棄 権
原作:小野川州雄
潤色:あしゅけ
登場人物
小森(男子)
三上(男子)
関根(男子)
田代(男子)
他男子数人
桜井(女子)
堀内(女子)
谷口(女子)
他女子数人
看護師
スターター
アナウンス(声のみ)
ステージ下手、病室のセット。スポット。
ベッドの上でぼんやり座っている小森。
看護師の足音に気付き、慌てて布団をかぶる。
看護師 小森さん、食事終わった?…あら、また食べてない。
小森 …
看護師 ちゃんと食べなきゃ、退院できないわよ。
小森 …
看護師 先生もおっしゃっていたでしょ、あなたは軽い気管支炎なの。もうずいぶん良くなったんだから。早く学校に戻らなきゃ。
小森 (布団の中から)…あんなとこ、戻りたくないよ…
看護師 またそんなこと言って。今日だって学校のお友達が手紙を届けてくれたんでしょ?
看護師、テーブルの上の手紙の束を手にする。
小森 …
看護師 ほら、こんなに沢山。きっとみんな、あなたのことが心配なのね。(手紙を小森のそばに差し出す)
小森 あいつらが心配なんかしてるはず無いだろっ!
小森、看護師の持っている手紙の束を叩き落とす。床に散らばる手紙。一瞬戸惑う小森、しかし、顔を背ける。
看護師 (手紙を拾いながら)どうしたっていうのよ。ケンカでもしたの?
小森 …看護師さんには関係ない。
看護師 (小森の訳有りな様子を察して、)手紙、読んでもいい?
小森 勝手に読めば?
小森、布団にくるまる。
看護師 そう、じゃ読むわよ。“小森君、身体の具合はどうですか…”
下手スポットが消え、同時に上手スポットで田代登場。
田代 小森君、身体の具合はどうですか?君が入院して、2週間。今日も教室の君の机が一つだけ、ぽつんと空いています。クラスの全員が一日も早く君が戻ってきてくれるのを待っています。
…僕たちの心ない行動が、君の体だけでなく、心までも傷つけたのではないかと、心配しています。
君は、僕たちのことをさぞ軽蔑していることでしょうね。怒ってもいるでしょう。僕たちは君にどう思われても、一言も弁解出来ません。そんなことをしてしまったんですから。
上手スポットが消え、一年一組の教室。黒板に運動会の各種目が書かれている。
教卓の前に立つ田代と堀内。
堀内 では、女子の千五百メートルは、桜井さんに決まりました。桜井さん、いい?
桜井 (席で起立している)うん、あんまり自信ないけど…
女1 大丈夫よ、まだ一週間もあるんだから、毎日練習すれば、何とかなるって。
谷口 そうそう、たとえ一番にならなくったって、参加することに意義があるんだもの。
皆が相槌を打つ。
桜井 …じゃあ、わたし、やってみる。(席に座る)
田代 では、最後、男子のマラソン選手。
男子、ザワザワと嫌そうに騒ぐ。
男1 うえ〜、まだ決まってなかったのかよ。
男2 早く帰りて〜よ〜
堀内 今日が締めきりなんだから、ちゃんと決めましょう。
田代 意見のある人。
女3 はい、三上君がいいと思います。
三上 げっ!なんでオレなんだよっ!
女3 三上君は体力テストの成績がクラス一だって、いつも自慢しているからです。
賛成の声、口々に。
三上 (慌てて)関係無いだろ、そんなこと。オレ、やだかんな。ぜってえ出ねえぞ!
谷口 なによ、だらしないのね。
関根 そういうけどさ、男子のマラソンは、荒川の土手を十キロも走るんだぜ。オレ、兄貴に聞いたけど、マラソンやったら、とても他の種目は出られないくらいへたばるらしいよ。
三上 そうだよ、それにオレはもう四百メートルの選手に決まってんだぞ。マラソンは誰か他のやつが出場すればいいんだよ。おい、お前、出ろよ。お前どうだ?
