観た日:1月8日(sat)、1月16日(sun) 劇場:新宿シアターアプル
観た席:両日とも20列19番(最後列の真ん中)
ここは粗筋になっています。
下線のついた部分をクリックすると、詳しいあしゅけの感想が読めます。
(この文章に戻りたい時は、IE5の場合、バー左上の“戻る”を押してください)
舞台は遠景に新宿の高層ビル群を臨む、とある工事現場。ビルそのものは無く、金属の管をつなぎ合わせた足場・イントレが組まれている。
作業中の器機が出す騒音がふと鳴り止み、静寂とともにピアノの音色。そして上層部のイントレに置かれていた袋から、二人の女童(めのわらわ)、鬼灯と蜻蛉が顔を出し、『とおりゃんせ』を歌い踊り始める。曲調も明るいダンサブルなものになる。
角隠し状の白布をつけ、掃除を終えたばかりという様の奥女中、薄(すすき)の登場。
薄と女童と入れ違いに腰元六人登場。手に苧環(おだまき)を持っての踊り。
この天守の最上段に据えた獅子頭に供えるため、腰元が白露を餌に、秋草を釣る件。薄も加わると、間もなく空には黒雲が立ち込め、雨と風に乗って天守の主、富姫が帰ってくる。富姫は今日、猪苗代から鞠をつきに遊びに来る、妹分の亀姫のため、鷹狩に出掛けた城主播磨守一行を追い返すため、夜叉ヶ池の白雪姫に風雨を頼みに行った帰りである。小山田の案山子に借りた蓑と笠を脱ぎ、焚き火を囲んでの富姫の語り。そして亀姫を迎える身支度。
女童が火遊びをしていると、亀姫の先達、十文字ヶ原の朱の盤坊が屋根より五重に降り立つ。赤面の山伏にも物怖じしない女童とのやりとりあって、薄、腰元の出迎える内、大きな鞠を抱えた鞠小姓・土筆丸、茅野ヶ原の舌長姥、そして亀姫の登場。久しぶりの邂逅を喜ぶ二人。
亀姫の土産は猪苗代の亀ヶ城城主、武田衛門之助の生首。運ぶ途中で汚れた生首を舌長姥が舐めて拭う。武田衛門之助は、播磨守の実の兄弟で、拭われた顔はますます播磨守に生き写しとなる。富姫は生首を獅子頭に供える。この天守の者は、全てこの獅子頭の精霊によって活かされている。
富姫と亀姫が奥の間で手鞠をつく間、朱の盤坊は腰元たちのもてなしを受ける。腰元の歌と踊りがあり、富姫と亀姫の手鞠歌に乗って、轢き殺され、食われる土筆丸の振り。そして朱の盤坊の剣舞へと続く。
互いの口に付いた血を拭い合いつつ、奥の間から富姫と亀姫が出てくる。富姫は亀姫への贈り物として、播磨の家の重宝、青龍の兜を用意していたが、生首に比べて見劣りすることを恥じ、城に帰ってきた鷹狩一行の中に見つけた、白鷹を捕まえ、亀姫の土産とする。
天守に矢が射かけられ、鉄砲が撃たれると、富姫は花火線香を焚いて、亀姫の帰路の松明として、次は遊びに行くことを約束し、別れを惜しむ。
日が暮れて、遠景のビルに明りが灯り、天守もひっそりと静まり返る。獅子頭の前に座す富姫。灯火の薄明かりに照らされる。
イントレの上層より、鷹匠の姫川図書之助が雪洞を持って登場。殿様秘蔵の白鷹を逸らした落ち度で切腹を命じられていたが、赦免の条件として、天守の最上階を見届ける役目を仰せつかってきたのである。播磨守に忠節を誓う武士ではあるが、富姫はその潔く、凛々しい言葉と態度に心を動かされる。そして何があっても、二度と戻ってこないようにと言いつけて、無事帰すことを約束する。しかし階の途中で灯火を吹き消され、進退度を失った図書之助は、富姫との約束を破り、灯を貰うため、再び最上階へ引き返す。
自らの命よりも武士としての面目を考えて戻ってきた図書之助の、勇ましくも爽やかな心栄えに、感服した富姫は雪洞に手ずから灯りを点し、図書之助の面を視て、恋に落ちる。
富姫は図書之助に切腹を仰せつかった理由を聞き、白鷹を奪ったのが自分であることを明かす。図書之助も富姫が自分を窮地に陥れた者と知り、初めは怒りを露にするものの、播磨守の専横を問い質す富姫の正しさ。そして、そのような君主の元になど戻らず、ここに残るようにと勧める真心に心を揺るがされる。しかし図書之助はまだ生きることに未練があり、それを知った富姫は無理強いすることなく承諾すると、天守の最上階まで上った証拠の品として、青龍の兜を渡して帰す。
