幽霊学校
原作・脚本:野田市太郎
潤色:あしゅけ
登場人物
女子生徒
男子生徒
田中
山口
菅野
石嶺
大野
水野
鵜沢
霜
ゆみえ
幽霊
警備員
(幕の前で)
女 時間は流れ
男 記憶も流れ
女 とめどなく科学は進み
男 核実験が行われる
女 わたしたちは
男 ぼくたちは
女 戦争も知らず
男 原子爆弾も知らず
女 だからこそ
男 だからこそ
男・女 だからこそ!
田中 おーい、おーい。
山口 おーい、おーい。
管野 おーい、聞こえるかー。
田中 どこにいるんだー。
山口 電気、つけてみる?
田中・管野 うん
山口 (スイッチを入れる)
田中 やっぱまだ来てねーよ。
管野 七時半に集まる約束だったのに、みんなどうしたんだろう。(腕時計を見る)
山口 三人だけじゃ、やっぱ怖いもんね。
田中 (山口につられて)夜の学校って、思ったより気味悪いなぁ。なんだか背中がゾクゾクしてきた。
山口 (ニヤニヤしながら)田中君にも怖いもの、あるんだ。
田中 何だよ。(威張ってみせる)
管野 しかし、本当かなあ…(腕を組み考え込む)
田中 (自分のことを言われた風に)何がぁ?
管野 だから、本当に来るのかなあ。
山口 みんなのこと?
管野 ちがうよ、本当に出るのかなって言ってるんだよ。
田中 ああ、お化けのやつのことか。
山口 (慌てて)大きな声で言うなよ、聞こえたら気を悪くするぜ。
田中 そうか、そうだな、ゴメンゴメン。
山口 ものすごく強いやつだったらどうしよう。田中君だってかなわないかも知れない。
田中 何だと?
山口 (なだめながら)だって、相手は幽霊なんだよ。
俺、親に黙って来ちゃったんだ。おふくろはいつも俺に文句ばっか言ってっけど、もしこのまま俺が死んだら、やっぱ悲しむんだろうな…
管野 心配することはないよ。相手を怒らせないようにしてさ、いろいろ話を聞けばいいんだよ。
とにかく向こうの気持ちを刺激するような言い方はさけよう。
田中 ああ、それは分かってる。それにしても変な噂だよな。第一、本当に見た奴いるのかよ。
管野 さっきから田中君はお化け、お化けって言ってるけど、正しくは幽霊だよ。
田中 お化けと幽霊って違うのか?
山口 人が恨みを残して死んだのが幽霊。お化けは化けるからお化けなんだよ。
管野 もう少し付け加えるなら、狐や狸が人や怪物に化けたのが正しいお化け。転じて、怪物もお化けの仲間になったと言われている。
田中 はいはい、山口も管野も物知りだよな。
山口 でも、管野君は、お化けも幽霊も、本当は居ないって言ってたよね。
管野 (力強く)そうだよ。僕の本当の目的は、毎年八月八日の夜八時に必ずこの教室に現れるという幽霊の正体を暴くことにあるんだ。
山口・田中 おお〜(拍手)
管野 (腕時計を見て)七時四十六分十二秒。
山口 みんな遅いな…もしかして教室間違えてるんじゃないのかな。
田中 探しに行くか?
管野 待てよ。そんなことをして、行き違いになるかも知れないだろ?僕らはここに居た方がいい。
田中 じゃあ、また呼んでみるか?
管野 (うなずく)
山口 おーい、おーい…
田中 おーい、おーい…
水野 (後ろから突然現れて)出たぁ?
田中・山口 ひゃあ〜っ!(おおげさに飛び上がり、各々リアクションをする)
石嶺 (水野を軽く叩いて)ゴメーン。おどかしちゃった?
