金曜集会 2月8日 『喜ぶべきことは』

ルカによる福音書 10章17節〜24節

● 御言葉から受ける最初の印象を分かち合ってみましょう。

   ・・・

● 理解の手掛かりとして

ルカによる福音書10章冒頭(10:1)にて始まる「72人」の弟子の任命。この「72人」という数は、写本によっては「70人」という数になっている写本もあるそう。※『口語訳』『新共同訳』『聖書協会共同訳』は「72人」、『新改訳』は「70人」と表記。

本課の箇所はその「72人」(10:17)がイエス様のもとに帰ってきて報告する場面です。

彼らは言います。「主よ、お名前を使うと、悪霊さえもわたしたちに屈服します」(10:17)と。意気揚々として報告した様子が目に浮かびます。その「喜び」の根拠は何だったのか、・・・『聖書教育』では「『強さ』や『できたこと』」(『聖書教育』解釈のポイント)と指摘しています。

確かに、そこが人間の泣き所かもしれません。成果に心が囚われて本当に大切なことを見失ってしまう、「自分はこんなに大したことをやったのだ!」と誇らしげに振る舞う、・・・でも本当に大切なことは・・・。

・・・それは、彼らの報告の中にあるように思います。それは「主よ、お名前を使うと」(10:17)です。そう、主イエス様の「お名前」、これが鍵だと思います。そしてこのことに着眼することが、後段(10:21-24)に繋がっていく読み方だと思います。

「サタン」(10:18)に勝つ権威は一体「誰が」お持ちなのか、ということです。それを授けたのは「わたしはあなたがたに授けた」(10:19)とおっしゃるイエス様です。まことの権威は、その御子イエス様が指し示される「天地の主である父」(10:21)にあり、そしてその権威をもってお出でになったイエス様にあるのです。

しかし彼らの報告から察するに、その力点は「悪霊さえもわたしたちに屈服します」にあるように思います。「わたしたち」の権威を誇ろうとしている弟子たちです。わたしたちも陥りやすい誘惑ではないでしょうか。

イエス様は「むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」(10:20)とおっしゃいます。「あなたがたの名が天に書き記されている」ということは、ヨハネの黙示録にもあるように、救われる者の名前が神の巻物に記載されるということを表わしているでしょう(→黙示録3:5)。

つまりは、天の神によって覚えられる(救われる)という出来事こそが「喜ぶべきこと」(今課の主題)であるのです。そのとき、自分たちの方に向いていた「誇り」の方向が、その救いを成し遂げられるお方の方向へ向き直らせられるのです。「聖霊による喜び」というのは、そういう天の神様と人間との正しき関係の中に与えられるものなのではないでしょうか。

先に、―――「サタン」(10:18)に勝つ権威は一体「誰が」お持ちなのか、・・・それを授けたのは「わたしはあなたがたに授けた」(10:19)とおっしゃるイエス様。・・・まことの権威は、その御子イエス様が指し示される「天地の主である父」(10:21)にあり、そしてその権威をもってお出でになったイエス様にある―――と言いました。「権威」というと、誰もがそのお方の前に低くされるものです。

しかしそのイエス様はどのような方として世にお出でになったでしょうか。「貧しい飼い葉桶」の中に、そして「ナザレのイエス」として生きられます。それは、当時のメシア像からすると、その「権威」からまことに遠いものと映ったのではないでしょうか。

しかもイエス様は、その弟子を「無教育な人々の中に、『幼な子』の中に求め」(NTD新約聖書注解)られました。思い出すのは、イエス様の次なる言葉です。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである」(ルカ18:16)です。

この言葉は、出来事的には本日の箇所の後になります。「幼な子」のような心を持つ者たちとして招かれ立てられた・・・にもかかわらず、その心が「神の国」から遠のいてしまう、そんな弟子たちの姿を通して、私たちも自らを振り返ってみたいと思います。

まとめにかえて、青少年に対する語りかけとして書かれた『私たちの救い主』(蓮見和男著)から紹介します。

「イエスさまのお弟子たちは、大学者というわけではありません。みんな『無学なただの人たち』ばかりでした。かえって、そのころの律法学者の先生たちは、自分たちこそいちばん良く知っていると思っていましたが、神さまの真理を知るのに、いちばん大切な心の低さがありません。父なる神さまは、この低い愛のご真理を、低くいやしい人の子となられたみ子イエスさまをとおしてだけあらわしたのです。わたしたちも低くなって、み子イエスさまのおともをしないと、自分の頭でこしらえた神さまばかりを信じて、イエスさまをとおして知るほんとうの神さまを知ることができないでしょう」

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