獅子頭に図書之助をくださいましと、呟く富姫の気持ちを察する薄の意見も、真の恋には反することと諌めはするものの、図書之助との縁に痛み入る富姫。
一方、天守の下では播磨守が直々に出張して、富姫が図書之助に持たせた兜改めが始まる。ところが詮議が進むにつれて、家宝の兜を勝手に持ち出したことが、殿の首に手を掛けたも同罪と、図書之助に謀反の嫌疑がかかってしまう。それまで同朋と信じていた者が掌を返すように、図書之助に切り掛かってくる。
多勢に無勢、しかも逃げ場の無い図書之助は、腕に深手を負いつつ、討手を蹴散らし、天守に逃げてくる。再び禁を破って上って来た図書之助は、かつての同輩に殺されるよりも、富姫に命を奪われることを望むのだが、富姫は図書之助を抱き、獅子頭の母衣(ほろ)に匿う。
山隅九平を始めとする、討手の武士たちが、図書之助の逃げ込んだ獅子頭を取り囲むと、故事来歴に詳しい小田原修理登場。獅子頭の謂れを語り、九平らに獅子の目を狙うよう指示する。
母衣を撥ね上げて獅子から飛び出した図書之助は、討手と刃を合わせようとしたが、獅子の目が傷付けられ、視力を失っている。討手に取り押さえられたその時、武田衛門之助の生首を掲げて富姫が現れる。討手は皆その首を、播磨守の御首(みしるし)と勘違いし、生首をかこいつつ、方々の体でその場から退却する。
富姫も、侍女たちも、獅子の精霊によって活かされている者は皆、視力を失ってしまう。
手探りで縋り合う富姫と図書之助の二人は、討手の武士が引き返してくる前に、共に死のうと覚悟を決める。
近江之丞桃六登場。そして獅子の目に鑿(のみ)を当てると、富姫と図書之助の目が見えるようになる。この桃六こそ、獅子頭を作り、富姫の櫛に牡丹の花を彫った名工であった。
桃六に祝福される中、二人は獅子頭の上にて抱擁する。
幕
注釈
*1 イントレとは、足場用仮鉄骨のことだそうです。
*2 わたしはここは、現場がちょうど昼休みに入った刻限と見ています。
*3 女童の『とおりゃんせ』の踊りは初演時、アムロ風とされていましたが、アムロと禿をかけているのだろうか?
*4 薄のメイクは白塗りの顔に、目回りのシャドウと睫毛は日に日に濃くなったらしい。マリリン・マンソンっぽい。
*5 侍女たちの持っている“苧環”の名前が思い出せなくて、咄嗟に思い浮かんだ“妹背山”と“お三輪”のワードで検索をしてたら、中村又蔵丈のサイトを見つけちゃいました。
*6 富姫のお土産は、新聞紙にくるんだサツマイモ。一斗缶の焚き火で焼いて、富姫の話を聞きながら(実はあまり聞いていない風)、薬缶の茶を回し飲みしつつ皆で食べる。
*7 朱の盤坊の顔の色は、朱色ではなく、着物の色と合わせてあって、紫とピンクが交じった感じなのがオシャレです。
*8 朱の盤坊から亀姫に至るまで、屋根の上から降りてくるイメージとして、舞台の正面奥より、目潰しバックライトに照らされというより、包まれて、スモークの中から登場する。
*9 肌の浅黒さ(綾ちんは日焼けサロンに通ったのでしょうか?とてもいい感じの黒さです)、おでこのビンティといい、いかにもインドの少年風。これはシェイクスピアの『夏の夜の夢』に出てくるティターニアが可愛がって、オーベロンとの諍いの発端ともなる、インドの少年と重なる気がする。
*10 舌長姥の冠の飾りはいくつもの金の舌のタワーになっていて、よだれの雫が連なり揺れている。
*11 亀姫の髪型は、写真の資料でしか見たことが無いのだけど、『助六』の揚巻の後ろに控えている禿の形。紫帽子で前髪を覆っているのは遠出の外出用?髷から七色の細い棒がブシブシ出ている(七色小町というものらしい)。亀姫がトロ〜っと出てくるあの雰囲気は、漫画『ツル姫じゃ〜』(土田よし子)のカメ姫ちゃんのキャラに通じていると思うのだが…亀的にノタ〜としたスローモーな感じ。でも出てきてしまうと、わりとすばしっこかったりする。
*12 富姫と亀姫の、抱擁の場。ここはまさにSの世界、小鳥(^3^)止り。
