旅 と 俳 句

☆句碑のある風景

 日本各地の名所旧跡を旅していると時々句碑に巡り会うことがあります。景勝の地では、その句を口ずさみながら、眺望すると、いっそう旅情が深まるものです。また、歴史有る寺社仏閣の場合は、その故事を思い起こす、よすがとなったりもします。まして、その句が芭蕉、蕪村、一茶などの江戸期の俳人だったりすると、「ほうー、かの俳人達もこの地に来たのか!」と訪れた名所旧跡が急に権威を帯びたものになるから不思議なものです。昔の俳人達との接点ができたような気になり、その場所が妙に記憶に止められるのです。


☆旅と俳句

 俳句の吟行という言葉を聞いたことがありますか。名所・旧跡を巡りながら、その情景を俳句に詠んでいく旅のことです。有名な俳人の中には諸国を行脚した人が多いので、その気持ちにあやかろうといったところでしょうか。今でも、いたるところに句碑が建っていて、その思いをうかがうことが出来ます。あなたもいくつかは思い浮かべられるのでは‥‥。


☆俳句を巡る旅五題

 私は、学生時代から各地を旅していますが、その中で特に心に残った俳句に関わる所を5つ。

 その1は、伊賀上野(三重県伊賀市)です。言わずと知れた俳聖、松尾芭蕉の出生地で、29歳までこの地で過ごしました。その生家跡や遺髪を収めた故郷塚、俳聖殿、「芭蕉翁記念館」などがあって、足跡をたどることが出来ます。特に、服部土芳の「蓑虫庵」は、芭蕉五庵の一つで、当時の建物が残り、風情が保たれていて、往時を忍ぶことができます。苔むした庭には、芭蕉の『古池や 蛙飛こむ 水の音』、『みの虫の 音を聞ばやと この庵』、『よく見れば なづな花咲く 垣根かな』などの句碑があり、芭蕉の声が聞こえてきそうな感じさえします。

服部土芳の「蓑虫庵」(伊賀市) 芭蕉の遺髪を収めた「故郷塚」(伊賀市)

 その2は、一茶の里のある柏原(長野県信濃町)です。江戸末期の俳人小林一茶の出身地で一茶記念館には遺墨、遺品等が展示され、全国を行脚した一茶の旅の様子を追想することができます。また、記念館のある小丸山公園の敷地内には1957年(明治43)に一茶を偲んで建てられた俳諧寺や一茶像、墓もあり、近くには史跡として小林一茶旧宅があって、生涯を閉じた土蔵が残されています。町内には、100基以上の句碑が建てられていますが、小丸山公園の一角にある『是がまあつひの栖か雪五尺』の句碑は印象的です。

小林一茶終焉の土蔵 一茶句碑 俳諧寺と小林一茶像

 その3は、子規堂(愛媛県松山市)です。明治時代に俳句・短歌革新を訴えて、活躍した正岡子規の旧宅を正宗寺境内に復元したもので、遺品、遺墨等を見ることができます。子規が幼年期を過ごした3畳間があって、その風貌が浮かんできます。また、道後公園には市立子規記念博物館があり、豊富な資料を公開しています。他に、河東碧梧桐、高浜虚子などが出ていることもあって、市内には600もの句碑が点在しています。松山城にある『松山や秋より高き天守閣』の子規句碑は有名です。


正岡子規
松山市立子規記念博物館(松山市) 松山城の子規句碑

 その4は、其中庵(山口県小郡町)です。放浪の俳人種田山頭火が、安住の地を得ようとして、庵を結んだところで、その「其中庵」が復元され、近くの町立資料館には山頭火展示室もあります。山頭火は、日本全国を行乞しながら、自由律俳句といって、五七五にとらわれない自由な句を詠んだ俳人です。「其中庵」は、以前ほんとうにわびしい茅葺きの家だったらしいけど...。なんだか、そこにたたずんでいると山頭火の心境が分かるような気がしました。良く知られている句は、『後ろ姿の しぐれていくか』、『どうしょうもない わたしが 歩いている』、『分け入っても 分け入っても 青い山』、『さて、どちらへ行かう 風が吹く』などです。

其中庵の外観(山口県小郡町) 其中庵の内部(山口県小郡町)

 その5は、小豆島の南郷庵跡(香川県土庄町)です。俳人尾崎放哉が庵主として最後の8ヶ月を過ごした終焉の地で、墓もあります。庵の跡には、1994(平成6)年4月「小豆島 尾崎放哉記念館」が開館、貴重な資料が展示され、庭には句碑も建てられています。放哉は、東京帝国大学法学部卒業のエリートでありながら、身を持ち崩し、いくつかの寺を転々として、最後にたどり着いたのがこの小豆島でした。しかし、自由律俳句の天才で、斬新な歌を詠みました。病魔と闘いながらの最後には、感銘深いものがあり、42歳で逝った生涯を追想すると、胸にこみ上げてくるのを感じました。良く知られている句は、『咳をしても 一人』、『入れものがない 両手で受ける』、『足のうら洗えば白くなる』、『春の山のうしろから 烟が出だした』などです。

「小豆島 尾崎放哉記念館」の外観(香川県土庄町) 尾崎放哉の墓(香川県土庄町)

(特別編) 「奥の細道」の旅  何度か「奥の細道」の足跡をたどる旅に出ましたが、見所を紹介します

<旅と俳人クイズ>
(1) 松尾芭蕉の高弟で、蕉門十哲の一人。関西中心に活躍し、「去来抄」「旅寝論」などを著した俳人は?
(2) 大阪出身で個性的作風で知られ、江戸時代後期に活躍、代表作『菜の花や月は東に日は西に』を作ったのは?
(3) 正岡子規の弟子で、「日本」に拠って活躍し、新傾向俳句運動を展開、全国を行脚して回った俳人は?
(4) 江戸時代の談林俳諧の代表で大阪の天満天神の宗匠で、『さればここに談林の木あり梅の花』の作者は?
(5) 江戸時代の武士の出身で貞門俳諧の代表。「俳諧御傘」を著し、その普及に努めた人は?

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