大野 もう始めてるの?(見まわして)まだ出てないよね。
管野 君たち、時間は守ってくれよ。
水野 スマンスマン。
大野 来る途中で、雨が降ってきたから、コンビニで傘買ってたら、こいつが(水野をさして)お菓子も買おうって言うから…
遠足じゃないっつーの。(水野を小突く)
水野 だってさ、わくわくするし、幽霊だって、もしかしたらお菓子、好きかもしれないじゃない。
田中 (からかうように)おまえ、アホやろ。
水野 (言い返す)うっさい。
管野 (少し怒りながら)何はしゃいでるの!?(呆れ口調で)遊び半分に考えてもらっちゃ困るんだよ。
石嶺 ねえ、管野君、一体どこから出てくるの?
管野 え、何が?
石嶺 決まってるでしょ、おーばーけー。
山口 お化けじゃないよ、幽霊なんだってば。
石嶺 お化けも幽霊も一緒でしょ?
田中 それが違うんだなー。
(田中がさも知ったかぶって石嶺に説明する)
水野 (机に座って、足をぶらぶらさせながら)それにしても、なあんで学校なんかに出るんだろ?
大野 いいじゃない、学校で。静かだし、薄暗いし、幽霊は好きなのよ、こういうトコ。
水野 あたし、もし幽霊になっても、こんなトコには出たくないなー。つまんないよ、学校なんて…。
大野 でも、夏休み中だから、誰も居なくて、落ち着けるよ。
水野 だってさあ、誰もいない所に出て、何が楽しいの?
田中 楽しくて幽霊やってるわけじゃないだろ?それに人込みん中に幽霊がいたって、幽霊だって気付くやつ、いるのかよ。
石嶺 そうそう、別ににぎやかじゃなくたって、いくらかは人通りのある…
そうね…公園とかの柳の木の下とか、幽霊の似合うトコって結構あるでしょ。そういうトコに出ればいいのよ。
なのに、学校なんて、机と椅子と、黒板しかない、つまんないトコ。どうして選んだんだろう…。
大野 しかも、決まった日の決まった時間に同じ場所でしょ。誰かと待ち合わせしてたりして…。
水野 えーっ!幽霊もデートするの?
田中 お前ホントにアホだな。アホアホー
水野 うるさいわね。田中にアホ扱いされたくないわよ。
管野 大野さんの意見、秘密を解く鍵になるかも知れないな…
大野 待ち合わせしてるかも知れないってこと?
管野 うん、しかし、もっと深刻な問題だと思う。
山口 やっぱ恨みか何か?
管野 (うなずいて)僕も、幽霊の存在は信じたくないんだけど…
たとえば、ここの卒業生で、何年も何年も受験に失敗して、ノイローゼになって、自殺してしまったとか。
大野 それより、いじめで自殺する方が可能性あるわよ。
管野 いずれにせよ、学校を忘れられない理由があるはずなんだ。
石嶺 しー、静かにして、足音しない?誰か来るよ…
(全員息をひそめる)
鵜沢 (そっとのぞいて)あ、もうみんな来てたんだ。
田中 何だ、鵜沢か。もう来ないと思ってたぜ。
管野 (腕時計を見て)七時五十四分四十五秒。もうすぐ五分前だ。
鵜沢 悪い。ゆみえと霜さんが、急に怖いから行きたくないなんて言い出すもんだから、
(後ろを向いて)ほら、二人とも入ってこいよ。大丈夫、お化けはまだいないって。
(ゆみえと霜、入ってくる)
ゆみえ あー、よかったー、みんな来てたんだ。
霜 (ゆみえにしがみついたまま)ホントにお化けいないのね。ホント?
水野 こんなにいっぱいいるんだから、怖くなんかないよ。ほら、こっち来て座んなよ。
鵜沢 管野、確かにこの教室なんだろ?
管野 ああ、二年一組の教室だ。
ゆみえ (怖そうに)ねえ、あと何分?
管野 あと四分切ったよ。
ゆみえ あたし、あたし、やっぱり帰りたいよ…。
霜 ゆみえが帰るんなら、あたしも帰る…。
大野 何言ってんのよ。二人とも、お化けに会いたくて来たんでしょ?
