〇孤家の婦人(『高野聖』)

 若狭に帰省する途中の“私”は、車中で高野山に籍を置くという上人と知り合います。永平寺に行くという上人が敦賀で泊まる宿に、同行させてもらいます。
 夜、なかなか寝つけない私は、上人に諸国を行脚した際のおもしろい談を聞かせて欲しいとねだります。

 上人の名は宗朝、宗門名誉の説教師で、六明寺の大和尚です。説教ではなく、若い頃行脚で信州へ向かって飛騨越えをした時に体験した、話を語り始めます。

 飛騨の麓の茶屋で一緒になった富山の薬売りの若者が、危険な旧道に行ってしまったのを、見捨てることが出来ず、上人は後を追います。草深い径に迷い込み、蛇に苦労しながら、森林の中に行くと、今度は山蛭に襲われてしまいます。
 馬のいななく声が聞こえ、上人は一軒の山家に辿り着きます。
 この孤家には、白痴で足の立たない少年次郎と、美しい婦人が暮らしていました。
 婦人は次郎を通いで訪れるらしい親爺に頼むと、裏の崖の清水に行き、上人の身体を清め、山蛭の傷を癒します。
 崖にいると、蟇や蝙蝠、猿が婦人の身体にまとわりついてきては追い払われます。
 “優しいなかに強みのある、気軽に見えてもどこにか落着のある、馴々しくて犯し易からぬ品のいい、いかなることにもいざとなれば驚くに足らぬという身に応のあるといったような風の婦人”に、嬌瞋を発してはきっといいことはあるまいと、上人は悟り、身を控えます。
 孤家に戻ろうとすると、留守を頼んだ親爺が馬を連れて家に帰るところでした。聞けば明朝、諏訪の馬市に売りに出すということで、馬は上人の姿を見ると、なかなか動こうとしませんが、婦人に鬣をなでられるとおとなしく連れて行かれます。
 夕食の後、次郎は清らかな涼しい声で木曾節を歌います。上人はその声の美しさに落涙します。
 夜、床の中で、戸外に多くの獣の跫音を聞き、上人が息を凝らしていると、隣の納戸で寝ている婦人が“お客様があるじゃないか”と叫びます。戸外のものの気配に家が揺れ、上人が一心不乱に陀羅尼経を唱えると、辺りは静まり返ります。

 翌日の昼、里の近くの滝まで出た上人は孤家に引き返し、婦人と一所に生涯を送ろうかと考えていると、里に馬を売りにいった親仁と再会します。親仁は馬を売り、その金で鯉を買って帰ってきたのです。
 親仁は上人に孤家の婦人のことを教えてくれます。元は医者の娘で、その頃から病人を療治する能力を備えていたといいます。病院の噂を聞いて連れてこられたのが白痴の次郎で、足に腫物がありました。婦人の父が手術に失敗し、歩けなくなり、婦人が看病を続けていましたが、次郎が家(孤家)に帰る時、一所についてきて逗留していました。それから数日の後、大雨が降り洪水になって、婦人の実家のある村は泥に飲まれてしまいました。
 それから13年、帰る家を無くし、次郎とともに婦人は孤家で暮らしているのです。
 昨夜、次郎を寝かしつけた後で、婦人は上人にずっと此処に居て欲しいと頼んだのでした。親仁も上人が孤家に戻って、婦人の助けになりたいという様子を見抜きます。しかし、婦人はその手に触れた者を獣に変える恐ろしい女であると教えます。売った馬も富山の薬売の男でした。
 谷川の水に洗われ、婦人の手に触れて、手足も顔も人のままでいられたのは、上人の志が堅固であったからで、妄念を起こさず修行に励むがいいと忠告されます。
 上人は親仁に背中を叩かれ、魂を取り戻し、一散に里へと駆けて行きます。

 翌朝、私は上人と袂を分かちます。名残惜しく上人の背を見送ると、雪降る中、坂を上っていく様子は、まるで雲に乗って行くようでした。

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