独楽鼠回向の花束 最終回

原作:ダニエル・キィス『アルジャーノンに花束を』

翻案:蒼馬要


 高野と雪の祝言が済みました。

 吾助は頭痛に悩んでいることを高野に気付かれないようにしていたのですが、雪が知らせてしまい、診察を受けることになりました。

高野 視力が落ちているな。眼内圧も高い…吾助さん、灯りを見ると、周りに虹や霧のような輪が見えますか?

吾助 …時々、でも、休めば平気ですから…

高野 このままだと、そこひになる危険がある。しばらくは眼帯をして、安静にしていた方がいい。

 高野は天文方に勤めていた小関を医院に呼びました。

高野 まずいことになった。あの徴候がある。

小関 まだ二年にもならないだろう、投薬の比率が問題なのか?

高野 そんなところだろう。それで、また施術を試みようと思うのだが…

小関 大丈夫なのか?鼠を使った実験では、二回以上の施術による成功例は無いはずだぞ。

高野 それでも、やらなければ…今吾助さんに抜けられてしまうと、翻訳作業は立ち遅れてしまう。

雪 (部屋の外からの体)譲さま

高野 (厳しい口調で)何だ?

雪 あの、お茶を。

高野 大事な話をしているのだ、そこに置いておけ。

雪 はい…

小関 吾助さんは、どうしているんだね?施術については承知しているのかね。

高野 まだ話していないが、このままではそこひになると言って、休ませている。

小関 施術をするなら、私も協力するが、高野さん、今度は前のようにはいかないぞ。

高野 分かっています。

 久しぶりに文机に向かった吾助は、何気なく手に取った書物を見て、愕然としました。静養する直前まで翻訳作業をしていた書物の文章が全く解読できないのです。

 辞書を引きながらようやく一章訳し終えたものの、再び頭痛と目の痛みに襲われ、作業は全くはかどりませんでした。

高野 しばらく休んでいたからでしょう。勘を戻せばすぐに…

吾助 自分で書いたものも理解出来ないんです。嘘はつかないでください。目だけじゃない、私の頭はもう、元に戻ってしまうのですか?

高野 では正直に申しましょう。このままではその可能性が極めて高い。しかしまたもう一度施術をすれば、現状にとどまることは出来るかも知れない。

吾助 本当ですか?

高野 この施術をしたのは、人では吾助さん、あなたが初めてなんです。ですから、何が起こるかは全く分からない。

吾助 施術の後の結果も五分五分ということですか…

高野 私は、吾助さんを助けたい。医学の進歩のためにもね…

 吾助は一日返答を待ってもらうことにしました。

雪 吾助、何してるの。

吾助 ちょっと、出掛けてきます。

雪 駄目だよ、譲さまが安静にしているようにっておっしゃったじゃないか。欲しいものがあるなら、あたしが買ってきてやるから。

吾助 (首を横に振って)そうじゃないんです。…お雪さん、今日はコマの命日なんだ。

雪 コマの?

吾助 両国橋のたもとに柳の木が植わっているだろう?あの一番大きな木の根元に、コマの墓がある。目印に丸くて白い石が置いてあるからすぐ分かる。毎月命日には花を供えているんです。もう行けなくなるかも知れないから…

雪 何言ってるのさ、あんたは施術をすればまた元気になれるのよ。

吾助 そうですね…お雪さん、お願いだ、私の代わりにコマの墓に、花を手向けてやってはくれまいか。

雪 分かったよ…今日だけ、あたしが行ってくるから。吾助は家でおとなしくしておいでよ。

 雪は前掛けを解いて、髪を撫で直すと両国に向かいました。途中で花売りを見つけたので、撫子の花を一束買い、橋のたもとの柳の木を探しました。

雪 …コマ、あんた、ここに眠っていたんだね…(手を合わせる)吾助の具合が良くないんだ。だからまた施術をするかもしれない。うまくいくように、おまえも祈っておくれよ。

 数日後、高野と小関によって吾助の施術が行なわれました。施術は成功しましたが、吾助が再び目を覚ますことはありませんでした。こんこんと眠り続け、そのまま息を引き取りました。天保三年の初夏のことです。

 弔いの後、雪が吾助の身の回りの物を整理していると、高野と雪に宛てた手紙が出てきました。高野には洋学のさらなる学究を望むということ、そして幕政に対する批判と取られるような言動はなるべく慎んで欲しいといったこと、最後に妻雪のことを大切にしてやって欲しいと書いてありました。雪への手紙は、これまで世話になった礼と、コマの墓への回向を頼む旨が記してありました。

雪 吾助は分かっていたんだね…

  その後、高野は専門である医術論文の他に、飢饉対策を記した『二物考』を発表いたします。間も無く全国を襲った天保の大飢饉の際、渡辺崋山の国許田原藩ではこの著述の考えに基づいて備蓄してあった蔵米を放出し、領民に一人の餓死者も出さずに乗り切ったことはあまりにも有名です。

 幅広い活躍をいたしました高野ですが、天保八年、江戸湾に現れた亜米利加船モリソン号に、異国船打払令によって砲撃を行った幕府の行為を憂慮し『夢物語』を発表します。諸外国の現状に対応する日本のあり方を現実的に実証、提言した著述でしたが、隆盛し始めた蘭学者を嫉む幕府の儒官、儒学者の林述斎との権力争いに巻き込まれ、天保十年、述斎の次男で目付の鳥居燿蔵の告発により、蘭学者の弾圧、蛮社の獄が始まります。小関三英は訴状に名が連なってはおりませんでしたが、いずれ我が身にも捕縛の手が及ぶと考え自殺いたします。渡辺崋山は取調べを受け、在所での蟄居を命ぜられます。高野は自分の著述『夢物語』が崋山を窮地に立たせたことを知り、自ら北町奉行に出頭して捕えられ、永牢、終身刑を言い渡されます。しかし身を挺した高野の思いも虚しく、崋山は二年後、藩に迷惑がかかることを危惧し自刃します。

 投獄から四年目の弘化元年、小伝馬町牢屋敷の火事によって解放され、そのまま逃走し全国を逃げ回り各地に潜伏いたしますが、顔を変え、名前を変えて再び江戸に戻ってまいります。妻の雪と再会し、青山百人町で沢三伯を名乗って町医者を開業いたしますが、一年後の嘉永三年十月末、捕り手に家に乗り込まれた際、脇差で喉を突いて重傷を負い、役所で亡くなりました。享年四十七歳。

 その時、一緒に捕らえられて投獄された妻の雪も、数年後には出所いたしますが、毎月、夫長英の命日である三十日とは別に、十日と十五日には必ず花を買い、両国のさる寺にある無縁仏の墓前と、両国橋近くの柳の根元に手向けに行くのでした。十五日に回向する無縁仏の墓の方は吉原に売られ娼妓となり、安政の大地震で死んだ娘、もとの命日とも、また姉、初音の命日とも言われておりましたが、定かではありません。また十日の、柳の根元に手向ける花についても雪は生前、息子たちにさえその理由を語ることはなかったと言います。

 ダニエル・キィス原作『アルジャーノンに花束を』、蒼馬要翻案、『独楽鼠回向の花束』、これにて一巻の終わり。


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