和宮様御留 かんそう
久しぶりに歌も踊りも無い花組の舞台を観られた。『いろは四谷怪談』で花組に一観惚れしたにもかかわらず、わたしの好きな舞台は台詞劇なのです。
一番身につまされるのは何といっても庭田嗣子です。
和宮を生んだ勝ち組(犬)、観行院と同期ながら、帝の寵愛は得られなかった負け組(犬)。しかし知性や教養はあり、キャリアアップはしたものの、上司長橋の局とは何となく反りが合わずに煙たがられ、降って湧いた和宮降嫁をこれ幸いと御附女官に任命されて江戸に追っ払われてしまう。これでは体のいい左遷です。せめて満足のいく支度金は貰わないと…と期待しても出し渋られて、不平でも言おうものなら、お宝に汚い女と噂が立つ。
女特有の意地悪まみれの世界で生きていくためには、やっぱりガス抜きも必要。で、部下の能登どんや偽者和宮のフキを陰湿に苛める。また勝ち組になったためにあれこれと苦労している観行院を陰でひっそりと冷笑していたりもする。
そんな最も女らしく、生き生きと、生々しく描かれているのが嗣子であると思えます。『和宮様御留』を綴った当人であるから、尤もなことなのですが。
ドラマの『大奥』などではこういう女同士のネチネチがうんざりするほど描かれていたのですが(女性脚本家)、それほどでもなくて観ていて楽でした。
一番好きなキャラクターは少進です。こちらは嗣子とは対照的な理想の女性像。私利私欲に右往左往する人たちの中で、少進だけがフキに優しく接する。お互いが和宮と藤の偽者という境遇であっても、フキは少進よりも身分がさらに低いのだから、嗣子や能登どんのように、気に入らないことがあったら、腹いせや気晴らしに意地悪をしてもいいはずなのに絶対にしないというのは、姉の藤との約束によるものなので、自ずからの善意とは違ってくるのですが、ほんといい子。字を教える様子など、何ともいじらしい。
男性諸氏の中にはこういうタイプがホントに実在すると思っている方もいるんじゃないでしょうか。いたらいいね。
この物語の替え玉説がノンフィクションだとして、一番の敢闘・功労賞は宇多絵です。土井重五郎と言い交わした、“未来があるなら”という約束を信じ、和宮になって江戸城に入り、家茂の死後落飾してなお、江戸城の無血開城を嘆願するなどして頑張ったのは、生まれ育った江戸の町を火の海にしたくないという気持ちと、何より重五郎と再び会って添い遂げたいという強い想いからなのでしょう。岩倉ソースで重五郎が既に死んでいることを知らされていたかも知れないですけど、その時は両親のために江戸を守ろうとしたのでしょう。そして宇多絵ってわりとほだされやすそうな女の子だから、家茂のことがホントに好きになってしまったのかも知れない。武士の妻になるための勉強もしていただろうし、大奥でも何とか頑張れたのではないかと。
教養の無いフキだったら政治に関わることは無かっただろうし、泣き虫の本物和宮だったら、すぐ京に帰りたいとごねたことでしょう。
また、江戸城にいる和宮がフキだと思っている、潜伏中の本物和宮が、官軍の大総督となった有栖川宮熾仁親王に頼んで、自分の身替りとして行ってもらった恩人だからと、助命を申し出たということも考えられる。
和宮・藤と擦れ違ったり、重五郎を討った虚無僧たちは尊王攘夷派である薩摩の者だったのだろうか?
秘密を知ってしまったための口封じにあったのだとしたら、岩倉の遣わした別のスパイである可能性も出てくる。
そもそも狂ってしまったフキの替わりが見つかったら、身寄りの無いフキは抹殺してもいいはずなんだけど、何故か新倉家に匿われる。岩倉も狂ったフキが本物の和宮だと思っているからなのか?自分が宮さまじゃないということは嗣子も能登どんも知っていると叫んで狂乱するフキの姿を岩倉も見ているから、“そうなの?”と観行院に問い質したはずだけど、観行院が頑として“本物の宮さまどす”と嘘をつき通したのかも知れない。狂ったとはいえ、宮さまを葬るわけにはいかないと思ったのだろうか。
江戸に発輿する一年前の万延元年六月十六日、和宮は鬢除(びんそぎ)の儀式を行ないました。これは元服の女の子版で髪の毛先を切り揃え、月に供えた大きなお饅頭の真ん中に穴を開け、そこから月を覗き見るという特別なお月見だそうです。(資料のある虎屋HP)
髪を切るのは婚約者、またはその父兄が行なうそうで、和宮が江戸降嫁を承諾するのはこの年の八月ですから、鬢除の儀は有栖川宮の者が立ち合ったことになります。
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