田中 (合間)お化けじゃねえよ、幽霊だって…。
ゆみえ だって、お化けなんて、やっぱ怖いって…。
田中 (合間に)だから、お化けじゃ…
山口 (イライラした口調で)何のためにみんなで集まったんだよっ!幽霊に会うためだろ?
田中 (合間に)そう、幽霊。
霜 それは分かってるけど…
鵜沢 いざとなったら、俺らにまかして、女子は隠れてろよ。まず、田中が足払いかけてさ、な、田中。
田中 い、いいけど、幽霊って足なかったんじゃねえの?
石嶺 そーよ、足の無い幽霊にどうやって足払いかけるのよ。
鵜沢 じゃあ、もし、田中が幽霊に絞め殺されそうにでもなったら…
田中 絞め殺されんのかよっ、俺!
鵜沢 大丈夫だよ、俺がかかと落としで決めてやっから。(アンディ・フグの真似をする)俺さ、この日のために、毎日トレーニングしてきたんだ。
管野 ちょっと待ってくれよ。僕としては、相手が本物の幽霊かどうかは分からないけれど、どんな場合においても、暴力は無しで、平和的に正体をつきとめたいと思っているんだ。
ゆみえ でも、向こうが乱暴してきたら、鵜沢君がやってもいいわけでしょ?
管野 それは、自衛手段として正当だけど、その場合でも、僕が合図をするまでは、手を出さないでほしい。
田中 なーんだ、ちょっとがっかりだ。な、鵜沢(指をポキポキ鳴らす振り)
鵜沢 いや、何もしないですめば、それに越したことは無いよ。
もし校内で大怪我したりなんかしたってのがばれたら、大騒ぎになるだろうし。
大野 ねえ、三分前よ、幽霊なんだから、やっぱり電気、消してあげた方がよくない?
管野 そうだな、その前に、僕らの他に誰か隠れていないか、教室の中を調べておこう。
(全員で分かれて見て回る)
霜 ゆみえ、(服のすそを引っ張る)
ゆみえ なに?
霜 ちょっと…(内緒話)
ゆみえ もお、やっだー、こんな時に。早く行っといでよー。
霜 ねー、お願い、一緒に行って…。
ゆみえ あたしだって怖いんだから…
田中 便所?
霜 うん…。
田中 俺のいとこに聞いた話なんだけどさ、おととしの夏休みに、忘れ物を取りに学校に一人で行ったんだって。
その時急にもよおしちゃって、便所に入ったんだって。
で、クソしてさ、水を流そうとしたんだけど、水流す棒がいくら踏んでも動かないんだって。まるで誰かに押さえられてるみたいなんだ。
霜 やだ、やだっ!
田中 それで、恐ろしくなったいとこが、力いっぱい踏んだら、…血みたいな水がドバーッ!
霜 いやーっ!
管野 ほら、時間が無いんだから、ゆみえ君、ついて行ってやってくれよ。
田中 あー、俺もションベンしたくなってきた。どうしよっかなー…やっぱ行ってこよう。
ゆみえ じゃあ、三人で行ってくる。霜、早く行こう。
霜 うん。
大野 (出ていこうとする田中に)田中君、下の様子も見て来てよ。
田中 オッケー
(田中、ゆみえ、霜、退場)
管野 時間だ。消すよ。みんな落ち着いて。
(みんな黙ってうなずく)
(スイッチを消す)暗転
(暗い中で遠くから聞こえてくるような声)
幽霊 …あーかーりー…
鵜沢 (ひそひそ声で)何か言ってる。
幽霊 …くらーくてー…なーんにもー…みえなーい…
石嶺 (ひそひそ声で)明かりをつけてくれって言ってるのよ。
水野 …きゃあっ!何かさわったー。
山口 コンニャクみたいなものが…ほっぺたにさわったぁ…
大野 あたしもーっ!
