The April fools 第五話

作:蒼馬要


 車がホテルの玄関口に滑り込むと、治樹は右手にカメラを握り締めると左手で素早くドアを開け外に飛び出した。そしてタクシーから降りた男に駆け寄って夢中でシャッターを押した。
「わあっ」
 不意に焚かれたフラッシュに驚いている男は確かに俳優の望月美津留だった。治樹は近付きながらシャッターを押し続けた。
「な、何だ、君は?」
 望月は悪戯を見つかった子供のような決まりの悪そうな顔をして、空威張りで声を荒げた。
 一方望月に抱えられるようにしてタクシーから降り、辛うじて立っているといった感じの女は紛れもなく橘遼子だった。橘は相当酔っ払っていて、治樹が写真を撮っても別にどうでもいいというような様子だ。二人ともダルトンのエレベーターの中と同じ恰好だ。何であの時に顔を見なかったんだろうという思いが過ぎった。
「治樹、名刺!」
 運転席側のドアを開けて顔を出した御厨が叫ぶ。
「あ、はい、えと、週刊『ショット』の萱嶋です」
 治樹はお辞儀をして望月に名刺を渡した。
「『ショット』の萱嶋君?」
 橘が素っ頓狂な声を出して治樹を見る。
「あら、萱嶋君、どうしたの?」
 望月も慌てている。
「知り合いなのか、君たち…」
「そうよ、ふふふ…ねーえ、萱嶋君、この前はお世話になりましたぁ」
 何だか妙な雰囲気になってしまった。
「治樹、乗れっ!」
 ホテルの警備員がロビーから出てきたので、治樹はもう一度頭を下げ、急いで車に乗り込んだ。車は猛スピードでロータリーを一周して退散した。
「何か、めちゃくちゃなことになってたな…」
 御厨は大笑いしながら車を西新宿に飛ばし、治樹をホテルまで届けてくれた。
「もう今夜は呼び出されるなよ」
「はい、お疲れ様でした…」
 フロントから部屋に電話を入れて、不貞寝をしていた千春を起こし、一緒にベッドに潜り込んだ。

 翌朝出社すると、昨日の写真が出来上がっていた。治樹が撮った写真には望月しか写っていなかった。しかもかなりのピンボケだ。望遠レンズのまま、夢中で接近して撮ったのが原因だった。良かれと思って近付いて撮ったものは全滅だった。
「これでピントが合ってて、横に橘遼子が写っていればなあ…」
 御厨が撮ったやや引き気味の写真には望月が橘を抱えるようにして立っている姿がちゃんと顔も分かるように写っていた。ついでに治樹とのおかしな遣り取りも撮られていた。
「萱嶋が撮ったので使えるのは…この一番ましなのだけだな…」
 最初に撮った望月の驚いた顔はやはり接写の迫力があったようで、一枚だけ採用され、あとは御厨の撮った写真が掲載されることになった。
「情け無いっす…せっかく御厨さんにチャンスを譲ってもらったのに…」
 憮然としていると、御厨は苦笑する。
「違うよ、お前酒飲んでたからハンドル握れなかっただろ?」
「え…それだけですか?」
「ああ、お前と心中したくないからな。じゃなきゃ俺が撮りに行ってるって」
「そ、そうですか…」
 重ね重ね自分の力量不足であることに落ち込んでしまう。
 担当記者から取材を終えたと連絡が入った。
 望月の事務所側の言い分では、橘や知人数名とダルトンホテルのラウンジで酒を飲んでいたが、橘が飲み過ぎて気分が悪くなったため、彼女を赤坂ホテルまで送り届けただけとのことだった。 
 橘の事務所の説明では、毎年クリスマスの夜に友人を集めてホテルでパーティーを開いているのだということだった。今年も前日から部屋を予約していて、同席していた望月にホテルまで送ってもらっただけなのだという。
「辻褄は合ってるけど、もう少し上手い言い訳をすればいいのにな」
 御厨が小声で治樹に耳打ちする。そうなのだ。ダルトンホテルのエレベーター内で、二人はいちゃついてキスまでしていたのだ。その様子が撮れていれば、このような言い訳は出来ないはずだった。しかし、編集長には二人と同じエレベーターに乗り合わせていたことは口が裂けても言えなかった。
「じゃあ、掲載するのは一応OKなんですか?」
「ああ、事情を明記すれば構わないそうだ」
 ホテルの前で酔っ払った二人をたまたま撮ったということで落着させたいらしい。
「でも、望月と橘って、今までにドラマや映画かなにかで共演したことありましたっけ?」
「それがさ、ダルトンホテルのラウンジには、舞台演出家の五十嵐功一も同席していたそうだ。来年五十嵐の演出する舞台で二人は共演するらしいんだな。来月にもその記者会見があるらしい」
「ああ、そういうことですか…」

 二十八日の宿直で仕事納めをして、二十九日から千春と近県の温泉に行った。
 風呂上りに部屋でテレビを見ていると、ホテルの売店で売られていた『ショット』を千春が買って戻って来た。
「ねえ、治くんの撮った写真ないの?」
「…先週号には載ったけど…」
 ワンレンボディコンのド派手な女の子たちが踊り狂っている六本木のディスコに写真を撮りに行ったのが採用された。
 千春は美女百景のページを見ている。しかし自分が撮ったということは当然のことながら口外出来ない。
「橘遼子って最近色んな所に出まくってるよね…」
 剥き出しではないが、敵対意識のある口調だ。
「治くんは橘遼子のこと、生で見たことあるの?」
「ん、まあね…そういう仕事ですから…」
 年明けにはスクープ写真が控えている。橘を撮ったのは御厨で、治樹ではないのだが。
「ふーん…女優って生で見てもきれい?」
「ああ、きれいなんじゃない?」
 千春は口を尖らせグラビア写真を見ている。
「メイクや衣装は全部プロ任せなんでしょ?それで一流のカメラマンが撮るんだもん、誰だってきれいに写るわよ…」
 一流のカメラマンか…自分が一流だとはとても思えないけど、この写真は全部上手く撮れたと自負している。
「知ってる?ドラマでアップになると、結構厚化粧なのよ。肌荒れを隠すので大変なんだわ、きっと」
「そうやって文句言いながらも、ドラマは見てるんじゃないか。やっぱり嫌いじゃないんだろ?」
「そんなこと無いですー。相手役の倉田誠也くんを見てるの」
 千春は治樹を睨む。アイドル出身の俳優倉田誠也は女性誌の企画するアンケート、抱かれたい男にいつも上位ランクインしている。
「テレビばっかり見てないで、下のバーに飲みに行こうよ!」
「うーん…ニュースは一応見とかないとさ…」
 病状の思わしくない天皇が崩御したら、呼び出しが掛かるのだろうか。


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