ラブレター
原作・脚本:浜野卓也
潤色:あしゅけ
登場人物
演出家
校長先生
南条二郎
矢代ひとみ
郵便局員
山田(隣のクラスの男子)
光子(矢代の親友)
ラーメン屋の店員
幕前にスポットライトが当たり、マイクを持って演出家登場。
演出 みなさん、たいへんお待たせいたしました。ただいまから三年生による劇、……(わざとはっきりしない口調で)……を始めます。…と言いたいのですが、あの厳しい校長先生が、こんなテーマの劇の上演を認めてくださるかどうか…(腕を組んで考え込みながら、舞台のそでをうろうろするが、会場の入口の方を見て思わず叫ぶ)あっ!校長先生…
校長登場
校長 (つかつかと客席の間を歩いてきて)何ですか?わたしに用事ですか?
演出家 あのう…ちょっと…先生にお願いがありまして…。
校長舞台に上がる。演出家校長に耳打ちする。
校長 なっ!なんですとっ!ラブレター?!(カッカと怒り出す)とんでもないっ!!いけません、許しませんよっ!!!
演出家 (校長をなだめながら)まあまあ、落ち着いてください…ああ、こまったなあ…
校長 こまったとかそういう問題ではありませんっ!不謹慎なことは断じて許しませんよっ!!!
演出家 ですがね、校長先生だって、お若い頃がありましたでしょう?
校長 もちろんですよ。わたしも若い時分はね、髪の毛がフサフサして、おなかもこんなに出てなかったんですよ。中学、高校と野球部のエースでしたから、(ニヤけて)女の子からキャーキャー言われたりなんかしちゃって…(はっと我に返り)ご、ごほん(慌ててごまかしの咳払いする)
演出家 (くすくす笑って)つまり、そういうことなんですよ。
校長 なにがですか?
演出家 ですから…(さらに校長に耳打ちする)
校長 (説明を聞きながらうなずく)ふん、ふん、ほう…そう言われると、そんなこともあったかも知れませんね…
演出家 でしょう?
校長 (かなり興味を持った振りで)で、その後はどうなるんですか?
演出家 それはですね、(後ろの幕を指して)この劇をご覧になっていただければ…。
校長 (そそくさと舞台をおりながら)わかった、わかった。そういうことなら、すぐ幕を開けなさい。(最前列の席に座る)
演出家 (ホッとして、にこやかに客席を見渡し)では皆さん、校長先生のお許しも出ましたので、(下手幕をちょっと開いて、裏のスタッフに合図する振り)
演出家下手にさがる。
開演のベル。
幕が開く。中幕はそのまま。
第一幕
中幕の下手、照明スポットの中、南条二郎。制服姿に鞄を抱え、登校姿でしょんぼりと立っている。
南条 参ったなあ…どうしてあんなことしちゃったんだ…。こうなったら、もう転校するしかないかなあ…。だけど、オレだけの責任じゃないぞ。あいつにだって責任はあるんだ…。そうだよ、もとはと言えば、あいつがあんなこというから…。
上手 スポットライト。矢代ひとみ登場。
矢代 うちの姉貴が言ってたわ。「最近の男って、ソコソコ君ばっかりだ」って。どういう意味だかわかる?学生の頃から、自分に見切りをつけちゃうヤツのことなんだって。部活に燃えるほど運動能力がずば抜けてるわけでもないし、かと言って、生徒会長に立候補して、当選できる程の人望も無い。あとはガリ勉して、ソコソコいい高校入って、ソコソコの大学に進学するの。で大学入ったら、勉強なんかソコソコで、サークルで遊びまくって、ソコソコの成績で卒業したら、ソコソコの会社に就職して、出世もソコソコ。ソコソコきれいな彼女とソコソコ派手な結婚して、ソコソコ幸せな家庭を持つのが夢なんだってっ!…なあーにがソコソコよねえ?そんなの夢だって言える?そんなことしか考えてない男なんて、サイテーッ!若いんだからさ、もっとでっかい夢持って、ガムシャラに行動するべきなのよっ!失敗を怖がって何もしないなんて、ただの意気地無しじゃないっ!…南条君、そう思わない?