*13 舌長姥、生首の汁を舐めるうち、あまりの美味さに、つい堪らず目玉(鶉の卵?)を頬張ってしまう件。その後腹話術よろしく(いっこく堂?)、生首の手も足も出ないというネタは、先代波多屋の型を踏襲しているものの、毎日アドリブが加えられた様子。
*14 亀姫の“お姉様、旦那様がいらっしゃる”という羨望の言葉から、“なんの不足は無いけれど、こんな男が欲しいねえ”という二人の思いが明かされる。富姫も亀姫も自在に生きる物の怪の類でありながら、遊郭の太夫のような存在であることが分かる。遡れば、亀姫の登場も、花魁道中の趣向と言える。
*15 ボロボンボロボンの歌は、そうか、ラップだったのか…とあとで納得。手踊りの感覚が好きです。
*16 お客人である朱の盤坊はもてなされもするけど、奉仕もするのね。男の性ですな。
*17 侍女の歌と踊り、これも“モータウンだったのかっ!”とあとで分かった。Hip
to hipなどを踊りたくなるリズムです。
*18 手鞠歌を歌いつつ、富と亀と土筆丸が登場するけれど、これは実際には表には現れていない感じがする。奥の間から聞こえてくる歌声がまさにイメージとして膨らんで映像に化けたという感じ。または土筆丸の実感みたいなもの。実際の奥の間では、ギッチョングッチョンのスプラッタな光景が繰り広げられているのだろうけれど、食われている土筆丸の感覚では、こんな可愛らしいシチュエーションで、テコテコつかれている気分なのでしょう。
*19 朱の盤坊の剣舞は、『身毒丸』のシッダルタの踊りですね。勇壮な感じが好きです。
*20 天守に矢が飛んでくる場面は、初演時、矢を亀姫が隠し持っていて、“カシーン”の音とともに、亀姫の額に刺さるという段取りでした。そこで不敵に片頬を上げて“ヘッ!虫が来た”と笑う姿に、よけてないじゃん、完璧刺さってるじゃんっ!と、ツッコミを入れて笑えたんですよ(旗本退屈男みたいなの)。再演の今回、なんと亀姫はサッと身をかわし、矢は後ろにいる女童に刺さってしまうという段取りになった。したたかになった亀姫に拍手。
*21 日暮れと共に本日の作業終了の感あり。
*22 富姫は深紅の(ビロード?)お着物、雪柄の帯の上に、白地に孔雀の羽の刺繍が施された、豪勢な小掻巻を羽織ります。初演の時は初日にまだ刺繍が完成してなかったらしい。
*23 燭台は、もちろん、工事現場の黄色いライト。
*24 図書之助の髪型は、初演のふわっとしたのでも、スチル撮影用のチリチリのでもなく、緩やかなカールがかかっていて、後ろに束ねたのの他に、両肩にふぁさっと掛かっている。一見ベルバラのアンドレ風だけど、牢屋に放り込まれる前に、いじめられたりした、そのままの乱れ髪って風情でもある。
*25 富姫が締めて殺そうとした図書之助の顔をまじまじと視て、フッと手を伸ばすが、つと思い留まる。手を使わずに縊り殺せる力がある富姫だから、直に触ったとしたら、図書は即死してしまうのかもね。この辺りの、好きになっちゃったから、ホントは触れたいんだけど、ああ、触れられないっ!という、なんとももどかしく、ストイックな気持ちの葛藤が素敵です。
*26 図書を帰すこの場面、富姫が明りを消すバーをガチャンと落とす。それまであった場面が突然掻き消えた感じに見えるのが面白い。
*27 侍女たちが図書之助を苧環ライトで惑わす。図書之助の目にはユラユラと浮遊する灯りしか見えないから、野衾(ぬりかべみたいな通せんぼする妖怪ですかね?)という妖怪の仕業と思っているらしいが…戻ってきた図書を嬉しそうに迎える富姫の仕草が可愛い。
*28 図書之助の“下に向かえば真の暗黒(やみ)〜略〜上を見れば五重の此処より幽にお燈がさしました”という科白の中にも、下の世界はもう帰る場所ではなく、富姫の住む天守が図書之助の帰る場所であることが象徴されているように思います。
*29 薄のギター、泣かせます。図書之助の心象をイメージして入れられた場面らしいけれど、“富姫ガンバレッ”と薄が応援して、ムードを盛り上げているのだから、富姫の心のイメージなのでは?という説もあったりする。そしてどこからともなく流れてくるサックスの音色。奏者は先代白鷹、清十郎の咲酒屋。奥の扉が閉じて、薄は締め出されてしまう。となると、これは富姫が“あとはわたしが自分でやるから、薄はもういいわ”という意味の、自分で奏で始めたサックスの音色…ということなのかしらん…