幽霊 (かなり近くで)あかりをー、つけてー、くださーい。
鵜沢 そ、そ、そこにっ!誰か、いるっ!
管野 よし、明かりをつけるぞ。
(スイッチを押す)明るくなる
(正面に少年がぼんやりと立っている)
鵜沢 出たあっ!(頭をかかえこむ)
石嶺 うーん(倒れ、大野が支える)
幽霊 (驚き)学校だ…。教室にいるんだ…。(嬉しそうに)…今年も学校に来ることが出来たんだ。
山口 (壁の時計を見て、管野と顔を見合わせ)ジャスト八時。
管野 すごいな、時間厳守だ。
(みんなうなずく)
(トイレから戻ってきた三人、おそるおそる入ってくる)
田中 (少年を背後から指差して、管野に)こいつ、幽霊か?
管野 (警戒しながら)う、うん…
(皆そろそろと近付いてくる。)
ゆみえ (幽霊らしくない様子に、いくらか勇気が出て、回り込んで観察する振りあって)ねえ、ねえったら(幽霊の肩をちょっと押して後退り)あんた、幽霊なんでしょ?
幽霊 (ゆっくりとゆみえを見る)え…
霜 (ゆみえの陰から幽霊をジロジロ見て)ねえ、この幽霊、足があるっ!
幽霊 (辺りを見まわしながら)あなたたちは…
管野 (前に出て)僕たちは、この学校の…このクラスの生徒です。先輩たちの噂を聞いて、君に会いに来ました。
(一呼吸置いて)君は、本当に幽霊なんですか?
幽霊 (ぼんやりと)…そうでしたか、僕は、幽霊だったのですね…。
山口 何だか、頼りないなぁ。
大野 名前は?名前は何ていうの?
幽霊 …名前…。確か、僕には名前があった。…だめだ、(首を振って)思い出せない。…長いこと誰も僕の名前を呼んでくれなかったから…
鵜沢 何だよ、お前、本当に幽霊なのかよっ!
水野 ねえ、どうしてこんな所に出てくるわけ?
ゆみえ ここは学校よ。しかも教室。勉強するとこ。
幽霊 (急に生き生きとした表情になって)僕は、学校に、教室に来たかったんです。
(沈んで)でも、僕が好きな学校は、(見まわして)こんな、死んでいる学校なんかじゃない。
霜 学校が死んでる?って、どういうこと?
幽霊 僕が来たかったのは、息の通った、活気のある、緊張した雰囲気に包まれた学校なんです。
(ふと、気がついて)そういえば皆さんは、僕の言葉、分かりますか?
鵜沢 そりゃあ分かるよ。
水野 当たり前じゃない。
幽霊 (うれしそうに)よかったっ!僕は戦争に負けたと知った時から、それがどんなに心配だったことか…
戦争に負けて五十年以上、僕は毎年ここに出てきて、自分の言葉を確かめてみたかった。
戦争中は、戦争に勝てば世界中の人が日本語を使うようになるから、敵国語はいらないと、先生が話してくれた。そして僕たちは英語を勉強することを禁じられていた。
でも、日本は負けた。…だから僕はもう日本語が無くなってしまったものだと思い続けていた。
山口 戦争って、第二次世界大戦のこと?
幽霊 そう、大東亜戦争です。(遠くを見つめる)
田中 じゃあ、君は、戦争で死んだの?
大野 戦争中に、学校で死んだの?
幽霊 いいえ、あれは工場でした。
管野 工業学校?
幽霊 学徒動員と言って、僕たち中学生も、みんな工場で働いていました。
僕は敗戦の年の八月八日に機銃掃射でやられたんです。
地上を這って逃げまどう僕たちを、これでもか、これでもかと狙い撃ちにしたんです。何度も何度も、これでもか、これでもかって…。
僕は、自分が人間だとは、到底思えませんでした。血まみれになって、「水がほしい、水をください」と叫びながら、石ころだらけの工場の門の所まで、必死に這って行ったんです。
友達が、何人も倒れていました。みんな、もう、何も言わず、静かに眠っているようでした…。
霜 あなた、まだ中学生だったんでしょ?