南条、呼び掛けられて顔を上げ、前を見て、慌てて頷く。
矢代 まあね、君はバスケ部のキャプテンだし、生徒会の書記もやってるから、頑張ってる方だとは思うけど、わたしから見れば、(手を顔の前で振る)まだまだだな。お姉ちゃんと妹に挟まれているからかなあ…ここ一番って時の(ファイティング・ポーズを取る)押しっつーモノが足らんのだよ。
矢代上手に退場。スポット消える。
南条 (ため息)…んなこと言うから、ついオレだってその気になって…ガムシャラにやっちまったんだけど…ああ〜っ!(頭を抱える)
上手にスポット。作り物のポスト。南条、ポストの前に行く。
南条 (ポストの横の収集時間を見る)…入れたのが、昨日の夜九時過ぎだったから、取りに来てない…チクショウッ!(郵便受け口を覗き込む)まだこの中に入ってるのかよお…(イライラしながら)まずいよな、まずいよ…(受け口に無理やり手を突っ込む)イテテッ!(ポストを抱えて揺さぶろうとする)このお、出ろ出ろっ!
南条、ポストを持っている黒衣としばらく格闘する。
上手から郵便局員登場。南条がポストにしがみついている様子を見つける。
郵便 (慌てて走り寄る)こらっ!君、何をしてるんだっ!ポストを壊す気かっ?
南条 (ハッと我に返り、固まる)あ、郵便屋さん、(明るく)おはようございますっ!
郵便 おはようじゃないよ。(ポストと南条の間に割って入りながら)君、一体何をしているんだ?
南条 (ポストから離れて後ずさりする)あっ!あの、違うんです…
郵便 (厳しい口調で)違うって、何が違うんだ?(ポストを背後に庇い、南条を睨む)
南条 (しどろもどろに)実は…今日、最初に見た赤いモノに抱きつくと、いいことがあるって…星占いのページに書いてあって…
郵便局員、信じていないと言った様子で、相変わらず南条を白い目で見る。
南条 (開き直り切れずに)ごめんなさい…(礼儀正しくぺこりと頭を下げる)
郵便 (南条を横目に見ながら、仕様がないなあという表情で、ポストを撫でつつ)流行ってるの?(ポストを本来の場所に置き、向きの微調整をする)
南条 はあ?(顔を上げて聞き返す)
郵便 (わかったような顔をして、南条を見遣る)君、学生だね。受験生?
南条 あ、はい、中三です。
郵便 ほら、やっぱり。(ニヤニヤ笑う)僕が学生の頃はね、三越の前のライオン像の上に、誰にも見られずに上れたら、志望校に受かるっていうのが流行っていたよ。(そう言いながら、ポストの背中を開く)よその家の表札を盗むといいなんてのもあったが…それは窃盗、立派な犯罪だ。やっちゃダメだよ。
ポストの中から手紙の入った袋を取り出すと、南条の書いた手紙がハラリと落ちる。
南条 あ、それ…(拾おうとするが郵便局員に拾われてしまう)その手紙、僕が学校の友達に出した手紙なんですっ!
郵便 ふーん、そう。(大して興味なさそうに、ポイと袋に入れる)
南条 その手紙、やっぱり出すのやめたいんです。返してください。身分証明が要るんだったら、これ、生徒手帳です。(ポケットから手帳を出す)お願い…返して…(泣きそう)
郵便 (真面目になって)もし、この手紙が君の書いたものだとしても、ポストに投函された時点から、郵便局の預かりになるんだ。だから、僕の一存で返すことは出来ないんだよ〜(袋をガサガサと振って、手紙を混ぜてしまう)
南条 あ、あ、そ、そんなあ…(しゃがみこむ)
暗転。南条にスポット。郵便局員動きを止める。
南条 (独白)そうだ、ヒー子んちの前で、手紙が届くのを待ち伏せして、オレが受け取ってしまえばいいんだ…そうだよ、その手があるじゃないか(ガッツポーズ)
明るくなる。郵便局員は大きな郵便物がポストに引っかかっているのを取り出すのに手こずっている。
南条 (愛想よく)郵便屋さん、この手紙、いつ頃届くんですか?