*30 白鷹の談義をする場面で、イントレ上部に白鷹ケンジがあらわれる。しかしこれは幻なので、タバコも吸ってるし、ニヒルで渋い白鷹になっている。
*31 プログラムの新之助丈と座長の対談を読んで、図書之助が13歳位と知って、改めて驚いた。確かに前髪があるということは元服前ってことだから、それくらいの歳が妥当だけど、それにしてもしっかりした13歳だな〜と思った。しかし、殿様に一途だったり、富姫に言い寄られて戸惑うところとか、白鷹を取ったのが富姫だと知った時、本気で怒る姿とか、この辺りは青年ではなく、少年に見えるのですから不思議なものですね。
*32 富姫の言葉に薄が痛み入る前のアドリブの会話。加納さんと八代さんがこうして二人だけで会話してるのって、珍しい気がするのですが…。
*33 天守下の様子は全て薄によって語られます。初演にも増して、臨場感が膨らんで、この場面は八代さんの見せ場ですね。
*34 富姫が傷口を(^3^)すると、不思議と癒えてしまう。ここでもう図書之助はこっち(あっち?)の者になってしまったのですね。
*35 討手の一団は、メットの甲冑、槍は円錐形のコーンをつなげる棒に鋸の歯が付いてるのを持っていて、防塵マスクしてるのがサイボーグみたいで無機的です。
指揮する山隅九平は、自分はビジュアル系だと勘違いしてる筋肉ムキムキのヘビメタという感じ。それでいて曲調はデスメタルな気がする。乳ピーをしている。
*36 小田原修理は、曲は全然違うけど、スタイルが超グラムロックっぽい。ジギーの頃のデビッド・ボウイの辺り。白塗りに黒の口紅というイメージがそう思わせるのかな…季節は秋なのに桜の枝(匂い嗅ぐところを見ると、梅かなあ…)なんか持っちゃってる、かなりナルなお兄さんです。
蛇足ですが、先代曲屋の修理は、ロッキーホラーショーが入ってた気がする。
神がかったのか、霊が降りてきたのか、バッタリ倒れたかと思うと、いきなり起きあがって、口寄せのように故事来歴を語る型は継承芸ながらも、洋さんらしさが出ていて(人妻なれば〜の辺からのトコとか)面白いです。
*37 桃六は、柔和に高笑いしながら、コンコンチキチン、コンチキチンという鉦の音に乗って、ゆったりと舞台に上がってくる。富を庇い、刀を構える図書の後ろ頭を叩いたりするお茶目さも忘れない。獅子が嬉しそうに眉をピクピク動かすのが、ご主人様に久しぶりに会えて喜んでいる風でとっても可愛い。
鑿で彫る仕草は“大入叶”と書いています。お客さんが沢山来る様にとのおまじない、縁起ものの一つですね。
自害した富姫を活き返らせることの出来る霊力のある獅子頭を作った桃六は、もう既に死んではいるけれど、富姫よりも獅子よりも格が上の霊的存在ということになり、花組の舞台では、この物語の原作者、泉鏡花をイメージモデルとしています。
*38 獅子の前で図書之助が富姫を抱こうとすると、富姫は拒むというのではないのですが、図書の腕からするりと逃がれるようにして、獅子頭の上で図書之助を誘う。そして追ってきた図書之助と富姫はゆっくりと抱き合って(^3^)をする。
初日に観た時、二人は幕が降りるまで、ずーっと抱き合ったまま(^3^)をしているように観えたんですよ。
初演の時は、獅子頭の上で二人が母衣にくるまれた直後、一瞬現れる富姫の顔が鬼女に変っていました。図書之助が富姫に食われてしまうという幕切れで、その後のカーテンコールで現れる時は、富と図書二人仲良く出てくるという演出だったのです。人の目から観たら、図書之助は鞠小姓の土筆丸同様、富姫に食べられてしまったように映るけれど、当の二人にとってはこの上も無い幸せが始まるのだということが分かって、とても好きな幕切れだったので、再演にしてこの模様替えはどうしてなのだろう…と、その日は家に帰るまで、ヤダヤダヤダ状態でした。
