「暗夜行路」の旅
志賀直哉の人と作品 『暗夜行路』の旅 『暗夜行路』を巡る旅五題 関連リンク集

大山(鳥取県)

☆志賀直哉の人と作品

 志賀直哉は、1883年(明治16)宮城県石巻市に生まれ、学習院から東京帝国大学文学部に学びました。1910年(明治43)武者小路実篤、有島武郎、里見クらと『白樺』を創刊して、リアリズムとヒューマニズムに基づく小説を発表し、注目されるようになります。色々な文学者に影響を与え、日本的私小説の完成者とされています。『網走まで』『和解』『小僧の神様』『清兵衛と瓢箪』『灰色の月』などの作品で知られていますが、代表作は『暗夜行路』です。戦後も活躍しましたが、1971年(昭和46)に88歳で亡くなりました。


☆『暗夜行路』の旅

  『暗夜行路』は志賀直哉の唯一の長編小説で、長期の構想を経て、1921年(大正10)から雑誌『改造』に連載され、1937年(昭和12)に完結するまで17年の歳月が費やされました。序詞、第1〜4部に分かれていますが、主人公時任謙作の苦悩とそれを克服していく生き方が描かれています。苦悩に直面したときに出かける旅のシーンが印象的ですが、最後に山陰の大山へ向かう旅が強烈です。小説全体のテーマを込めたもので最後に光明を見いだすのです。


城崎温泉(兵庫県城崎町) 大乗寺(兵庫県香住町)
『暗夜行路』時任謙作最後の旅の行程
(1日目)
 ・京都の花園駅から山陰本線に乗り、城崎駅へ
 ・城崎温泉「三木屋」に泊まり、「御所の湯」へいく
(2日目)
 ・城崎駅から山陰本線で香住駅へ
 ・大乗寺(応挙寺)を見学する
 ・鳥取へ泊まる
(3日目)
 ・鳥取駅から山陰本線で大山駅へ
 ・車窓に湖山池や東郷池を見る
 ・大山駅から人力車と徒歩で大山に登る、途中分けの茶屋で休む
 ・蓮浄院の離れへ逗留する
(4日目〜)

 ・蓮浄院に逗留しながら、周辺を散策し、思索しながらすごす
 ・大山の山頂に登ろうとし、山中を彷徨し、九死に一生を得る
 ・蓮浄院で重病となって寝込む
 ・妻の直子が看病に来て、光明を見いだす

『暗夜行路』を巡る旅五題

 私は、今までに『暗夜行路』の主人公時任謙作の足跡を訪ねる旅に何度か出ていますが、その中で心に残った所を5つ。

 その1は、大山(鳥取県大山町)です。主人公は小説の最後で、大山の山頂への登山を試みますが、途中から引き返し、すばらしい朝日を見ますが、疲労して、病気となります。現在も、雄大な自然が残り、小説の情景を彷彿とさせます。

 その2は、蓮浄院跡(鳥取県大山町)です。大山寺周辺の宿坊の一つで、時任謙作は、ここに逗留しながら、周辺を散策し、思索にふけります。大山登山後、疲労がもとで重病におちいり、九死に一生を得ますが、妻直子が看病に来て、妻への憎悪が薄らいでいくところで終わっています。志賀直哉もここに10日間滞在しました。

 その3は、城崎温泉(兵庫県城崎町)です。主人公が大山に向かう旅の途中に立ち寄りました。小説に出てくる三木屋や御所の湯は当時のままに営業を続け、大谿川沿いの柳は風情を感じさせます。同じ著者の短編「城崎にて」の場面が浮かんくるようです。

 その4は、大乗寺(兵庫県香住町)です。俗に応挙寺と呼ばれ、主人公は城崎の次に立ち寄り、丸山派一門のふすま絵に興味を示し、その様子が詳述されています。寺は現在もそのままで、見学することができます。

 その5は、分けの茶屋跡(鳥取県大山町)です。『暗夜行路』では、大山駅から人力車夫と共に登ってきて、休憩した所です。広い裾野から遠く中の海、夜見が浜、美保の関、さらに外海まで眺められる景色はすばらしいものです。現在は、石の道標やお地蔵さんが残っているだけです。


☆『暗夜行路』関連リンク集

◇三木屋旅館 『暗夜行路』にも登場する城崎温泉三木屋旅館の公式ホームページです。
◇城崎温泉観光協会 城崎温泉観光協会の公式ホームページで、城崎道中独案内「文学」というぺーじがあります。
◇大乗寺 『暗夜行路』にも登場する大乗寺の公式ホームページです。
◇大山町観光協会 大山町観光協会の公式ホームページで、大山を巡るのには役に立ちます。

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