郵便 そうだね、近所なんだろ?だったら今日中に着くんじゃないかな…遅くても、明日の昼前には…
南条 そうですかあ。わかりました。
南条、鞄を持って、急ぎ足で上手に退場。
郵便局員、南条の奇妙な行動に首をかしげる。
溶暗
第二幕 教室
机と椅子数組。その一つに矢代が座っている。机の上には手紙。
下手のドアから、南条がこっそりと様子をうかがっている。矢代はそれに気づいていない。
矢代 (封筒から便箋を取り出して広げ、読み始める)「君とはいつも一緒にいますが…」か、クラスで一緒ってことかなあ。それともバスケ部で一緒ってことか…。
南条は矢代の言う一言一言にビクつく。
南条にスポット。
南条 (独白)やっぱり昨日届いちまったんだ…。くっそ〜…よりによって、放課後、生徒会だったもんな…っつーか、なんであいつ学校に持ってきてるわけよ?
南条もどかしさに身もだえているが、誰か来る気配を感じてドアの裏に隠れる。
隣のクラスの山田が通りかかる。
矢代 (山田に気づいて)あ、山田君、ちょっとちょっと…
山田 何だよ、矢代(教室に入ってくる)
矢代 あのさあ、わたしも山田君も、同じバスケ部だよね?(山田の様子をジロジロと見る)
山田 ん、そうだけど…それがどうかした?
矢代 山田君、(立ち上がる)何かわたしに隠していることあるんじゃない?(仁王立ちしてすごむ)
山田 (たじたじとして)なっ、なんだよう…
矢代 正直に白状したら許してあげる。
山田 (矢代に圧倒されているが、何かを思い出した振り)あ、(気まずそうな顔になる)す、すまない…ごめん、悪かったよう。(ヘコヘコして両手を合わせる)この通りだから、許してっ!
矢代 やあねえ、そんなに謝ることないんだってばぁ…もう、(照れて山田の肩を叩く)
山田 (顔を上げて)だって、怒ってないの?
矢代 怒るも何も…ただちょっと驚いただけよ。手紙なんて、改まったことするんだもん…
山田 手紙?(怪訝そうになる)
矢代 え?
山田 何のことだよ、手紙って…
矢代 違うの?(あせって)あ、いいの、いいのっ!違うんだったらいいのっ!
山田 何だ、オレてっきり…(つい口がすべる)あっ…(口をおおう)
矢代 てっきり?何のことよお〜?
山田 (諦めてぼそぼそと)オ、オレ…昨日部活の後に、めちゃくちゃ腹減ってたんだよ…。で、鞄取りに教室に戻った帰りに、何気なく覗いたら、お前の補助バックの中から、メロンパンとヤキソバパンがはみ出てるのが見えてさ…
矢代 (気がついて)あ、それ、光子に頼んで買っておいてもらったパンだったのよっ!
山田 いけないこととは知りつつも、オレ、食欲には勝てなくって、食っちまったんだよ。
矢代 あたしだって、昨日はおなかペコペコだったのよっ!光子が忘れたんだと思ってた…
山田 そうだよな、食い物の恨みは恐ろしいって言うもんな。オレ、購買で買って返すからさ、許してくれよー。
矢代 (拍子抜けして)…いいわよ、もう。食べちゃったもののことで、あたしもそんなに根に持たないから…(山田に背を向けて椅子に座る)
山田 (いつもの調子良さを出して)そっか、そうだよな。考えてみたら、おまえがデブるのを防いであげたんだよな、オレ。感謝してもらわないとな。
矢代 (振り返って立ち上がり)何ですってえ?もう一度言ってごらんなさいよっ!
