〇菖蒲(『草迷宮』)

 諸国を旅する小次郎法師は夏の或る日、三浦半島の大崩れと呼ばれる地の茶屋で、店番をする老婆から不思議な話を聞かされます。近くに子産み石という丸い小石がいくつも出る場所があり、この小石を二つ重ねて拝むと子宝に恵まれるという信仰があります。この茶店ではその小石を土産物として置いています。
 老婆は秋谷一の旧家である鶴谷家の別邸の話を始めます。鶴谷家では昨年、立て続けに五人の死者が出ました(跡取息子の本妻と愛人が出産で亡くなり、それぞれの産んだ子供も死産、息子当人も井戸に投身自殺した)。本宅は別にあり、五人が亡くなった別宅の、通称秋谷邸は化け物屋敷と噂され、人も寄り付かなくなって久しく、小次郎法師は老婆に秋谷邸で亡くなったものたちの回向を頼まれます。
 かつて土地の若者が明神の侍女と名乗る女から緑の珠を貰ったが、酔っ払って抱きついたために、罰が当たり以来気が狂っており、その侍女が去っていった方向に秋谷邸があるという話を聞くにつけ、小次郎法師は恐ろしさに身がすくんだのですが、最近、葉越明という青年が逗留していると教えられます。明は幼い頃に亡くなった母の歌ってくれた手毬唄を探す旅の途中この地に寄り、川を流れてくる猫の死骸とともに流れてきた手毬を拾いました。川上に秋谷邸があると聞き、手毬歌の手掛かりが得られるのではと逗留しているというのです。小次郎法師も一人では心細かったものの、一晩の宿に逗留を決めました。
 明は小次郎法師に邸の中で起こる怪異を語ります。畳が動き、ランプが浮かぶけれど、朝になると元通りになっていること、村の若い者たちが肝だめしに来た時、刀を紛失したこと、連夜の怪異に、明の面はやつれていましたが、それでも手毬唄を知りたいという熱意が勝っていたのでした。
 その夜、明が眠りについて間もなく、俄かに苦しみ出します。見守る小次郎法師の目の前に、悪左衛門という魔物が現れます。悪左衛門は明を邸から追い出そうと、これまであらゆる方法を尽くしてきましたが、明は一向に出て行く気配がありません。そのため明の夢の中で、明に小次郎法師を殺させたというのです。しかしこの試みも失敗に終わったことを告げ、なぜこうまでして明を追い出そうとしたかを語ります。この邸にはある貴夫人が逗留しているが、明が出て行かないので、今夜この地を去ると言います。
 挨拶に現れたのは、明の幼馴染で、数年前、丑待ちの儀式をしたために神隠しにあった菖蒲でした。菖蒲は明の母から手毬唄を聞かされていたので知っていて、是非教えてあげたいが、明は亡くなった母を慕う心と、自分への恋心を混同させているため、直接会ってしまったら、明の想いの強さから、そのまま魔界に引き込んでしまう。天上にいる明の母がそれを心配していることを小次郎法師に話します。そのため明には会えないこと、現在、小次郎法師と会っていることも口止めします。
 数年の旅の後、明はまたこの地を訪れるであろう。そして嫉妬深い夫の留守に間違いがあったと誤解され、この邸に閉じ込められたある夫人(
菖蒲?)と出会い、母への想いとその夫人への想いが引き裂かれたその時に、捜し求める子守唄は自ずと聞こえてくるであろうと告げます。
 明の枕元で、
菖蒲は小次郎法師のために手毬をつき、唄を歌います。小次郎法師は昔、故郷の社で見た女が菖蒲であると知ります。
 目覚めた明が
菖蒲に縋ろうとすると、菖蒲は身をかわし、その地を離れていきます。

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