しかし、家で初めてプログラムを読み、よくよく思い返してみると、あの長い(^3^)は、そう言えば富姫がモグモグしているような気がしました。でも、やっぱりただ(^3^)をしてるようにしか見えなかったというのも事実で、カーテンコールにラブラブな感じで出てくるからには、その寸前までは人間の側の目で、凄惨なシーンとしての幕切れを観てみたいものだ…と思っていました。
そして東京楽日、最終日特有のお遊びなども盛り沢山。舞台も客席も大盛り上がりの中、ラストシーンが近づくにつれて、わたしはとてもドキドキしていました。
数日後に観た友達が、少しイメージが変っていたと教えてくれたんです。ネタバレになるから、詳しくは言えないけれど、良くなっていると聞いていたのです。
獅子頭の上に昇る二人、固く抱き合い、(^3^)…あ…富姫の腰を抱く図書之助の腕が、幕が降りる少し前に、カクンと落ちていました。すっごいビックリしたっ!あの、ほんの僅かな手の動きで、図書之助が富姫に食べられてしまったと分かるのです。鬼女になんかならなくても、分かっちゃうんです。分からせちゃうというのが正しいのでしょうか?わたしは一番後ろの列の席だったので、腕が落ちた直後にすぐ幕が降りて見えなくなってしまったのですが、最前列で観ていた友達が、最後は富姫が図書之助の上に覆い被さるようになっていたと教えてくれました。
カーテンコールで図書之助と富姫は仲良く手をつないで出てきました。幕が降りた時から、不覚にも泣いてしまいました。まさにやられたーっ!という感じです。
ポストペットユーザーのお客様、
『天守物語』関係のオリジナルおやつあります。

ご来訪記念にお立ち寄りください。
もう一つの『天守物語』
<坂東玉三郎丈の映画『天守物語』について>
図書之助、播磨守の念者説。
原作の中でも、よく似た兄弟武田衛門之助の生首としてしか顔を出さず(顔らしい顔とは言えませんな)、富姫、亀姫、薄たちの科白による描写のみ、という播磨守と、図書之助の関係を考えるようになったのは、この映画を観たことによります。
播磨守役を、隆大介さんが演じています。この人、いいんですよ。わたしのイメージしていた播磨なんですよ。図書之助役の宍戸開君は、健全過ぎて、ちとイメージではなかったけど、この播磨だったら、絶対図書之助との関係がありそうと思える。我が強くて、怪異など絶対に信じないリアリスト。絶対両刀でしょう。幼い頃から戦乱の中に身を置き、親とも離れ離れで、人質紛いの養子で他家にやられたりという過酷な状況も経験してそう。また愛情を知らず、常に愛情に飢えてはいるものの、やはり人を信じることが出来ない、冷酷で残忍な性格。播磨守はそーゆー人なの(決め付け)。でもってルックスはメチャクチャいい男。いいなあ、播磨守。播磨守が主人公の物語ってないのかな〜。悪役が良くないと(何か変な表現ですが…)物語って面白くないと思います。
小説『嗤う伊右衛門』(京極夏彦)の喜兵衛なんかやって欲しいな、隆大介さま…
もう少し書いてしまおう蛇足のコーナー
漫画『弥次喜多in
Deep』(しりあがり寿)の中で、死を迎える大狸が、一人で死ぬのが寂しくて、たまたま通りかかった、旅人の弥次さんと喜多さんに幻を見せて、最期に立ち会ってもらうというお話があります。大狸は幸せに、涙を流して死ぬのです。
で、この漫画を読んで、もしかしたら、富姫も、図書之助も、お天守に足を踏み入れた者たちは全て、獅子頭の見ている夢なのかも知れないな…と思いました。
齧る(かじる)愛と啜る(すする)愛
“富姫の世界の愛は、食べるのと同じこと”そのキーワードで観て気づいたことがあります。同じ食べるにしても、鞠小姓の土筆丸を食べるシチュエーションと、図書之助を食べるそれとでは、全く別の愛のように感じました。
メールソフト『ポストペット』のおやつには、“ガリガリ”と食べるものと、“ジュルジュル”と飲むものがあります。
土筆丸はガリガリといっちゃってるのに対して、図書之助はジュルジュルといっちゃっています。肉欲的な想いを満たすための愛と、精神的な愛の差のような気もします。
“この人になら殺されてもいい”という愛と、“この人と共に生きたい”と思う愛の差でもあるのでしょうか…二分化出来ないのが、愛の厄介な所でもあるのですが。
|