山田 (身構えて、すぐ逃げられる態勢で)なんでもないよ…独り言、独り言だってば…じゃなっ!
山田、下手より退場。矢代プリプリしながら椅子に座り、足を組む。
矢代の友達、光子登場。
光子 オッハー、ひとみ。
矢代 あ、光子。おはよ。
光子 朝っぱらから何怒ってるのよ?山田君が逃げてったでしょ、ふふふ。
矢代 あのね、(ポケットから手紙を出し)これ…(便箋を光子に渡す)
光子 えー、(興味ありげに)なになに(便箋を開く)?…拝啓…前略…こんにちは?ちょっとぉ、何よこれえ?
矢代 続きを読んでみてよ。(小声で)どうやらラブレターみたいなのよ…
光子 ラブレター?(少し真剣になって黙読する)うん…うん…(読み進むうちに、自分が貰ったように恥ずかしがる)わあ…ステキじゃないっ!「キミがボクのコトを好きだとしたら、ボクはもう、思い残すことはありません」だってえ…思い残すことが無い=死んでもいいってことでしょ?キャ〜〜〜ッ!(矢代の腕をバシバシ叩く)
矢代 (わざといやそうに)そうお?コバルト文庫の小説でも、いまどきこんな台詞使ってないよ。バッカバカシイ。
光子 (うっとりして)でも、チョー熱いじゃん。ところで、誰からなの?(机の上の封筒を取り、裏を見る)あれ?(もう一度便箋を見る)何よ、これ。
矢代 そうなのよ、差出人の名前が書いてないのよ。
光子 へ〜、そそっかしい人ね〜。まるで野球部の大輔君みたい…。
矢代 やだあっ!やめてよ、あたし、あんなノーコン・ピッチャー、タイプじゃないよう。
光子 (少し考えていて)あっ、そうよ、きっと大輔君よ。(大きく頷く)
矢代 何言ってるのよっ!
光子 ちゃんと聞きなさいよ。あの大輔君だから、宛名を間違えたってこと、考えられない?
矢代 どういうこと?
光子 例えばよ?住所録で調べているうちに、うっかり一人ずれちゃって、他の人の名前と住所を書いてしまった…どう?日頃そそっかしい大輔君なら、有り得ることよ。
矢代 (苦笑して)いくら何でも…それに一人ずれたって言ったら、光子、あんたに宛てた手紙ってこと?
光子 ビンゴッ!考えられないことではないのよ。「キミとはいつもいっしょ」って書いてあったでしょ?
矢代 あ、そっか。光子、野球部のマネージャーだもんね。でーも、名前まで間違えるか?普通。
光子 『常識では考えられないことが、この世の中では、えてして起こるものだ。それが人生の面白さだ』って、社会の○○先生も言ってたじゃない。
矢代 (クスッと笑って)じゃあ、この手紙あげるよ。大輔君に宛名を訂正してもらったら?(光子に手紙を押し付ける)
光子 ばっかねえ、(押し返して)まだそうと決まったわけじゃないわよ。可能性を言ってみたまでなんだから。(腕を組んで立ち上がる)そうねえ…一体ひとみは、誰からのラブレターだったら嬉しいわけ?(考える様子で机の間を行ったり来たりする)
矢代 え…(戸惑う)
光子 うーん、さしあたり、(思い当たる人が見つかった様子で、振り返って)サッカー部のMF南波君っ!(矢代をビシッと指差す)どうだっ!
矢代 (一瞬驚くが、ほぅと息を吐いて)南波君のわけないでしょ。あの冷静沈着な司令塔南波君が、名前を書き忘れるなんてミス、するわけないじゃない…
光子 わかんないよ〜、『恋は盲目』って言うじゃない。
矢代 (嬉しくなって、少しデレッとして)そうお?わたしって、そんなに魅力的なのかなあ?
