『その河をこえて、五月』あらすじ

 2002年の春、ソウル市内を流れる漢河(ハンガン)の河原は、休日になると多くの人がピクニックに集う、憩いの場となっている。
 語学学校で韓国語教師をしている金文浩(キム・ムンホ)は、長男だがなかなか結婚せず、小説家になるのを夢見ている。
 今日は教え子の日本人、そして彼の家族と一緒にお花見をしにやってきた。
 文浩の弟、金才浩(キム・ジェホ)はサラリーマンだが、仕事や人間関係に疲れて、妻の羅旅珠(ナ・ヨジュ)とともにカナダへの移住を考えているが、年老いた母、郭クッダンに知られたら反対されることを考え、言い出せずにいるが、ピクニックの合間に切り出そうと考えている。

 語学学校の生徒は様々な年代、職業の人がいる。
 主婦の佐々木久子は子供の頃、韓国に住んでいたことがあり、当時の記憶はほとんど無いものの、夫が仕事の関係で韓国に来ることになり、生まれた土地を見ておきたいという気持ちから、一緒にやってきていた。
 学生の林田義男は小学生の頃に登校拒否になり、以来学校に馴染めなかったが、ふとしたきっかけから韓国が好きになって、滞在している。
 旅行好きのフリーター、木下百合江も世界中を旅していて、今は韓国で暮らしている。
 文房具会社のサラリーマン、西谷次郎は、韓国の工場に出向しているが、思い通りにいかず、違和感を持っている。
 オリンピック選手になるため、韓国に来た在日韓国人の朴高男(パク・コナム)は恋人、李新愛(イ・シネ)を連れてくる。

 一人また一人と集まり、花見が始まる。

 韓国語の勉強を始めたばかりの生徒たちは、文浩や彼の家族たちとうまく会話が出来ずに戸惑うが、しだいに打ち解けられるようになり、道に迷った日本人観光客、桜井太郎も途中から加わり、賑やかに時が過ぎていく。

 才浩は、母親にカナダ移住の話を切り出すが、思っていた通り、激しく反対される。クッダンには家と墓、そして国を捨てると言う才浩の、思い詰めた気持ちを察することが出来ない。

 両国の、そして世代的な、そして個々の考え方の相違から、幾つものすれ違いや誤解が生じる中で、それでも相手への思いやりと理解をもって接することで、一人一人が新たな道を見つけようとする。

かんそう

 春のうららかな午後の一日を舞台にして、過去からのわだかまりや、現状の問題、それらのためにこれからの一歩を踏み出すことに躊躇している人たちが、越えられそうにないと思っていた河を、越えられると気持ちから信じ、そして越えていこうとする姿を描いています。

 出演者の半数が韓国の役者ということで、観ていて何を言っているのか、ついていけなかったらどうしよう…という心配がありましたが、韓国語の翻訳が橋脚の部分に映し出され、読みながら観るのも、視線があっちへこっちへと飛んで、ちょっと大変でしたが、ほぼ意味は分かり、とても面白かったです。

 韓国に多少偏見を持っているサラリーマンの西谷(誓さん)が、興味本位から、相手を不快な気持ちにさせるような韓国に関する質問や発言をする場面で、何でそういう言い方をするんだろう…と観ていてハラハラしてしまった。悪意は持っていなくても、かなりデリカシーが無い人だなぁと思いました。
 
最終的には、文浩と友情を深め、才浩とも仲直り出来るけれど、明日からまた工場では苦労が絶えないのだろうな。

 韓国語の“ケンチャナヨ”は、英語では“Don't worry!”か、“No probrem.”、中国語では“無問題(モウマンタイ)”のような感じ。日本語ではピタッとくる言葉が無い。“大丈夫”と言っても、“平気平気”といっても、そういう時って大概大丈夫じゃないし、ちっとも平気じゃなかったりする場合で、やせ我慢的に言うことが多いから。

 わたしは日本人だけれど、日本の代表としてなどという立場になった経験が無いまま生きてきました。海外にも数えるほどしか行ってないし、国際的な場にも行かないから、“日本人のあなたは”などと問われることもなく今まで来たけれど、そういった自覚も必要なのかしらと思うようになりました。

 韓国公演もあるそうです。どんな評価を得られるか、楽しみです。

観劇日:6月5日(wed)2:00〜 

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