『出てきなさい』

牧師 吉田真司

 先週急いで一つの原稿書きに臨みました。我が母校の西南学院高校の開設70周年記念誌への寄稿文です。格好付けても仕方が無いありのままの証です(一部を紹介)。

 「『あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ』(ヨハネ福音書15:16)。私の通った西南学院高校の入学式にて講壇から語られた言葉です。福岡市から遠く南に50`離れた久留米市で生まれ育った私。中学卒業まで言葉(方言)も文化も久留米色にどっぷり浸かって生きてきた私にとって、西南高に進学することは、新しい世界へ、まさに『(福岡に)出る』体験でした。毎朝6時に起き、ゼロ限授業(7時50分開始)に間に合うよう西鉄電車に飛び乗り、地下鉄に乗り換え通う毎日でした。私は学校内で数少ないクリスチャン生徒の一人でした。実は中学時代にした苦い経験から、高校進学後は自身のクリスチャンアイデンティティーを隠して過ごそうと心に決めていました。しかし入学後最初の学年チャペルにて清水実先生(聖書科教諭)が壇上からマイクで私を呼ぶのです。『牧師の息子の吉田君、出てきなさい』と。私の目論見は入学早々に崩れたのです。それから学友たちは私のことをクリスチャンと認知するようになりました。思えば、清水先生の『出てきなさい』は、その後の私の人生を予め方向付けるような一言であったと思います。『隠れずクリスチャンとして生きていけ!』と。ただ、私は高校生活3年間、『クリスチャンらしくないクリスチャン』(ある年の通知表にてそう評されました)でした。むしろ放蕩息子(聖書のたとえ話)的に我欲に生きる者と、先生方にも友人たちにも映っていたことと思います。恥ずかしながら・・・。卒業後、私は3年間の浪人をした末、21歳で西南学院大学神学部に進みました。西南高在学中は決して抱きもせず、むしろ最も避けたい進路と考えていた伝道者(牧師)の道へ進んだのです。『あの吉田が・・・』と当時の学友たちは思うでしょう。そう『あの吉田が』です。人生の不思議を思います。いや、それもこれも全ては神のご計画、神の憐れみと赦しの故、そう確信しています。『わたしがあなたがたを選んだ』・・・この小さき欠け多きものを、主は神のミッションのために選び用いて来て下さいました。」

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