光子 はいはいはい、あんたって、超ハッピーでオメデタい性格してるわよっ!(いいかげん呆れているが、フッと思い出したように)ねえ、ひとみ。
矢代 (ニコニコして)ん、なあに?
光子 南条君は?(考える振り)…そうよ、南条二郎っ!クラスも一緒、部活も一緒。
矢代 (大袈裟なくらいに)まっさかあっ!…そりゃあ、あたしと南条君は、家も近所で、お母さん同士も仲良しで、赤ちゃんの頃からの付き合いだけど…(少し考え込む)
光子 (矢代の態度に気づかないまま)そうねえ、南条君だったら、わざわざひとみに手紙書くなんて、面倒臭いことしないか。直接言えば済むことだもんね。
矢代 (光子に気づかれない程度の感じで弁解がましく)そうよ、それにあたしと南条君は、お互い空気みたいな存在なんだもん。ラブレターなんて、わらっちゃうわよっ!(両手でおなかを抱えて大笑いする振り)はっはっは〜
光子 (時計を見て)あ、いっけない。わたし日直だから、また後でね。
光子、上手に退場。
矢代、しばらく一人で空笑いをしているが、光子が居なくなると、ため息をついて椅子に座る。
南条、鞄を持って、平静を装いつつ、それでもおどおどしながら入ってくる。吹
矢代 (気づいて、南条の背中に)南条君、おはよう。
南条 う…ん…(モゴモゴと口の中で小さく)おはよう…(鞄を机に置く)
矢代 ねえ、南条君。
南条 (そろそろと振り返る)な、なに?
矢代 ちょっと用事があるんだけど。
南条 何だい?
矢代 立ってないで、こっち来て座りなさいよ。
南条 (矢代の隣の席に座る)用事って?(居心地が悪そう)
矢代 なんか、落ち着かないわねえ。
南条 用事って、何だよ…
矢代 (辺りを見回して、顔を寄せる)あのね、(声を低くして)面白いことがあるのよ。
南条 (同じく声を低くして)お、おもしろいこと?
矢代 わたしにね、手紙が来たの。
南条 てっ、てが、てがみ?…ふうん、手紙ねえ…
矢代 それが妙な手紙なのよ。
南条 妙なって…それ、ラ、ラブ、ラブレターとか(あせって声が裏返る)って、(小声に戻す)わけじゃないだろ?
矢代 (南条の様子を不思議そうに見ながら)そうなのよ…。ラブレターみたいなんだけど、ラブレターにしては、少し変なのよ。少しっていうか、かなり。
南条 変って?どこがどう変なの?
矢代 文章がね、おかしいのよ。
南条 そんなはずは…(と言いかけて、慌てて口をふさぐ)
この辺りから二人、普通のしゃべり方に戻す。
矢代 (手紙を取り出していて、南条の慌てている様子には気づかぬまま)「拝啓」があって、「前略」っておかしくない?しかもその後に「こんにちはー」なのよ。挨拶だけでも三つあるのよ。バッカみたいでしょ。
南条 へえーっ!そうなの…(汗を拭う)
矢代 それにね、差出人の名前が書いてないのよ。(封筒の裏を南条に見せる)
南条 (大声で)あっ!忘れたっ!
矢代 何よ〜いきなり、ビックリするじゃない(胸を押さえる)
南条 いや、その…英語の単語帳忘れちゃった…
矢代 (ムッとして)南条君、話聞く気あるの?さっきからソワソワしちゃって。
南条 聞いてるよ。その手紙書いた人、自分の名前書き忘れたってんだろ?
矢代 これって、わたしをからかうために、わざと書かなかったんだと思う?
南条 (あせって)そんなこと、無いさ。すごく真剣だよ。
矢代 (南条の顔をじっと見て)真剣って、どうして分かるのよ?
