「みなかみ紀行」の旅

「幾山河 越えさり行かば 寂しさの はてなむ国ぞ 今日も旅ゆく」        「白鳥は かなしからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ」 

酒と旅を愛した若山牧水 『みなかみ紀行』の旅 旅のコース 巡る旅八題 旅の行程 関連リンク集

旅姿の若山牧水

☆酒と旅を愛した若山牧水

 若山牧水(本名:若山繁)は、1885年(明治18)宮崎県に生まれ、早稲田大学文学部英文科に学びました。1905年、尾上紫舟を中心に車前草社を結び、1910年刊行の第3歌集『別離』によって歌人としての地位を確立、翌年、創作社を結成して主宰しました。自然主義の代表歌人で、歌集『路上』『くろ土』『山櫻の歌』などが知られています。酒と旅をこよなく愛し、日本中を旅行し、朝鮮半島へも出向いています。その歌は広く愛誦され、日本各地に歌碑が建てられていますが、紀行文にも定評があり、各地を旅したものが残っています。晩年は、沼津市の千本松原に居を構えますが、1928年(昭和3)43歳の若さで没しました。代表的な歌は、
「幾山河 越えさり行かば 寂しさの はてなむ国ぞ 今日も旅ゆく」
「白鳥は かなしからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ」


☆『みなかみ紀行』の旅

 『みなかみ紀行』は、1922年(大正11)10月14日沼津の自宅を立ち、長野県・群馬県・栃木県を巡って、11月5日に帰着する24日間の長旅の一部を綴ったものです。牧水の紀行文中最長で、利根川の水源を訪ねるという意味で命名されています。この旅のかなりの部分は、若い弟子達と変わる変わる連れ立っての徒歩旅行で、文中にその情景を歌った短歌が散りばめられています。現在、このルートはロマンチック街道と銘打って観光コース化されています。


☆『みなかみ紀行』の旅のコース


☆『みなかみ紀行』を巡る旅八題

 私は、今までに『みなかみ紀行』の足跡を訪ねる旅に何度か出ていますが、その中で特に心に残った所を、コース順に8つ上げてみると。

 その1は、草津温泉(群馬県草津町)です。牧水は弟子の門林兵治と共に「一井旅館」に泊まっていますが、独特の高温入浴治療法“時間湯“とその時唄う“湯揉み唄“に興味を持ち、詳述しています。街並みはかなり、近代化されてきてはいますが、当時と変わらない湯畑や時間湯の風習、外湯も残されていて、湯治場の雰囲気が感じられるところです。
「上野の 草津に来り 誰も聞く 湯揉の唄を 聞けばかなしも」

草津温泉の湯畑(群馬県草津町)

 その2は、花敷温泉(群馬県六合村)です。草津温泉から沢渡温泉へ向かう、弟子の門林兵治と2人の徒歩行の途中、急に思い立ってコースを変更して行った温泉で「関晴館」に泊まりました。牧水は人から「草津と違って、湯が澄み透って居る故に、その崖に咲く躑躅や其他の花がみな湯の上に影を落とす、まるで底に花を敷いている様だから花敷温泉というのだ」と聞き、興味を持っていたようです。牧水の入った河原の露天風呂は今は入浴できないようですが、その雰囲気は良く残されていて、川岸に牧水の歌碑が立てられています。
「ひと夜寝て わが立ち出づる 山かげの いで湯の村に 雪降りにけり」

花敷温泉の牧水歌碑(群馬県六合村) 白砂川の渓流

 その3は、暮坂峠(群馬県六合村・中之条町)です。文中では、雪景色の中を沢渡温泉に向かって、弟子の門林兵治(文中ではK−君)と2人徒歩で越えたところです。牧水は、「...やがてひろびろとした枯芒の原、立枯の楢の打続いた暮坂峠の大きな沢に出た。」と印象を書いています。草津温泉から暮坂峠を越え沢渡温泉に至る道端には、その文中に挿入された歌の碑がたくさん立てられ、自然環境もよく残されていて、当時の旅を追想させる所です。別に、この時の印象を詠った「枯野の旅」という詩が残されていて、これを刻んだ立派な詩碑と牧水の旅姿の像が、1957年(昭和32)峠に立ちました。牧水が通った10月20日には毎年ここで、盛大な牧水祭が催され、牧水ゆかりの人々が集い,「枯野の旅」の詩の朗読があり,参加者にはナメコ汁が振る舞われるそうです。ここは、標高1,086mの高所に位置するので冷涼で、峠の茶屋もあって一服休憩することもできます。

暮坂峠の茶屋と牧水誌碑(群馬県六合村・中之条町)

