薔薇園〜under the rose〜第七話
作:蒼馬要
「おう、萱嶋ちゃん久しぶりー」
かなり出来上がった感じのサラリーマンが二人、お店に入ってくるなり、萱嶋さんを奥座敷に見つけると、ズカズカと上がって来た。顔見知りなのだな…
「こんばんは」
萱嶋さんは屈託無く笑っている。
「いつ日本に帰ってきたのよ?」
「先月。ここにも何度か顔出してたけど、お見限りはそっちでしょ?」
「はははっ!そうそう、サービス残業ってヤツでね。でもその甲斐あって、今日新規に大手のお得意様の契約が取れたんで、内祝いを上げてたってわけですよ」
後輩らしい若い方が、苦笑いをして萱嶋さんに目配せした。
「じゃあわたしも一杯おごりますよ」
「ああ、いいのいいの、今夜は俺がご馳走しちゃうんだから。こんなこと滅多に無いよ。あははははっ!」
上役のサラリーマンは、ネクタイを緩め、上着を脱ぐと煙草とライターをテーブルに載せた。
「ん?」
テーブルの上に置きっぱなしだった薔薇の写真に気が付かれた。
「あ、それは…」
僕が慌てて取り返そうとしたけど、萱嶋さんにそっと目で制された。
「見事な花だねぇ…萱嶋ちゃんが撮ったの?」
サラリーマンはためつすがめつ写真を眺めている。
「そう言えば、何年か前から、花の写真を撮りに海外まで行ってるって言ってましたっけ」
若い方のサラリーマンも覗きこんで頷いている。
「あの、それ、僕が撮ったんです」
「え?」
サラリーマン二人と萱嶋さんの視線が僕に注がれた。もう、どうにでもなれっ!
「あのっ!僕、萱嶋さんの後輩で写真の勉強してて…で、それ撮ったの僕なんです!」
「へぇ、そうなんだ…」
サラリーマン二人は僕の顔と写真を見比べている。
「でも…何だかこの写真変じゃない?」
若い方のサラリーマンの言葉にぎくっとした。
「そうかぁ?」
「ええ、変ていうか、何だか不自然な感じがするんですよ。あ、ごめんね、別に君が撮ったって聞いたから言ってるわけじゃないんだ…何だか変な感じがしてね…」
どうしよう、どうしよう…僕は萱嶋さんをチラチラ見た。
「青いからでしょ?」
萱嶋さんは笑いながら、そう切り出した。
「ああ、そうだっ!」
若いサラリーマンは相槌を打つ。うわ、言っちゃった!
「こんなに青い花、見たこと無いからだ」
わあ、どうするつもり?
「わたしの頃はまだ無かったんだけど、今じゃ写真学科ってCGを使った授業があってね」
萱嶋さんは僕の頭を掌で軽く叩きながら、
「この子、赤い薔薇をパソコンの機能で青色に塗り直したんですよ」
「そうか、成る程ねー、この色が不自然だったんだ」
若いサラリーマンは納得したらしく、頷いて写真を僕に返してくれた。
「今はパソコンで何でも出来ちゃうんだねぇ」
萱嶋さんは僕を見てニッと笑った。
サラリーマンの二人が帰って、僕は萱嶋さんに話しかけた。
「青い薔薇はやっぱり不自然な色なんですね」
「わたしも今考えると、夢の中の出来事みたいに思えてくるよ」
しかし、僕たちの目の前には、青い薔薇の写真と、青い薔薇の刺繍で縁取られたシガレットケースがある。
「この薔薇は、ここに咲いている限りは自然なんですね」
萱嶋さんは軽く頷いた。
「僕もこの薔薇を自分の目で見てみたいな…見られるでしょうか?」
そう言って、萱嶋さんを見ると、もう一度今度は力強く頷いてくれた。
「今日はありがとうございました」
お店を出て、駒込の駅前で、僕は萱嶋さんにお礼を言った。
「一人で帰れる?」
「はい、駅からすぐ近くなんで、大丈夫です」
ちょっと足元がふらつくけど、悪い酔い方ではない。
「いい写真が撮れたら、連絡してね」
萱嶋さんは名刺をくれ、手で電話の仕草をして笑った。
「は、はいっ」
そうだ、そうなのだ、写真だ。僕は鞄を抱え直した。一気に酔いが吹っ飛んでしまった。