〇白雪姫(『夜叉ヶ池』)

 越前三国ヶ嶽琴弾谷には、夜叉ヶ池という大池があります。昔、この地域で竜神が暴れ、人々が大水で苦しめられていた時、徳の高い僧が行力によって竜神を夜叉ヶ池に封じ込めてしまいました。

 時は現在、激しい旱魃に襲われた夏、京都の大学で教授をしている山沢学円という男が、夏期休暇の帰途に、夜叉ヶ池の話を聞いて興味を持ち、村を訪れました。鐘楼の近くの小川で米を研いでいた女に梨と茶をご馳走になり、学円が代価を払おうとすると、女は各地を旅して見聞した面白い話を金子の代わりにして欲しいと頼みます。
 学円は三年前に行方不明となった友人の話をします。女は狼狽し、態度を変えて、学円を追い返すかのように急かしますが、家の奥からはその友人、萩原晃が飛び出してきます。
 萩原も三年前、夜叉ヶ池伝説に興味を持ち琴弾谷を訪れていたのでした。萩原は学円との再会を喜び、妻百合を紹介します。
 学円は萩原から、夜叉ヶ池の伝説を聞かされます。池に封じ込められた竜神は、人間と盟約を結びました。村の外れに鐘楼を造り、そこで日に三度鐘をついて、竜神に盟約を思い出させること。人間が鐘をつくうちは、自らも大水を出さないという誓いでした。竜神は本来、池に暮らすような神ではなく、春分になると竜巻となって天に昇り、天上で暮らし、秋分になるとまた竜巻となって海に下り、海中で暮らすというスケールの大きな神ですから、池に封じ込められていることに常に不満を持っています。人間との盟約さえ、村外れの鐘さえなければ、いつでも好きなところに飛んでいくことが出来るのですから、そのパワーで鐘を壊すことなど、実はいともたやすいことでした。しかし、そのような強大な力を、人間は信仰と盟約によって鎮め続け、竜神は長い間本望を果たせずにいたのです。
 萩原が村を訪れた時、村でただ一人、竜神との盟約を守り、毎日毎晩欠かさず鐘をつく鐘楼守の老人、弥太兵衛に一夜の宿を借りました。そして計らずもその臨終の場に立ち会ってしまいました。
 老人の遺言でもある鐘の盟約を村人が誰も引き受けないことに憤慨し、一度は村を出て行こうとした晃ですが、美しい元神主の娘、百合に心惹かれ、その身を案じ、村に留まって鐘楼守になると決めたのでした。
 今では迷信とさえ言われる鐘の盟約を信じ、村人のため、百合のため、子爵という身分も棄て、鐘楼守となった萩原に、学円は強く心を打たれます。そして一層夜叉ヶ池を見ておきたいと思うようになり、百合に丑三つの鐘を頼んで、二人は池に向かいます。

 池の眷属の鯉や蟹が里近くの小川を警護していると、白山剣ヶ峯千蛇ヶ池から公達の恋文を携えて、鯰がやってきます。現在、夜叉ヶ池の当主である白雪姫に届けるためです。二人は許婚ですが、白雪姫が池の当主となってからは、鐘の盟約のため、自由に逢うことも出来ないのです。
 鯉と蟹が鯰を唆し、文箱を開いて恋文を盗み読もうとした、まさにその時、
白雪姫が姥や腰元を伴って里に下りてきます。
 
白雪姫は公達からの恋文を読み、さらに想いを募らせますが姥が引き留めます。白雪姫が池を離れると、夜叉ヶ池の水は溢れ、村里一帯は洪水に飲まれてしまうからです。日に三度、鐘がつかれ、盟約が守られている内は、白雪姫は千蛇ヶ池に行くことも出来ず、また、公達も同様に千蛇ヶ池を離れることが出来ないのです。
 
白雪姫は眷属たちを集め、鐘を壊させようとしますが、誰もが盟約を破るのを恐れ、鐘に近づこうともしません。とうとう白雪姫自身が鐘楼に駆け上り、鉄槌でその鐘を打ち砕こうとした時、百合の子守唄が聞こえてきます。萩原の留守の寂しさの心やりに、人形を抱いて唄を歌っているのでした。
 萩原と百合が鐘を守っているうちは、許婚に会うことも出来ず、いうなれば二人は恋の仇なのですが、村で唯一竜神を信仰し、鐘の盟約を守り続けるこの仲睦まじい二人の姿に、
白雪姫の荒々しい気持ちも自然と穏やかになるのでした。

 夜遅く、村人たちは百合を雨乞いの生け贄として、竜神に差し出そうとします。捕らえられた百合は黒牛の背に縛られ、夜叉ヶ池のほとりに連れて行かれそうになります。
 村を出発しようとした一行の前に、胸騒ぎを覚えて途中で引き返してきた萩原と学円が現れます。
 萩原はかつて雨乞いの儀式の際、生け贄となった乙女が、恥ずかしさ、悔しさから恨みを抱き、黒牛の背に薪を集めて火を放ち、村を火の海へと変え、自らは池に身を投げたという話を語ります。その乙女こそ、白雪姫だったのです。その過ちを繰り返してはいけないと説きます。
 学円も説得を試みますが、今夜何としても雨乞いを断行するという村人たちの横暴に見切りをつけた萩原は、百合を連れ、学円とともに村を出る決心をします。村を出て行こうとする三人に、百合の叔父の神主が、百合は村の者だから置いていけと難癖をつけます。百合を守ろうと戦う萩原でしたが、多勢に無勢、打ち負かされてしまいます。百合は萩原の取り落とした鎌で胸を掻き切って、萩原の無事を祈りつつ息絶えます。
 おりしも時は丑三つ時、萩原は撞木の綱を切り、自らの首に鎌をあてて百合の後を追います。
 夜叉ヶ池の辺りから恐ろしい黒雲が湧き上がり、大水が村を襲います。村と村人は全て水底に沈み、学円だけが奇跡的に助かります。
 白雪姫は淵となった村を萩原夫婦に譲り、眷属を引き連れて、千蛇ヶ池の恋人の元へと急ぐのでした。

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