〇お蔦(『婦系図』)
| お蔦は蔦吉という売れっ子の芸者でしたが、独逸文学者の卵、早瀬主税と出会い、現在は落籍(ひい)て主税と一緒に飯田町で暮らしています。元芸者が学者の妻というのは身分違いと言われる時代、主税も恩師である酒井俊蔵にさえ(恩師だからこそでもありますね)、お蔦との関係を打ち明けられずにいます。そんな内縁関係の二人ですが、強く結ばれており、貧しい生活ながら、幸せに暮らしていました。 ある日、主税の学友で、同じ静岡出身の河野英吉が、酒井の一人娘、妙子を見初め、是非嫁に欲しいのだが、と相談を持ちかけてきました。自分は無論妙子のことを気に入っており、身一つでも嫁に欲しいのだが、酒井家の系譜や負債の有無など、河野財閥の次期家長となる自分の妻にしてふさわしい女なのかどうかを調べていたのです。 酒井家で書生として暮らしていた頃から、主税は妙子を妹のように思っていました。それ以上の感情も持っていたのかも知れません。ですから、女性をある種の道具や飾り物のようにしか考えていない河野の態度と、そのような家に、妙子が嫁ぐことに我慢出来なかった主税は、本当に惚れあっている者同士なら、素性の詮索などするべきでないと河野を一喝しました。この考え方はお蔦に対する気持ちと一緒であり、また元芸者のお蔦を世間的には自分の妻としては公表出来ないという現実と自己への憤りでもありました。 英吉は知人の道学士に妙子との縁組を取り持ってもらいます。道学士は酒井に子弟の主税が芸者と暮らしていることを告げ口します。 酒井は主税をつれて、馴染みの芸者小芳のところへ行きます。座敷で酒井は主税がお蔦と暮らしていることを何故黙っていたのかとなじり、女を棄てなければ、破門だと迫ります。お蔦と別れざるを得なくなった主税は、傷心のまま座敷を後にします。 湯島の境内で、主税はお蔦に別れを告げます。初めは別れるくらいなら死んだほうがましと哀願するお蔦でしたが、主税に説得され、知り合いの髪結屋に身を寄せることになります。 あるスリ事件が元で、主税は東京に居られなくなり、故郷の静岡に行きます。車中、主税は河野英吉の妹、菅子と出会います。主税の了解が無くては、兄と妙子の縁談が成功しないと知った菅子は、主税と親交を深めていきます。 主税が静岡に行って一年が経ちます。お蔦は離れ離れになった主税のことを思いつつ、次第に衰弱していきます。小芳がお蔦の世話に来ていると、妙子が来訪します。妙子はお蔦の身を想い、主税を東京に呼び戻す方法を思案します。 主税は、菅子の姉道子にも近付き、内部から河野家を崩壊させていき、河野家の家長、英臣と対決する機会を窺います。 お蔦は忌まわの際、二人を引き裂いた酒井に謝罪され、その腕の中で死んでしまいます。 妙子はお蔦の遺髪を持って主税の元に向かいます。 日蝕の日、主税は河野英臣と対決します。 |