「奥の細道」の旅

月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして、旅を栖とす。 

松尾芭蕉と旅 「奥の細道」の旅 「奥の細道」のコースと旅程 奥の細道を巡る旅五題 関連リンク集

☆松尾芭蕉と旅

 江戸時代の俳聖松尾芭蕉は、伊賀の武士出身といわれ、さび・しおり・細みで示される幽玄閑寂の蕉風俳諧を確立しました。その、生涯は日本各地を旅して、名所旧跡を回り、歌枕を巡り、様々な人とまじわっています。それは、「笈の小文」「更級紀行」「野ざらし紀行」などの書物に著されていますが、最も有名なのは晩年の「奥の細道」の旅です。そして、最後に西へ向かって旅立ち、大阪の南御堂で門人に囲まれ息を引き取ったと伝えられています。まさに旅に生き、旅に死するの境地で、辞世の句も『旅に病んで 夢は枯れ野を かけ廻る』というものでした。


☆「奥の細道」の旅

 「奥の細道」は、最近芭蕉の自筆本が発見されて話題になっています。この旅は、元禄2年(1689)の3月27日(陽暦では5月16日)に深川芭蕉庵を愛弟子の河合曾良一人を連れて出立し、東北・北陸地方を回りながら、弟子を訪ね、歌枕を巡って歩いたものでした。9月6日(陽暦では10月18日)に大垣から伊勢へ旅立つところで、結びになっていますが、日数150日、旅程600里に及ぶ大旅行でした。私も、その跡をたどって何度か旅したことがありますが、各所に句碑が立てられ、史蹟として保存されている所も多く、いにしえの芭蕉の旅をしのぶことができます。


☆「奥の細道」のコースと旅程

「奥の細道」の旅での芭蕉宿泊地一覧(曾良随行日記より)
粕壁     3.27
間々田    3.28
鹿沼     3.29
日光     4. 1
玉入(玉生)4. 2
余瀬     4. 3
野羽     4. 4〜10
余瀬     4.11〜14
黒羽     4.15
高久     4.16〜17
那須湯本  4.18〜19
旗宿     4.20
矢吹     4.21
須賀川    4.22〜28
郡山     4.29
福島     5. 1
飯坂      5. 2
白石      5. 3
仙台      5. 4〜 7
塩釜      5. 8
松島      5. 9
石巻      5.10
戸伊摩(登米)5.11
一ノ関     5.12〜13
岩手山    5.14
堺田      5.15〜16
尾花沢     5.17〜26
立石寺    5.27
大石田     5.28〜30
新庄      6. 1〜 2
羽黒      6. 3〜 5
月山      6. 6
羽黒      6. 7〜 9
鶴岡      6.10〜12
酒田      6.13〜14
吹浦      6.15
塩越      6.16〜17
酒田      6.18〜24
大山      6.25
温海      6.26
中村      6.27
村上      6.28〜29
築地      7. 1
新潟      7. 2
弥彦      7. 3
出雲崎    7. 4
鉢崎      7. 5
今町(直江津)7. 6
高田   7. 7〜10
能生   7.11
市振   7.12
滑川   7.13
高岡   7.14
金沢   7.15〜23
小松   7.24〜26
山中   7.27〜8.4
小松   8.5?〜 8
大聖寺  ?
松岡   ?
福井   8.12?〜13?
敦賀   8.14?〜15?
大垣   8.28?〜9.5

日光東照宮 松島 永平寺

☆奥の細道を巡る旅五題

 私は、学生時代から奥の細道を巡る旅に何度か出ていますが、その中で特に心に残った所を、順に5つ紹介します。

 その1は、平泉(岩手県平泉町)です。奥の細道の旅はそれまでも義経を忍ぶ場所に立ち寄っていますが、終焉の地である高館に至って絶唱しています。また、中尊寺には、芭蕉も見学した国宝に指定されている金色堂が残されています。

『夏草や 兵どもが 夢の跡』 『五月雨の 降りのこしてや 光堂』

平泉中尊寺の金色堂(岩手県) 高館の義経堂

 その2は、堺田の封人の家(山形県最上町)です。芭蕉が奥の細道の旅で宿泊した中で、唯一現存する民家(有路家)で、国の重要文化財に指定されています。一般公開されていて、内部を見学する事も出来、芭蕉が旅先で苦労した様子がしのばれます。庭には、ここで詠んだ有名な句碑も立っています。

『蚤虱 馬の尿する 枕もと』

芭蕉の泊まった封人の家(山形県)

 その3は、立石寺(山形県山形市)です。別名山寺と呼ばれ、山上の堂塔への坂道はとてもきつく岩を登っていく感じですが、眺望は最高です。途中、句にちなんだ「せみ塚」があり、夏ならば、蝉しぐれが聞こえ芭蕉の境地がわかります。

『閑さや 岩にしみ入る 蝉の声』

 

立石寺の開山堂(山形県山形市) 立石寺のせみ塚

 その4は、象潟(秋田県象潟町)です。芭蕉の旅した頃は松島と並び賞される裏日本の景勝地でした。その後、1804年(文化元)の地震で隆起し、島々は陸地と化してしまい、今では、水田の中の小山となっていますが、往時を忍ぶことができます。当時は、島にあって芭蕉が立ち寄った蚶満寺には、句碑が残されています。

『象潟や 雨に西施が ねぶの花』

象潟の蚶満寺山門(秋田県) 松尾芭蕉 蚶満寺の芭蕉句碑

 その5は、大垣のむすびの地(岐阜県大垣市)です。芭蕉が奥の細道の旅を終えた場所で、芭蕉像や記念碑、蛤塚などのたくさんの句碑が立ち並んでいます。この水門川の舟町港から多くの門人に見送られて、谷木因らと共に伊勢に向かったのでした。舟町港跡には、住吉灯台、河岸、船などが残されていて往時を偲べますし、近くに、「奥の細道むすびの地記念館」もあり、見学できます。

『蛤の ふたみにわかれ 行く秋ぞ』

奥の細道むすびの地(岐阜県大垣市) 水門川の舟町港
(番外編) 温泉めぐりカルトクイズ(奥の細道の温泉)にチャレンジ

☆『奥の細道』関連リンク集

◇奥の細道をゆく 「奥の細道」を旅したい人は、その様子がよくわかります。芭蕉ファンは必見です。
◇関山中尊寺 「奥の細道」のクライマックス中尊寺の公式ホームページです。
◇山寺の歩き方 山寺観光協会の公式サイトで、山寺(立石寺)のことが、詳細に載っています。
◇芭蕉と大垣 「奥の細道」の結びの地である大垣市の芭蕉関連施設や句碑、遺跡などの詳しい解説があります。
◇奥の細道二人旅 「奥の細道」を夫婦で旅された方の丁寧な解説と紀行文です。
◇『おくの細道』データベース 『おくの細道』のデータベースです。テキスト全文と注釈、芭蕉年表などがあります。
◇「おくのほそ道」を探訪しよう 滋賀県長浜市立北中学校、広部先生が作ったものです。「奥の細道リンク集」が充実しています。

旅と文学へ戻る
ホームページへ戻る


*ご意見、ご要望のある方は右記までメールを下さい。よろしくね! gauss@js3.so-net.ne.jp