幽霊 戦争だったから、仕方ないんです。中学に入って、二年間は勉強が出来ました。
でも、三年生になると、すぐ工場に働きに行かされたんです。
始めは、ほんの少しですが、学習の時間もありましたが、だんだん戦争が激しくなって、それどころではなくなってしまった。
子供なりに、僕たちも、お国のためと思って、一生懸命働きました。頭のてっぺんから、足の先まで、汗と油まみれでした。
でも、やっぱり一番なつかしく、忘れられなかったのが、学校でした。
友達と机を並べて、数学の公式や、松尾芭蕉の授業を受けていた時、僕はどんなに幸せだったことか…。
昼休み、僕は弁当のサツマイモをかじりながら、油に汚れた英語の教科書を隠れて読み続けました。
石嶺 英語の教科書が、そんなに大事なものだったの?わたしには何だか信じられないことだけど…
ゆみえ 死ぬ時は、痛くなかった?苦しかったんでしょ?
幽霊 …あの時は、生まれてから、その時までのことが、一時に目の前にあらわれました。
東京大空襲で死んだ母も、妹も、友達も、みんな僕のまわりに集まっていました。
みんな、手に小さな花を持って、やさしく歌ってくれているのです。
静かで、穏やかな、とてもやさしい歌でした。
その時、小学一年生の時の女の先生が、僕に言いました。
「会いたい人があったら言いなさい、見たい景色があったら言いなさい。もう、この世とはお別れで、二度とかえって来られないのだから、最期にもう一度見せてあげましょう」って。
でも、僕にはなつかしがるような時を過ごす時間は無かった。
“もう遅い。出来ることなら、もう一度、初めからやり直したい”と、心の中で繰り返していました。
しかし、その時、工場で燃え狂っていた火が、細かく砕けて、僕の体の上に落ちてきました。
僕は何の願いも持たないまま、天にのぼりました。
決められた命を、途中で切り取られた僕は、一年に一度だけ、死んだ日に、この世に戻ることが許されたのです。
もし、もう一度生きることが許されるのなら、どうしても行ってみたい所…
そうだ、それで僕は毎年、ここへ来ていたんだ。
山口 それじゃあ、学校が見たくて、ここへ来てたっていうわけなんだ。
大野 幽霊の優等生ねー。
田中 優等生の幽霊だ。
石嶺 でも、今は夏休みだもん。こんな寂しい学校じゃ、何も出来ないよね…。
幽霊 死んだ日が悪かったんです。それはもうあきらめています。
それに、生きている学校は見られなくても、今日はこうして、生きている皆さんに会えました。
一緒にお話が出来たのですから、いいんです。充分です。
水野 …生きている、学校ねー…。
管野 死んでいる学校ではない学校か…。
霜 (幽霊に)あたしたちに出来ることって無い?だって、年に一度のことなんだもん。
鵜沢 (思いついて)あるよ、いいことがっ!
ゆみえ いいことって何?
鵜沢 生きている学校を見せてやればいいんだろ?だから、俺たちが一緒に生きている学校をやってやるんだよ。
田中 (見まわして)たったこれだけで?九人しかいねーんだぜ。
鵜沢 だからぁ、みんなが一人何役もやるんだよ。毎日毎日の俺らの学校を再現すんだって。理科でも、数学でも、国語でも…
管野 (興味を持った振りで)いいよ、やれるかも知れない。
大野 やれるよっ!いつもの二年一組をやればいいんだから。
山口 ちょっと…難しそうだな…
水野 山口君はいつも考えすぎなの。出来る出来る。やってみようよ。
山口 うーん…
大野 じゃあ、みんな、始めるよ。
鵜沢 スタート(映画のカチンコのように手を叩く)!
