The April fools 第十五話

作:蒼馬要


 十月の下旬、橘の写真集発売と同時に、銀座の目抜き通りにあるフォトサロンで写真展を行うことになった。
 一般公開の前日、各マスコミやメディア関係者を呼び、夕方からはパーティーが開かれた。
 会場を回って、知り合いと話していると、『キュリオス』のカメラマンが近寄ってきた。
「おめでとうございます」
 橘のマンションから治樹が出てきた所をスクープしたあのカメラマンで、公演中にも劇場前でちょくちょく張り込みをかけられていたようだが、こちらもプロなので巻く方法などは心得ている。あの日以降、二度とヘマはしなかった。
「ああ、どうも…」
 最近はプライベートでも橘とは全く会っていなかったので、肩透かしを食らい、治樹には文句の一つも言いたげな表情だった。
「張り込みばかりの割に合わない仕事よりも、こっちの方がずっといいじゃないですか」
 治樹は少し困惑の表情を浮かべ、一応会釈はして喫煙ルームに逃げた。
「おう、治樹、大盛況だな」
 御厨がやってきた。
「御厨さん、来てくれたんですか?ありがとうございます」
「『ショット』の取材でだけどな」
 そういえば首からカメラを提げている。
「で、橘遼子は?」
「もうすぐ来ると思います…」
 仕事の都合で少し遅れて会場入りするという連絡があった。
「僕じゃなくてやっぱり橘さんが目当てなんですね…」
「あったりまえだろ。お前の写った写真で部数が伸びるかよ?」
「はいはい、ごもっともです」
 厳しいことを言いながら、御厨は何枚かは治樹を撮ってくれた。
「おい御厨、あ、治樹もここにいたのか」
 御厨と一緒に来た記者が慌てて走ってくる。
「大変だ、金剛地先生がいらしたぞ」
「え…ええ?」
 会場に走っていくと、金剛地が受付で芳名帳に記帳していた。
「金剛地先生」
 先に声を掛けたのは御厨だった。
「君は…御厨君だったね」
「はい、お久しぶりです」
 御厨は礼儀正しく深々と頭を下げている。二人は面識があるようだった。
「こちらは?」
「はい、彼が萱嶋治樹です」
 御厨は治樹の肩をポンと叩いて前に押し出した。
「萱嶋です。初めまして」
 治樹はぺこりと頭を下げた。
「ああ、君が萱嶋君か。良かったら会場内を案内してくれるかね」
「は、はい」
 遠巻きに見守られながら、治樹は金剛地と会場を回った。
「『美女百景』の時は世話になったね」
 自分が撮ったことは決して口外しないという約束だったため、治樹は黙っていたのに、金剛地の方から切り出した。
「…いえ…緊急措置でしたから…」
「君はプロになってまだ二年くらいなんだって?」
「はい、一昨年の暮れに入社したので…あの日当直のカメラマンがわたしだけだったので、編集長に撮れといわれて…」
「そうかね」
 しばらく沈黙が続いた。
「遼子は彼女がモデルから女優に転向した頃からずっと私が撮っていたんだ」
「はい、河本社長からそう伺っています」
「そうかね…」
 楽屋でメイクをしている後姿と鏡越しの表情を捉えた写真の前で金剛地は立ち止まった。
「去年、私が倒れなかったら、そして君が宿直でなかったらと、ずっと思っていたが…河本が、私を見限って君を選んだ理由が分かったよ」
 いつの間にかやってきていた瀬田編集長と、御厨と記者はハラハラしながら二人のやり取りを見守っていた。
「頑張れよ、萱嶋…」
「あれ、編集長…ねえ、金剛地先生を呼んだの、編集長なんでしょう?」
「いや、先生がご自分から見に来たいとおっしゃってな」
「そうなんすか?」

 金剛地はゆっくりと写真を見て回っている。
「『美女百景』のフィルムの中に、撮影の合間の遼子を撮ったものが混じっていただろう?」
「…フィルム交換の時の試し撮りの時のものだと思いますが…」
「ああ、そうか、君は見ていないんだな」
 ポラロイドは見たが、フィルムは現像せずに金剛地の事務所に行ってしまったのだ。
「遼子はそういう写真を撮られることをあまり好まなかったから、私も少し驚かされたよ」
 スクープカメラマンの習性で、治樹は相手に気付かれないように写真を撮る術を心得ている。しかしあの時に限っては橘も撮られていることを承知していたようだった。
「君はモデルの内面に踏み込んで撮っても嫌がられない才能があるようだな」
 稽古場の片隅で台本を読んでいる遼子の気取らない表情を撮った一枚を見ながら、金剛地は呟いた。
「君はいい写真を撮るよ。河本も遼子も、だから君を選んだんだな」
「…はあ…」
 肯定すれば傲慢だろうし、否定すれば卑屈になってさらに具合が悪い。治樹にとってはまさに針の筵だった。
「…しかし、それも事実かもしれないが、君に変えたことについては他にも理由がある」
「他の…理由ですか?」
「金額的な問題だよ」
 金剛地は超一流のカメラマンだ。ギャラも高額になる。そのことを言っているのか。
「河本は最近タレント事務所の経営だけでなく、不動産や株投機にも手を出しているそうだ。遼子への投資よりも、そっちへの資金が必要になっているのだろう」
 どうやって調べたのだろうか。治樹も知らないことだった。
 ステージに出る寸前の、祈るような仕草をしている橘をほぼ等身大に引き伸ばしたパネルの前で金剛地は立ち止まった。
「これもいい表情だ」
「ありがとうございます」
「私ならもっと上手く撮ったがね」
 治樹は二の句が継げず、しおしおと後について歩いた。

 金剛地は橘が到着する前に会場から引き上げた。
「あら、金剛地先生いらしてたの?」
 橘は治樹にお祝いの花束を渡すと、芳名帳に目をやって金剛地の名前を見つけた。
「先ほどお帰りになりました」
「そう」
 かち合ってしまったらどうしようと心配していたのは素人考えだったのかも知れない。橘や河本社長なら、何事もなく平然と笑顔で挨拶が交わせるのだろう。
「素敵な会場ね」
 明日の初日には橘の挨拶とサイン会があり、それ目当てで整理券を取るために今日から外に徹夜で並んでいるファンもいる。混乱を避けるために、橘は裏口から入ってきたらしい。

 「治樹、どうだった?何て言われた」
 編集部へ戻るタクシーの中で御厨に聞かれた。
「緊張して、何言われても頷くだけで精一杯でしたよ…」
 思い出すだけでも背中にドッと汗をかいてしまう。
「結構機嫌良かったみたいに見えたけどな」
「あれでですか?」
 御厨は学生時代、金剛地の事務所でバイトをしていたことがあるそうだ。
「卒業後はうちに来るかって声掛けられて、引っ張ってもらえそうだったんだけど、こっちの仕事のほうが楽しくって断っちまったんだ」
「へえー」
「さんざん世話になっときながら不義理した形だからさ、俺も多少気にはなってるのよ」
 金剛地の元で働けるなんて夢のような話なのに。
「この仕事を続けているのを見てもらうのが唯一最高の報告だと思ってるけどね」
 御厨がスクープのトップを飾るような写真を撮ると、今でも電話を貰うことがあるという。『ショット』に再就職したのも、金剛地が連載をしているからなのかも知れない。


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