三上、身近な男子に声を掛けるが、皆一様に尻込みする。
堀内 三上君、無理やり強制するのは良くないわ。
谷口 そうよ、自発的に参加することに意義があるのよ。
三上 んなこといったって、自分からマラソン十キロ走るなんていう物好きなやつがいるかよ。十キロっていったら、校庭だと…ええと…(指を使って計算しようとする)
関根 校庭五十周分!…学校に戻って来る頃は、ヘロヘロだよ…
男1 やだよな…皆に見られてさ、ビリなんかだったら最悪だよ。
男2 どうせ一位は三組の池田に決まってるんだし。
女1 うちのクラスの男子って、どうしてこう運動神経の鈍いのばっかり集まったのかしら。
男3 今更言って、どうかなることかよ?
騒然とする。
堀内 皆、静かにっ!静かにしてくださいっ!勝手な発言はやめてください。意見のある人は、ちゃんと手を挙げてください。
三上 (手を挙げて)はい
田代 三上君
三上 議長、こうなったらマラソンは棄権しようぜ。
全員 ええ、棄権?!
桜井 でも、そんなことしたら、うちのクラス、絶対優勝出来なくなっちゃうわよ。
三上 じゃあ、どうすればいいんだよ。このまま話し合っても、無駄なだけだよ。
関根 賛成、棄権賛成っ!無理して全種目に参加すること無いんだよ。
田代 …棄権か…あまり気持ちのいいものじゃないけど、仕方ないか…
堀内 では、決を取ります。マラソンを棄権するのに賛成の人は手を挙げてください。
賛成多数の挙手
堀内 では、男子のマラソンは棄権することに…
下手、ベッド前の小森にスポットが当る。
小森 (おずおずと手を挙げる)あの…
堀内 (小森に気付いて)小森君、何?
小森 …棄権は…良くないと思います…
三上 (うんざりした表情で)良くない?んなの分かってるよ。だからどうしようっていうんだ?
小森 (小さな声で)僕が…出るよ…マラソン…
関根 (わざと大きな声で)ええ?今何て言ったの?
小森 (もう少ししっかりした声で)誰も出ないんだったら、僕が出る。
一同、驚きと笑い声。
関根 小森、お前には無理だよ。たかが体力測定の百メートル走でゼーゼー言ってるお前が、十キロも走れるかよ。なあ、みんな、ははは。
田代 (関根を睨んで)関根君、笑うなよ。(小森に向かって)小森君、出てくれるのはありがたいけど、本当にいいの?
堀内 (心配そうに)そうよ、小森君より走れる人は他にもいるのよ。無理することないんだから。
小森 でも、誰も走りたくないんだろ?僕、走るよ。
関根 走るったって、言っちゃ悪いけど、小森が走ったってどうせビリだろ。それが分かっててどうして出場するかなあ?オレだったら絶対やだけどな…
谷口 わたし分かるわ。小森君は参加することに意義があるって感じたのよね。だから走るんでしょ?(大袈裟に)素晴らしいわあ〜!
小森 …
三上 田代、小森が自分で出るって言ってんだから、決めちゃえば?棄権もしなくて済むんだしさ。
田代 うん…じゃあ決を取ります。男子十キロマラソンは小森君で賛成の人。
田代と堀内と当人の小森以外、クラスの全員が手を挙げる。
堀内、黒板の“男子マラソン”と書かれた横に“小森“と書き、振り返り、小森をじっと見る。
三上 よーし、決まったな。小森、ビリでもいいんだ。頼むぜ。
三上、小森の肩を励ますと言うよりは小突くように叩いて教室を出ていく。小森、思わずよろける。他の生徒たちも清々したような感じで、口々に小森に声を掛けては帰っていく。
黒板の字を消すため、教室に最後まで残っていた堀内にスポット。
堀内 小森君、本当にマラソン走るの?本当にこれでいいの?
小森、黙って頷く。下手スポットが消える。
堀内 あの時、もっと、ちゃんと話し合って選手を決めるべきでした。議長をつとめていた、わたしたちにも責任があったんです。ゴールした小森君がそのまま倒れて、病院に運ばれて…
堀内も退場して暗転
運動会の音楽
アナウンス 一年男子四百メートル、スタートです。
号砲、歓声、一組の席では、クラスメートたちが応援している。
男1 ガンバレッ、三上。
男2 よしっ、そのままぶっちぎれ〜っ!
一際大きな歓声が上がり、飛びあがって喜ぶクラスメート一同。
アナウンス 一位は一組の三上君です。
三上、表彰状を手に走って上手から登場。
三上 小森のやつ、帰ってきたか?