南条 それは…(言葉を詰まらせる)オレの勘なんだけどさ…
矢代 どんな勘?教えてよ(好奇心に目を輝かせる)
南条 う、う〜ん、うまく言えないよ、でも、ピーンときたんだよ。
矢代 (強く)じゃあ、南条君の勘で、この犯人、推理してみてよ。
南条 え、それは…
矢代 いつか、南条君、推理小説に凝ってるって言ってたじゃないの。当てて見せてよ(強調して)犯人。
南条 (情けなさそうに)そう犯人犯人って言うなよ…
矢代 (少し考えて、けろりと)そうね、犯人なんて思ったら、可哀相ね。真剣な気持ちで書いてくれた手紙かも知れないんだからね。
南条 そうだよ。
矢代 ねえ、南条君、今日から試験一週間前で、放課後の部活が無いからさ、(手紙を見せて)この犯人、突き止めてくれない?
南条 だから、犯人って…え?
矢代 タダでとは言わないわ。もし見つけ出したら、○○亭のラーメンおごるから。
南条 ええ〜(小声で)弱ったなあ…
矢代 大盛りっ!
南条 しかし…(頭を掻く)
矢代 分かった、チャーシュー麺の大盛りに、サービスでゆで卵もつけちゃう。これで嫌だとは言わせないよ。
南条 (何かを決心し、矢代は見ずに、勢い良く立ちあがる)よしっ!覚悟を決めたぞっ!(こぶしを握り締めながらブツブツつぶやき上手前方に移動)
矢代 (自分の頼みを聞いてくれたのだと思い込み)南条君、頼んだわよ、お願いね〜。
溶暗、上手の南条にスポット
南条 オレも男だ。潔く白状して謝ろう。もし、それで軽蔑されても仕方ない。自分でやったことには、責任を持つべきなんだ。(力強く頷く)
南条、上手に退場。
第三幕
中幕が開くとラーメン屋店内。ホリゾント夕焼け色。
南条、一人ぽつんとテーブルに座っている。
矢代、下手より入ってくる。
矢代 ごめーん、待った?
南条 (そわそわして)いや…(首を横に振る)
矢代 (上手に向かって)チャーシュー麺ふたっつ、一つは大盛りで、ゆで卵付きね。(南条の席の向かいに座る)どうしたの?元気ないじゃない。
南条 いや、そんなこと無いよ。
矢代 ねえ、二郎ちゃん、犯人分かったの?
南条 (突然「二郎ちゃん」と呼ばれて驚く)え、(しかしすぐにしょげて)実はね…
矢代 うんうん。
南条 実は、その…あの…あれは…ぼ、ボクが…(次第に消え入りそうな声になる)
矢代 二郎ちゃん、(南条の顔を覗きこんで、心配そうに)おなかでも痛いの?
南条 う、ううん、大丈夫。
矢代 そう、で、犯人は?分かった?
南条 それが…(つらそうに俯いていたが、キッと顔を上げて)よし、言うぞっ!
矢代 うん、言って言って。
南条 実はオレ…
店員 (上手からタイミングよく登場)はい、チャーシュー麺二丁お待ちどうさま。(丼を置いて引っ込む)
南条、言うタイミングを失い、しばらく沈黙。
矢代 (割り箸を取って一つ南条に渡して)食べよ?
南条 うん…
矢代、自分の前に置かれた丼と、南条のを取り替える。
二人、ラーメンを食べ始める。
矢代 二郎ちゃん、続きは?
南条 あ、うん…実はオレ…いや、僕の、推理では…(慌ててラーメンの汁をすすり、舌を火傷する)アチチチッ!
矢代 もう、じれったいなあ、はい、(コップを渡す)…二郎ちゃんの推理では、一体誰なのよ?
南条 (水を飲んで)おまえは…誰だと思う?
