヴォーリオは家出を止めます。
 微妙なところですが、友情ですね。
 わたしとしては、“同情してやってるんだ”といった態度で接されるのは、何より自分が辛くなることなので、こういった関係は非常に複雑です。

観た日2000年7月14日(fri)

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