男3 いや、まだだ。三組の池田はもうとっくにゴールしてるけど。
男2 歩いてるんじゃないの?小森じゃなくても、十キロはきついもん。
三上 そうだな、この分だとかなり遅くなりそうだぜ。
男1 あ、これ四百メートルの賞状だろ?ちょっと見せろよ。
三上 汚すなよ。(桜井を見つけて)おい、桜井、お前千五百メートル出てなかったよな。どうしたんだよ。
桜井 (足に包帯を巻いて座っている)ごめん…わたし…
堀内 昨日、練習中に、転んで足首を捻ったんですって。
三上 ちぇっ!しょうがねえなあ。誰か代わりに走れなかったのかよ。
女子数名、困った表情。
男2 まったく女子はだらしないよ。他の種目でも何人か棄権してるんだぜ。オレたちがいくら頑張ったって、これじゃあ最下位は決定だな。
女3 仕方ないでしょ。急に具合が悪くなったり、熱が出たりしたんだから。男子だって、関根君が棄権したじゃない。
三上 あいつは病気で休んでるんだ。棄権とは違うだろ。
女2 でもね、さっき、うちのお母さんがここに来る途中で、公園のブランコに関根君が乗ってるのを見かけたんですって。
三上 え、じゃああいつ、ズル休みなのかよ?くっそお…許せねえ。とっつかまえて、ぶん殴ってやる。
女2 もう、田代君が探しに行ったわよ。
三上 ああ、もう…どうしてオレたちのクラスはこんなにチームワークがないんだろう…(しょげて座り込む)
堀内 小森君、遅いわね…マラソンの選手、小森君以外は全員帰ってきたそうよ。
三上 どっかでぶっ倒れてなきゃいいけどな。
堀内 変なこと言わないでよ。
男1 心配ないよ。先生が後から自転車でついて走ってるんだから。
三上 (少し考えているが)…何て言えばいいんだろうな。
男2 え、何が?
三上 小森が帰ってきたらさ、何て声を掛けてやればいいんだろう。
男3 “よく頑張ったっ!感動したっ!”なんてね…あはは
三上 ばあか、冗談じゃなくってさ、どう言えばいいかな…
男1 その時になってみなきゃ、わかんないよ。
田代、関根を伴って登場。
田代 おい、連れてきたぞ。
一同、関根を囲み、口々に声を掛ける。
三上 関根、お前今日、どうして休んだんだよ。
関根 (きまりが悪そうに少し笑いながら)…朝、起きたら、腹が痛くて…
三上 何だと?腹が痛いやつが、のんきにブランコなんかに乗ってられるのかよ!
関根、三上の剣幕に縮み上がる。
田代 (三上をなだめながら割って入り関根に)さっき言ってただろ、休んだ理由、正直に言えよ。
関根 …百メートル走、走りたくなかったんだよ…
三上 なにぃ!(田代をどけて関根の胸ぐらを掴む)この野郎っ!もう一度言ってみろっ!
関根 走るのがいやだったんだよっ!
三上、関根を突き飛ばす。尻餅をつく関根。
三上 (関根を指差して)卑怯者っ!お前みたいなズルイやつがいるから、オレたちがいくら頑張っても駄目なんだっ!
田代 三上、落ちつけよ。
三上 これが落ちつけるかよっ!謝れよ、皆に謝れっ!
男1 そうだそうだっ!謝れよ。
関根 (突然立ちあがって)うるせえっ!(三上に走り寄り、賞状をひったくる)
三上 (一瞬のことに面食らう)あっ…
関根 “一年男子四百メートル、第一位、一組、三上章”?…ふん、こんなものっ!
関根、賞状を破り捨てる。
三上 この野郎っ!(関根を殴る)
三上、関根、取っ組み合いのケンカを始める。
はやしたてる者、止めようとする者、怖がって遠巻きに見ている者。
三上、関根を組み敷き、馬乗りになって押さえつける。
堀内 (泣きそうになりながら)やめなさいよ、二人とも、やめてってば。
田代 おい、三上、そのくらいでやめとけよ。
三上、黙って立ち上がると、破れた賞状を拾い、いまいましそうに歩いていこうとする。
関根、よろよろと起きあがる。
関根 (三上の背中に向かって)お前は運動会が楽しみだもんな。
三上、立ち止まって振り返る。
関根 いつも一着で、ゴールのテープが切れてよ、皆に注目されて、いい気分なんだろ?カッコイイよなあ。お前みたいなやつはよ、ビリの気持ちなんか、考えたことも無いだろ?