 その4は、旧大岩学校(群馬県中之条町)です。牧水がこの旅の途上、暮坂峠から沢渡温泉へ弟子の門林兵治と共に歩いている時、この学校の校庭で遊ぶ子供の様子を見て読んだという歌が2首、歌集『山櫻の歌』に収録されています。その通行を記念して、茅葺き屋根のままの当時の校舎が「牧水会館」として残され集会場として使われているのです。牧水は、学校や子供達に興味を持っていたようで、そんな情景を読んだ歌が所々に出てきます。旧校庭には記念して2首を刻んだ歌碑が立てられています。
「人過ぐと 生徒等はみな 走せ寄りて 垣よりぞ見る 学校の庭の」
「われもまた かかりき村の 学校に この子等のこと 通る人見き」

旧大岩学校の牧水会館と若山牧水の歌碑(群馬県中之条町)

 その5は、湯宿温泉の金田屋旅館(群馬県みなかみ町)です。牧水はこの旅で、法師温泉からの帰り、疲労を覚え、同行の牛口善衛(文中ではU−君)と松井太三郎(文中ではM−君)と別れ、10月23日、一人でここに泊まりました。温泉に入り、寝たところへ、林銀次(文中ではH−君)が訪ねてきて、夜9時過ぎまで語ってから林銀次は夜道を帰っていきました。現在でも、金田屋旅館の玄関を入った右側には、牧水が泊まった蔵座敷の2階がそのまま残されていて、“牧水の間”として談話室となっています。当時の調度品が置かれ、牧水関係の書籍が並んでいて、そこにたたずんでいると、牧水と林銀次が語り合っている様子が目に浮かんでくるようです。旅館によると、牧水は川魚の甘味噌焼きを旨い旨いと2皿分食べたそうです。玄関脇には、牧水の碑が立てられています。

湯宿温泉「金田屋旅館」の外観と牧水の間(群馬県みなかみ町)

 その6は、沼田の舒林寺(群馬県沼田市)です。牧水はこの旅で10月21日に「鳴滝屋」そして、法師温泉から戻ってきて、24日に「青池屋」と沼田に2泊しているのですが、「青池屋」では夜、地元の人々が集まって歌会が開かれました。翌日、その会に集まった人々が、旅立つ牧水を町はずれまで送ることになりました。ところが別れがたかったのか、そのうちの生方吉次(文中ではK−君)が、老神温泉までついてきて、牧水と一緒に泊まることになりました。そして、翌26日の朝、いよいよ分かれようとしたときに、あいにくの雨模様で、買ってきた番傘に牧水が2首、筆を走らせたのでした。その番傘を生方吉次がさして沼田に戻り、その菩提寺にあたる舒林寺に後に奉納したとのことです。そして、1986年に有志によって、その番傘をかたどった記念碑が境内に建立されたというわけです。
「かみつけの とねの郡の 老神の 時雨ふる朝を 別れゆくなり」
「相別れ われは東に 君は西に わかれてのちも 飲まむとぞおもふ」

舒林寺の番傘の碑(群馬県沼田市)

 その7は、千明美術館(群馬県片品村)です。ここは、堂々とした門構えの茅葺き旧家で、1830年(天保元)に当時の名工・高山瀬左衛門が建てたものとのことで、美術館として公開(入場料500円)されています。千明家は、藤原氏の末裔で、長い間に収集・使用した生活用品や左甚五郎作と伝えられる戎尊像などの美術品が多数展示されているのです。それらも、見応えのあるものでしたが、私は、玄関前に建てられていた若山牧水の歌碑「しめりたる 落ち葉を踏みてわが急ぐ 向かひの山に 燃ゆるもみぢ葉」にとても興味を持ちました。1922年(大正11)10月26日、牧水が千明家に訪れた日に作った歌なのです。『みなかみ紀行』10月26日の記述の中で、「そろそろ暮れかけたころ東小川村に入って、其処の豪家C―を訪うた。明日下野国の方へ越えて行こうとする山の上に在る丸沼といふ沼に同家で鱒の養殖をやっており、其処に番小屋があり、番人が置いてあると聞いたので、その小屋に一晩泊めて貰ひ度く、同家に宛てての紹介状を沼田の人から貰って来ていたのであった。主人は不在であった。そして内儀から宿泊の許諾を得、番人へ宛てての添手紙をも貰ふ事が出来た。」と書かれている豪家Cは、まさにこの千明家で、牧水ファンとしては、見逃せないところだと思います。庭もきれいで、じっくりと巡りました。
「しめりたる 落ち葉を踏みてわが急ぐ 向かひの山に 燃ゆるもみぢ葉」

