水曜祈り会 6月13日 『献げることであふれる感謝』

コリントの信徒への手紙二 9章1節〜15節(8章1節〜24節参照)

● 御言葉から受ける最初の印象を分かち合ってみましょう。

   ・・・

● 理解の手掛かりとして

参照箇所 8章1-24節より

パウロはコリント信徒らに「エルサレム教会のための献金」を奨めます。これは以前に、パウロ自身がコリント滞在中に始めた活動でしたが、完成するに至らず、あらためてテトス(パウロの同労者)を派遣し、この「慈善の業」(2コリント8:6)をやり遂げようとしています。

8節以降15節までを読むと、この奨励が「エルサレム教会のための献金」という目的のためであるのは明白ですが、それと共に、パウロの牧会者としての心を強く感じます。パウロは牧会者として、コリント信徒の信仰、その愛の純度(純粋さ)を深めようと切に願っているのです。

「主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた」(8:9)・・・キリストの「貧しさ」(十字架の犠牲)は人間の「豊かさ」(命の救い)のためであったこと、このことがキリスト信仰の原点です。そしてキリスト者は、そのキリストの生き方に倣うよう招かれています。

「進んで実行しようと思ったとおりに」(8:11)・・・信仰(心と行動)は他者からの強制に対する応答ではありません。「神の恵み」による内的変革です。パウロは、信徒一人一人の主体的応答(献身)を促しています。「多く集めた者も・・・」(8:15)は出エジプト後のイスラエルの民の荒野生活の経験です(出エジプト16:18)。天からのマナ(恵み)を分かち合う信仰共同体の原点がここにあります。

「愛と奉仕において競い合うこと――個々の集会はキリストのからだの肢としてこれに心がけなければならない」(NTD注解)とは、示唆に富む言葉です。パウロは8章の冒頭(8:1-5)、マケドニアの諸教会の信仰実態(献金実績)について紹介し、コリント教会にそれを模範とするよう奨めました。

このように個々の教会の事柄を他の教会(諸集会)に公けにすること、パウロはそうして教会同士の信仰の相乗効果を期待します。その「競い合い」は、決して世の競争原理とは異なり、互いの信仰に感動し合い、尊重し合い、倣い合うものであり、そしてその結果と評価(栄光)は、「主御自身の栄光」(8:19)以外のなにものでもありません。

9章1-15節釈義

9章でもエルサレム教会への献金に関する奨めが続きます。1節で「聖なる者たちへの奉仕について、これ以上書く必要はありません」と言っていますが、パウロの心中やいかに・・・。

実はパウロは、マケドニアの諸教会の献金への熱意を誇った(8:1-5)ように、コリント教会信徒の「熱意」(9:2)をマケドニアの人々に誇ったらしい。そしてそのことでマケドニアの教会も奮い立ったというのです。ここにパウロの教会(信徒)訓練の術を見ます。良い信仰モデルを示し、それに倣うように奨め、鼓舞するのです。

ただしかし、コリント教会の実態が、パウロの思惑(期待)とは齟齬があった模様。それを修正すべくパウロは事前に使者(8:16-)を派遣しました。「渋りながらでなく、惜しまず差し出されたものとして用意してもらうため」(9:5)に。

「つまり、こういうことです」(9:6)と前置きして、前段落の真意を伝えます。パウロの究極の目的は、「献金」の流通を通しての「神の恵み」の流通にあることを。11-12節で「神に対する感謝」とあります。また13節では「神をほめたたえる」ことが強調されます。14節では「神のすばらしい恵み」、最後の15節では「言葉では言い尽くせない贈り物について神に感謝します」と終わっています。

こうして最後的には「神」への感謝、賛美になっていく・・・「共に神への感謝にあふれ、共に神をほめたたえるというビジョン」(『聖書教育』解釈のポイントより)、これがパウロの期待していることです。

分かち合いのために

・ 「熱心」(8:8)「熱意」(9:2)について・・・以下の聖句を読みましょう!
 ⇒ 使徒1:14、使徒2:42、使徒17:11-12、ローマ12:8、1コリント14:1、14:12、ヘブライ6:11-12、黙示録3:15/19

・ 神に対して誠実に、その頂いた恵みへの感謝を忘れずに、「惜しまず」ささげて生きて行けば、神さまの愛と慈しみ、祝福の恵みはますます豊かに経験させていただきます。神の恵みの流通の中に生きていくものでありましょう。

Copyright (C) 2018 Japan Baptist Sagami Chuo Christ Church. All Rights Reserved.