矢代 (割り箸を置いて)心当たりないわ。三年になって、一緒っていったら、自治委員会の荒川君とか…でも彼はどう考えても違うし…
南条 うん、(嬉しそうに)違う違う。
矢代 (南条をチラリと見て)南波くんだったら、嬉しいんだけどな…彼、素敵でしょ?
南条 (がっかりして)…じゃあさ、もしもだよ、その手紙、オレからだとしたら、嬉しくないわけ?
矢代 (驚いて)えっ?犯人は二郎ちゃんなの?
南条 (慌てて立ちあがる)ちっ!違うよっ!もしものことだって言ってるだろ?
矢代 (南条の様子を見ているが、プッと吹き出す)あはは、やだあ、やめてよ、二郎ちゃんっ!
南条 (戸惑いと怒り)お、おい、何がおかしいんだよっ!
矢代 (目尻の涙を拭う)だって想像つかないもん。くっくっく…
南条、ムスッとして座り、ラーメンを食べ始める。
矢代 同じクラス、同じバスケ部、子供の頃から行ったり来たりで親戚みたいなもんじゃない。何をいまさらって感じ。あ〜、笑いながら食べたら、ほっぺた痛くなっちゃった。
南条 (力が抜けて)そうだよな…いまさら…(スープを飲み、丼を置く)
矢代 ホントは、二郎ちゃんも分からなかったんじゃないの?
南条 (あいまいな表情で)ホントは、ね…
矢代 やっぱり、どうも態度があいまいだと思ったんだ。これ…(手紙を取り出す)やっぱりいたずらだったのね。
南条 (慌てて)いや、いたずらじゃないだろうけど…その、出来心ってヤツじゃないかな…
矢代 出来心ねえ…(手紙を見ながら)
南条 そうだよ。そいつ、今ごろきっと、すっごく後悔してると思よ(熱弁的に)
矢代 後悔?
南条 だって、そんな手紙を書かなくたって、友達にはなれるだろ?恋人として付き合うのも、そりゃあちょっとカッコイイけど、最初は友達になることから始めるもんだと思うよ。
矢代 友達から始める…か。二郎ちゃん、なかなかいいこと言うじゃない。
南条 (照れて)やっぱり?
矢代 でも、さっきは何で知らないのに、犯人を知っているようなフリをしたわけ?
南条 (あせって)そ、それは…この際、犯人探しに協力するフリをして、チャーシュー麺をおごらせちゃおうと思って…ゴメンッ!ヒー子。
矢代 (久しぶりに昔の呼び名で呼ばれて驚く)何よ、ヒー子なんて…
南条 お前だって、さっきからオレのこと二郎ちゃん、二郎ちゃんって…
矢代 あ…(口に手を当てる)そっか、いつの間にか小学校の頃のクセが出てたんだ…。
南条 (感慨深く)…そうだよな、むかしっからの友達だもんな、オレたち…
矢代 (口を尖らして)その幼なじみをだまして、チャーシュー麺おごらせたのは誰よ?
南条 (苦笑して)ごめん、悪かったよ。いずれこの借りは利子を付けて返すから。これにギョーザつけるっ!約束。
矢代 (アカンベーをして)そんなんじゃヤーダ。
南条 (少しむくれて)…おにぎり付ける。文句あっか?
矢代 そおねえ…ま、いっか。そうそう、光子や山田君も誘っちゃおうかな。ね、いいでしょ?(ウィンクする)
南条 何だよ、それえ。関係無いだろ?
矢代 あるのー。いろいろあったんだから。
南条 やれやれ…
矢代 で、いつおごってくれるのよ。何年何月何曜日?何時何分何十秒?地球が何回回った日?
南条 地球が何回回ったかなんて、数えられっかよっ!(矢代を軽く叩く振り)
矢代 あはははっ
南条 はははっ
ライトやや落とす。
食べ終えた二人、腕を組み、のれんを分けて店を出て行く。
溶暗
登場人物、全員ステージに並んで一礼。
校長、演出家、拍手しながらステージに上がり、両脇に並んで、再び一礼。
幕