薔薇園〜under the rose〜第八話

作:蒼馬要


 数日後の日曜日。僕は家で出来上がった写真を整理していた。
 萱嶋さんと約束した、僕だけにしか撮れない、偶然でない一枚がこの中にあるかどうか…まだまだ撮り続けないと分らない。
 電話が鳴った。
「もしもし」
「もしもし、梨優です」
「あ…はい…」
 梨優さんは、萱嶋さんから僕の連絡先を聞いて、電話を掛けてきたという。
「あの、で、何の用ですか?」
 一瞬、気まずい沈黙が流れた。もう少し言い方があったんだろうけど…どうしようと思っていると、
「住所を教えて欲しいの」
 咳払いの後にそう言われた。住所…
「住所を?何で?」
 さらに、あ、しまったっ!と思った。梨優さんは、気を悪くしていないだろうか…
「この前、旧古河庭園で薔薇の花の撮り方教えてくれたでしょ?あの写真、きれいに撮れたから、ポストカードにしたの」
「ああ、それで…」
 やっと納得。僕は住所を告げた。

 数十分後、インターフォンが鳴ったのでドアを開けると、梨優さんが立っていた。
「近所なんだもん。切手貼るのも面倒だから、届けに来ちゃった」
 梨優さんが家に来たことがまず驚きだったけれど、彼女の首にあの青薔薇のケースが掛かっているのを見てドキッとした。
「あの…部屋片付けるから、ちょっと台所で待っててくれる?」
 玄関に入った梨優さんは、台所の様子を興味深そうに見ている。
「ねぇ、コーヒー淹れたげようか」
 そう言うと、もう薬缶に水を汲んで火にかけていた。

 やっと部屋が見苦しくなくなると、梨優さんは淹れたてのコーヒーをマグカップに注ぎ、お盆に載せて部屋まで持ってきてくれた。
「ありがとう」
 自分で淹れたのより、何倍も美味しい気がした。
「はい、これ」
 梨優さんは鞄の中からスケジュール帳を出して広げると、葉書を一枚くれた。
「どお?素人にしちゃ、なかなかでしょ?友達にも好評なのよ」
「うん、きれいに撮れてる」
 僕は写真を見ながらも、チラチラと例のケースを見ていた。
「えへへ、お兄ちゃんにも誉められたしね」
「これ、モノクロだね。パソコンで加工したの?」
「ううん、カメラに色々機能がついてるの。セピア色とか、光をキラキラさせたりとか、プリンターにメモリーカードを挿し込めば、そのままプリント出来ちゃうのよ」
 はあ、アナログな僕…文明の利器にますます遅れている。
「これ、全部旧古河庭園で撮った写真?」
 梨優さんはテーブルの上のアルバムと整理途中の写真を見ている。
「見てもいい?」
「うん、こっちはもう整理し終えた方だから、いいですよ」
「沢山撮ったのねえ…フィルム何本分?」
「カラーとモノクロ合わせて十本ちょっと位かな」
「結構お金掛かるんじゃない?さっき冷蔵庫を覗かせてもらったけど、ちゃんと食べてるの?」
「仕送りと、あとバイトをしてるから何とか…外食が多いけどね…って、勝手に見ないでよ!」
「あははっ、月末とか、苦しい時は家に招待するわよ。ご飯は食べさせたげるから…と言ってもお母さんが作るんだけどね。わたしは片付けと洗い物係なんだ…あ、この写真いいなぁ、ブルームーンでしょ?」
 洋館をバックにして撮った写真をじっと見ている。
「遠くから望遠レンズで撮ると、花にも壁や窓にもピントが合うんだ」
「そういうことじゃなくって、雰囲気がいいってこと」
「あ、そう…」
 しばらく黙っていよう。コーヒーを飲みながら、写真を見ている梨優さんの横顔を見ていた。
「…あなたね、昔のお兄ちゃんに似てるのよ」
 梨優さんはニコニコしながら写真を見ていたと思ったら、ポツンと呟いた。
「萱嶋さんに…?」
「うん、着のみ着のままで、あっちこっち写真撮りに行って、お腹空かせては、何か食べさせてくれ〜って家に来るの」
 僕はまだ彼女の家に行ったことは無いんだけどな…


第九話につづく