「千明美術館」の外観と若山牧水の歌碑(群馬県片品村)

 その8は、丸沼、大尻沼、菅沼(群馬県片品村)です。文中では、丸沼の養鱒場の番小屋に泊まりましたが、現在では、丸沼が広がったために水没しています。利根川の水源として牧水が興味を抱き、徒歩で金精峠を越え、栃木県側へ入っていき、『みなかみ紀行』としてはそこで終わりとなります。周辺は自然がよく残されていて、牧水の残した歌を味わうには最適です。
「登り来し この山あひに 沼ありて 美しきかも 鴨の鳥浮けり」

丸沼(群馬県片品村)

☆『みなかみ紀行』の旅の行程

1922年(大正11)秋の若山牧水の旅
10月14日
 沼津の自宅を立ち東京経由
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 御代田駅下車後自動車で
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 岩村田「佐久ホテル」泊
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10月15日
 佐久新聞社の短歌会出席
 岩村田「佐久ホテル」泊
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10月16日
 軽便鉄道で小諸駅へ
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 小諸懐古園を散策
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 小諸駅から汽車で沓掛駅へ、
 下車後徒歩で
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 星野温泉泊
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10月17日
 軽井沢駅前の蕎麦屋で昼食
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 草津軽便鉄道で嬬恋駅へ
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 嬬恋駅前「嬬恋館」泊
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10月18日
 自動車で草津温泉へ
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 草津温泉「一井旅館」泊
 夜、湯揉み唄と時間湯を見る
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10月19日
 徒歩行の途中急に花敷温泉へ
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 花敷温泉「関晴館」泊
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10月20日
 徒歩で暮坂峠を越える
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 沢渡温泉「正栄館」昼食
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 四万温泉「田村旅館」泊
 旅館で不快な思いをする
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10月21日
 中之条駅から電車で渋川駅へ
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 渋川駅前の小料理屋で昼食
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 渋川駅から電車で沼田駅へ
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 沼田「鳴滝館」泊
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10月22日
 徒歩で法師温泉へ
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 法師温泉「長寿館」泊
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10月23日
 徒歩で法師温泉から戻る
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 笹の湯温泉昼食
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 身体の疲労を感じて、
 湯宿温泉「金田屋」泊
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10月24日
 徒歩で沼田へ
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 沼田「青地屋」泊 夜、歌会
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10月25日
 片品川に沿って歩く
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 老神温泉泊
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10月26日
 徒歩で途中吹割の滝を見、
東小川で千明家に立ち寄る
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 白根温泉泊
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10月27日
 徒歩行の途中で大尻沼を見る
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 丸沼の養鱒場の番小屋泊
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10月28日
 徒歩で金精峠を越える
   ↓以上『みなかみ紀行』
 日光湯元温泉「板屋旅館」泊
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10月29日
 徒歩で戦場ヶ原越え中禅寺湖へ
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 中禅寺湖畔「米屋旅館」泊
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10月30日
 華厳の滝を見、いろは坂を下る
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 馬返し駅から電車で日光へ
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 日光の友人宅に泊
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10日31日
 日光東照宮を見物
 日光の友人宅に2泊目
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11月 1日
 宇都宮市へ向かう
この作品を読んでみたい方は、現在簡単に手に入るものとして、『みなかみ紀行』(若山牧水著)が中公文庫<400円>と岩波文庫<600円>から出版されています。

☆『みなかみ紀行』関連リンク集

◇若山牧水記念館(沼津市) 歌人若山牧水の生誕から永眠するまでの足跡と、その輝かしい全仕事を一堂にまとめて、編年体で展示しています。
◇若山牧水のホームページ 東郷町若山牧水顕彰会のホームページで牧水の生涯、牧水の歌碑、若山牧水賞等の構成になっています。
◇暮坂峠 「旅と峠」の中の暮坂峠のページです。『みなかみ紀行』の旅で牧水が通った10月20日に、ここで牧水祭が催されます。
◇若山牧水 「教育ネットひむか」の中の若山牧水についてのページです。
◇若山牧水文学散歩 中央大学渡部芳紀研究室のホームページの中にあり、全国の若山牧水の足跡を調べてあります。
◇佐久ホテル 若山牧水が「みなかみ紀行」の旅で2泊した佐久ホテルの公式ホームページです。
◇金田屋旅館 若山牧水が「みなかみ紀行」の旅で1泊した湯宿温泉「金田屋旅館」の公式ホームページです。
◇青空文庫『みなかみ紀行』 青空文庫にある『みなかみ紀行』の図書カードで、このサイトで全文をダウンロードしたり読んだり出来ます。

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