薔薇園〜under the rose〜第九話
作:蒼馬要
「あの、そのケースさ…」
梨優さんが写真を見終えたタイミングで、切り出した。
「これ?昨日お兄ちゃんにもらったの。シガレットケースに使ってたんだけど、可愛いから頂戴って言ったらくれたんだ。デジカメのケースに使ってるの。ほらピッタリでしょ」
「ふーん…」
「これがどうしたの?」
「この前、一緒に食事した時、梨優さんが帰った後で萱嶋さんと飲んでいる時に見たから。萱嶋さんて一緒に住んでるんじゃないんでしょ?」
「目黒にスタジオ兼オフィスのマンションがあって、お兄ちゃんはそこに住んでるの」
貰った名刺に書いてあったスタジオか。
「でも、海外に行く前や、帰ってくると今でも必ず家にご飯食べに来るのよ」
「じゃあ」
「うん、今日からまた海外で仕事」
「そうか、写真見てもらおうと思ってたんだけど…」
「この写真なら、お兄ちゃんも評価してくれると思うな」
「ありがとう」
「来月には帰ってくるから、あなたもご飯食べに来る?」
僕は遠慮がちに頷いた。
二杯目のコーヒーを飲んでいると、夕焼けチャイムが鳴った。
「あ、もう六時。ごめんなさい、長居しちゃって…」
梨優さんは飲んでいたマグカップを持って流しに行った。
「あ、そうだ」
バタバタと急いで戻ってくると、梨優さんはバッグの中から何かを取り出した。
「これ何だか分かる?」
「え?」
ティッシュを広げ、中にある物を見せてくれた。
南天を干したような、赤茶色の干乾びた実だった。
昨日萱嶋さんが帰った後、部屋でカメラを入れたらケースの底がゴロゴロしてて、小石かゴミでも入ってるのかと思って逆さにして振ったら出てきたというのだ。
「木の実?」
「これ、ローズヒップだと思うの」
「ローズヒップって?」
「薔薇の実。粉末にして、お茶みたいに飲んだり、ジャムにしたりするのよ。ビタミンが多くて美容にいいから、最近女の人の間ですごく人気があるの」
「へえ…」
「一粒じゃ、カップ一杯分にもならないけどね。でね、中にある種を蒔くと芽が出るのよ」
梨優さんはティッシュにローズヒップを包むと、ポケットにしまった。まさか…
「お兄ちゃんがどこかで取ってきた薔薇の実だと思うの。だから育てて、花を咲かせて、プレゼントしてあげたらきっと喜ぶと思うんだ」
「そ、そうかなぁ…」
僕があまり乗り気でない風の表情で呟くと、梨優さんはキッと眦を上げた。
「あのねぇ、わたしとお兄ちゃんは、わたしが生まれてからずうっとの付き合いなのよ。十七年よ、十七年!わたしが喜ぶって分かってるんだから、否定しないのっ!」
でも、もしその実が、例の青薔薇の実だとしたら、やっぱりまずいと思うんだよね…花が咲いてしまったらさ…
いや、薔薇は栽培がとても難しいと言うから、そう簡単に種から花を咲かせるまでにはいかないだろう。それにもし万が一花が咲いたとしても、気温や湿度や光の関係とか、土壌の質の違いなんかが影響して、日本では青くはならないかも知れないだろうし…
でもまさか…もし、もしものことがあったら…
「萱嶋さんに断ってからの方が良くない?」
「驚かすんだから、内緒でいいのっ!」
迫力負けした。
「…梨優さん、薔薇を種から育てたこと、あるんですか?」
「それは、無いんだけど…」
大丈夫だ…内心胸を撫で下ろした僕。
「無いんだけど、何故か自信はあるのよね」
この根拠の無い彼女の自信がとてつもなく恐ろしく思えた。
「ここに来る途中で、ほら、本も買っちゃった」
僕がカメラ雑誌を買っている本屋の袋から、"初めてでも失敗しない薔薇栽培"という本を出した。本気だ。
「この本によると、種から育てるのは"実生"って言ってね、秋に種を蒔くそうなの。そうすると春には芽が出てくるんだって」
ああ、ドキドキしてきた。