朝の教室の風景。各々挨拶やお喋りを始める。
ゆみえ (気がついて)あ、あたし、先生やるよ。(幽霊を連れて教卓の手前に行く)
管野 起立、礼、着席。
ゆみえ (教卓について)今朝は、みんなに転入生を紹介します。(幽霊を手招く)さ、自己紹介して。
幽霊 (そわそわしながらゆみえの横に立ち、礼)二年一組のみなさん。おはようございます。
生徒 おはようございまーす。
幽霊 僕はしばらく遠い所にいたので、今の日本のことが、よく分かりません。でも一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします。(礼)
生徒 (拍手)
幽霊 (拍手がおさまるのを待って)それから、僕の名前は、(困ってもじもじする)名前は…。
ゆみえ (助けて)名前は、未来君です。
幽霊 (驚いてゆみえを見る)
ゆみえ 素敵な名前でしょ、未来君。
幽霊 (嬉しそうにうなずいて)僕の名前は、未来です。どうぞよろしく。
生徒 (拍手)
ゆみえ 未来君は、一番前の席に座って。
未来 はい。(席に座る)
ゆみえ 一時間目、何しようか。
鵜沢 (立ちあがる)おう、俺が数学やってやるよ。(教壇に上がる)
水野 鵜沢君、数学苦手じゃん。
鵜沢 まかしとけよ。管野、号令。
管野 起立、礼、着席。
鵜沢 教科書開けー。百八ページ、昨日の三角形の合同の続きだぞ。
(黒板に“三角形の合同”と書く)(振り返って)昨日やった合同条件、みんな暗記してきたか?
生徒 え〜、 覚えてねーよ、 あれ宿題?
( ) ( ) ( )
未来 (後ろのみんなの様子を見てきょろきょろする)
鵜沢 今日は八月八日だから、出席番号三十八番の霜、
霜 は、はいっ!
鵜沢 三角形の合同条件を答えてみろ。
霜 (立ちあがって)ええと…二辺と…
鵜沢 そうだ、二辺と、
霜 一つの角が等しい…そうだっけ?(まわりに聞く)
大野 違うよ、二辺と対頂角。
鵜沢 二辺をはさむ角、だろ?
霜 そう、そうそう。その、はさむ角?
鵜沢 よし、みんなちゃんと覚えておけよ。さあ、あともう一つだ。(未来を見て)未来、言えるかな?
未来 (立ちあがって)はい。一辺と、その両端の角がそれぞれ等しい、です。
生徒 おお〜…
鵜沢 よおし、ここは中間テストに出すぞ。必ず覚えておくように。いいな。(笑って)…こんな感じでいい?
生徒 上出来、 良かったぜ、
( ) ( )
鵜沢 次は誰やんの?
水野 あたしーっ!(前に出てくる)あたし、国語やるっ。(セキばらいをして)わたくし、国語の○○です。
生徒 似てーねー、 頑張れっ!
( ) ( )
水野 (真似したまま怒って)静かにしてください。
今日は、宮沢賢治の有名な詩を読んでみましょう。
(黒板に“雨ニモ負ケズ”と書く)未来君、知ってる?
未来 は…はい、宮沢賢治は、知っているような気がします。
水野 それでは、先生の後についてきてください。
生徒 はーい。
水野 雨ニモ負ケズ
全員 雨ニモ負ケズ
水野 風ニモ負ケズ
全員 風ニモ負ケズ
水野 雪ニモ夏ノ暑サニモ負ケヌ 丈夫ナ身体ヲモチ
全員 雪ニモ夏ノ暑サニモ負ケヌ 丈夫ナ身体ヲモチ
水野 欲ハナク 決シテイカラズ
全員 欲ハナク 決シテイカラズ
水野 イツモシズカニワラッテイル
全員 イツモシズカニワラッテイル
水野 アラユルコトヲジブンヲカンジョウニ入レズ
全員 アラユルコトヲジブンヲカンジョウニ入レズ
水野 ヨクミキキシ
全員 ヨクミキキシ
未来 (突然立ち上がって叫ぶように)ソシテ…
ソシテワスレズッ!