三上 なんだと?
男1 一位もいればビリもいる、それが競走だろ?
関根 なりたくてビリやってんじゃないんだよっ!
桜井 わたし、関根君が休んだ気持ち、少し分かるよ…
堀内 桜井さん…
桜井 わたし、選手に決まってから、毎日毎日練習したの。でも、タイム全然縮まらなくて、すごく焦ってた。昨日、練習してる時、転んじゃって、足首痛くなって…もしこのまま痛みが続いたら、棄権しちゃえばいい。…そしたら走らなくて済むんだって思ったら、ちょっとホッとしたの。ビリになるくらいなら、棄権した方がいいって思ってたの。
でもね、今は違う。足、痛いけど、ホントに走れない位の痛さじゃなかったの。それなのに、どうして棄権しちゃったんだろうって、後悔してるの。
関根 …
桜井 小森君、今、走ってるんだよね。苦しくて、歩いてるかもしれないけど、でも、棄権なんかしない。ビリになっても、ちゃんとゴールするつもりなんだよね。
関根 …
桜井 ビリでゴールするのは、ちっとも恥ずかしいことなんかじゃないんだよ。それより、走れるのに、棄権するほうが、ずっと、ずっと恥ずかしいことなんだよ。
桜井、涙ぐむのを、女子が数人でなぐさめる。関根だけでなく、桜井の言葉に考え込む一同。
田代 (正面を向いて)あ、小森君が帰ってきたっ!
一同 ホントだ…(全員正面を向く)
アナウンス マラソンの最終ランナーが戻ってきました。皆さん、拍手で迎えてください。
小森にスポット。ベッドの前で正面を向き、足を引きずるようにその場で走る動きをする。
(SE)拍手に紛れて、ドッと笑い声や、はやしたてるような野次馬の声が聞こえる。
三上 よし、みんな、小森を応援するぞっ!
三上が応援の指揮を始めると、皆続々と応援の輪に加わる。
三上 フレー、フレー、コ、モ、リッ!
一同 フレー、フレー、コ、モ、リッ!
三上 ガンバレ、ガンバレ、コ、モ、リッ!
一同 ガンバレ、ガンバレ、コ、モ、リッ!
男1 小森、あと半周だぞ〜っ!
女2 小森君、頑張ってっ!
桜井 ねえ、小森君、笑ってるよ。
三上 (振りかえって、小森の方を見る)ホントだ…よ〜しっ!もう少しだ、フレー、フレー、コ、モ、リッ!
一同 フレー、フレー、コ、モ、リッ!
三上 ガンバレ、ガンバレ、コ、モ、リッ!
一同 ガンバレ、ガンバレ、コ、モ、リッ!
応援を続ける一同、舞台溶暗。
関根にスポット。
関根 …小森君、君は、僕たちが応援しているのを見て、笑っていましたね。楽しそうに走っているようでした。君がゴールしたら、僕たちはまず君に謝らなきゃいけないと思っていました。そして君がどんな気持ちで走っていたのか、教えて欲しいと思っていました。
僕も小さな頃は、走るのがとても楽しかった。思いきり走って、転んでひざをすりむいても、すぐに起きあがって、また力一杯走っていました。でも、いつの頃からか、走ることが少なくなった。本気で走って、それでもビリになってしまうのが恥ずかしかったんです。あの日の小森君は、力一杯、本当に楽しそうに走っていましたね。そんな君の目には棄権をした僕はどう映っていたのだろう。どうか、一日も早く元気になって、帰ってきてください。
下手、看護師にスポット。
看護師 “どうか、一日も早く元気になって、帰ってきてください…”
看護師、最後の手紙を読み終えて、便箋をたたみ、封筒に入れる。
スポットが消え、病室が明るくなる。
小森、ベッドに座って、黙って食事を始める。
看護師、なにも言わず、そっと病室から出ていく。
幕