全員 (先生・生徒、驚いて未来を見る)
水野 (未来に話し掛けるように)東ニ病気ノコドモアレバ
未来 (水野に応えるように)行ッテ看病シテヤリ
水野 西ニツカレタ母アレバ
未来 行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ
水野 南ニ死ニソウナ人アレバ
未来 行ッテ(少し辛そうに)コワガラナクテモイイトイイ…
水野 北ニケンカヤ訴訟ガアレバ
未来 (怒りを押し殺すように)ツマラナイコトハ…ヤメロトイイ…
(一呼吸置き、客席に向かって、つぶやくように、しかし力強く)
ミンナニデクノボート呼バレ
ホメラレモセズ 苦ニモサレズ
ソウイウモノニ…ワタシハナリタイ…
全員未来を後方から囲むように見守る。
全員 (大きな声で)ソウイウモノニ、ワタシハナリタイ
未来 (みんなに気付いて、やや後ろを向き、微笑んで向き直る)
ありがとう、みんな。僕は、だんだん自分が何なのか分かってきました。なぜ五十年以上も、毎年毎年、学校へ戻ってきたのか、今、はっきりと分かりました。
こうして生きている学校の中にいると、過去への、あの激しい怒りが、未来へ向かっての、誓いに変わっていくのが分かるんです。
みんなが僕に優しくしてくれると、焼け爛れた大地に、雨が静かに降り注ぐように、過去への怒りがやわらぐのです。
思い出せなかった、沢山のことが、はっきり見えてきました…(目を閉じる)
山口 未来君…
未来 (目を開いて)そうだっ!死ぬ時に、一言、どうしても言えなかった言葉…
山口 何て言いたかったの?言ってよ、未来君。
未来 …生きたい。生きていたい。生きていく。そして…
石嶺 (急に)足音がするっ!
大野 警備員のおじさんだっ!
霜 (焦りながら)声が大き過ぎたんだよ
管野 明かりを消すんだ、早くっ!
田中 (スイッチを消す)みんな静かにっ!
警備員 (靴音を響かせ、室内に入ってくる。懐中電灯で辺りを照らすが、誰も見当たらず、首をひねり、立ち去る)
鵜沢 もう大丈夫だ。田中、明かりつけていいぞ。
田中 (スイッチをつける)
(未来の姿が無い)
山口 あ、未来君がいない…
田中 その辺に隠れてるんじゃねえの?
全員 (辺りを探す)
山口 居ないよ。帰っちゃったのかな…
大野 せっかく、生きてる学校を見に来たのに…
霜 満足したのかもね。
山口 でも、もっと、もっといっぱい見せてあげたかった。
鵜沢 そうだな、体育も、給食も、掃除当番だって、みんな、あいつとやりたかったよ。
管野 僕だって、あいつに、いろんなことを聞いてみたかった。本当の幽霊かどうかも確かめたかったのに…
石嶺 ちっとも怖くなんてなかった。消えたりなんかしないで
ほしいよ。
水野 …友達、一人なくしちゃったね…(涙ぐむ)
ゆみえ 何であたしたちに、さよならの一言も言わないで帰っちゃったんだろ。
田中 俺ら、怒らせるようなこと言ってねえよな…
山口 幽霊は、恨みなんかじゃなくて、自分の過去を訂正したくて、この世に現れるのかも知れない…。
管野 …未来君は、将来に向けて、出発しようとしたんだ。だとしたら、幽霊としての命を失ってしまったことになる。
水野 ねえ、山口君、幽霊が死んだら、どうなっちゃうの?
全員数秒間沈黙
山口 …僕は…ただ僕は、(悔しそうに)何よりも、あいつを、幽霊になんか、したくなかった…
全員その場に立ったまま動かず、ライト溶暗。