旅日記(1)<旧東海道、鯖街道めぐりドライブ> 
1996.7.12-14

インデックス

第1日目 7/12
関→土山→水口
第2日目 7/13
草津→朽木→熊川
第3日目 7/14
木之本→石田

*1996年7月12日(金) 東名高速→桑名→四日市→亀山→関→土山→水口 

 朝4時半に家を出て、川越街道から環状8号を経由して東名高速道路に入る。8時頃牧之原サービスエリアで朝食をとる。豚汁定食 600円なり。再び高速道路をひた走り、名古屋インターから東名阪自動車道に入り、10時少し前に桑名東インターで降りる。
伊勢神宮の一の鳥居(桑名)

・桑名から旧東海道をたどる

 先ず、七里の渡し跡へ行き、伊勢神宮の一の鳥居から旧東海道を走りはじめる。泉鏡花の「歌行灯」に出てくる旅館「船津屋」は建物は新しくなっているが純和風のなかなか感じの良いものだった。伊勢への参宮のために使われたせいか所々に大きな常夜灯があって往時を忍ばせている。四日市宿には江戸時代から続く永餅で有名な「笹井屋」があった。浜田町付近には旅籠や商家風の古い建物がまだいくつか残っていて町並みに名残を止めている。さらに進むと、日永の追分に着いた。ここは、伊勢参宮街道との分かれ道で伊勢神宮の二の鳥居と大きな常夜灯がある。昼になったのでどこか食事をするところはないかと探していたが、近鉄内部駅近くに寿司屋を見つけ、並寿司 1,000円なりを注文する。
野村の一里塚

 ここからしばらく走ると、杖衝坂があるが、かなりの急坂で松尾芭蕉も落馬したとかでその時詠んだ句碑が立っている。次の宿場は石薬師宿でここには歌人佐々木信綱の生家があり、記念館に立ち寄った。この宿の名の言われとなった石薬師寺に参拝した後、庄野宿へ向かったが、わずか25丁と近いのですぐ着いた。入口付近には昔ふうの建物も残っていて若干ながら面影を伝えている。まだまだ今日の道のりは残っているので少し、先を急ぐことにする。

・亀山から関宿へ

 亀山城下は前に一度来たことがあるので、素通りし、野村の一里塚を経て、関宿に着く、一度通り過ぎてから、戻ってきて駐車場をさがすが見つからず、しかたがないので銀行の駐車場に無断で入れさせてもらう。この宿は国指定の重要伝統的建造物群保存地区になっていて古い建物が良く残っていて、修景がほどこされていて見どころが多いので徒歩で散策する。先ず、町並み資料館へいって宿場全体の概要をつかみ、気ままに街の中を歩いてみる。旧旅篭の「玉屋」が復元工事中で完成すれば資料館になるとか。また、地蔵院も修復中だった。志ら玉屋で江戸時代の菓子白玉を復活させた餅菓子を一個買って店先で食べる。
土山宿本陣跡

・鈴鹿越えで土山宿へ

 ここからは鈴鹿越えの山道となり登り勾配が続く。峠下の坂下宿は本陣脇本陣も残っていなくて跡は茶畑になっていた。峠の国道トンネルをくぐるとそこは滋賀県で勾配は下りへと変る。その坂を下り切ると土山宿に入っていくが、ここは結構昔の建物が残っていて宿場らしい雰囲気が保たれている。中ほどに民芸・茶房「うかい屋」と看板を掲げた古い商家があり、思わず車を降り中に入ってしまった。表側に陶器などの民芸品が並べられ、奥が喫茶室になっていてなかなか良い感じなので、つられて「朝鮮人街道をいく」と言う本を買い求め、土山宿絵地図なるものをもらってくる。この宿の本陣跡はなかなかよく保存されていて、昔の面影を残しているが、予約していないので中に入れないのが残念だった。
桝又旅館の正面と玄関

・水口宿へ

 夕方、6時過ぎに水口宿に入り、アーケードをくぐって宿に着いた。本の写真で見ていたとおりの古い旅篭風の構えでなかなか風情があり、女将さんがすぐに出てきて応対もとても良い。泊り客は私一人だけのようで奥の八畳二間続きの座敷に通され、まず風呂に入るが、湯加減もちょうどよく満足した。その後、宿では夕食が出ないので、外へ食べにいく。教えてもらった「樽」という居酒屋は場末の雰囲気があって私好み、ついつい酒がすすんだが、色々食べて会計は 4,200 円だったので良心的な方だと思った。宿へ戻ると亭主がやってきて、色々と郷土の話をしてくれる。郷土資料館のボランティアをやっているとのことでなかなか詳しい。ここの宿は江戸時代の元禄年間の創業で現在9代目とのこと、現在の建物も 200年前のもので昔の旅籠のイメージを良く伝えてはいるが、老朽化が進んでいるのが惜しまれる。この宿も私の代で終わりかもしれないとなさけない話をしていたが、最近は常連客もほとんどないようで宿帳を見てもあまり泊り客がないのが心配だ。こういう伝統的な宿はいつまでも残してほしいものだと話をする。1時間位話をして亭主は戻って行ったが、その後少し本を読んでから床につく。

☆桝又旅館に泊まる。<1泊朝食付 5,000円(込込)>

桝又旅館のデータ
標準料金 1泊朝食付 5,000円〜(込込)
住所、電話 〒528 滋賀県甲賀郡水口町本町2-5-41 TEL(0748)62-0032
交通 近江鉄道本線水口石橋駅下車徒歩5分
街道と宿場 東海道水口宿の旧旅籠
創業 元禄年間の創業で現在9代目
建物 200年前の江戸時代後期もので昔の旅篭のイメージを良く伝えている
桝又旅館の中庭 桝又旅館の玄関内 桝又旅館の朝食

*1996年7月13日(土) 水口→土山→石部→草津→琵琶湖大橋→朽木→熊川

水口城跡の水口城資料館

・朝水口宿を散策する

 朝6時半から水口宿を散策する。旧東海道が三筋に別れているのが特徴で、街道筋に結構古い建物が見られる。大徳寺には葵の紋のある門があり家康の腰掛石と言うのがあった。大岡寺には芭蕉の句碑があり、鴨の長明に縁が有るとかで歴史を感じさせる、さすが京都に近いことはあると思った。札ノ辻周辺には古い旅篭や商家風建物が残されていて、昔から続いているのか、鍛冶屋、仏壇屋、呉服屋等の商いをしている店がある。本陣の跡は石碑のみで、脇本陣の跡は二軒の家に別れ、だいぶ改造が加えられている。7時半過ぎに宿に戻り朝食をとる。食事が終わると待ちかねたように亭主がやってきて、色々郷土の話をしてくれる。
大池寺の小堀遠州作庭園

・土山宿、水口宿、石部宿とめぐる

 9時に宿を出て、先ず大池寺に向かう。駐車場から寺への道の両側に紫陽花が咲き、門をくぐるとくちなしの花が良い香りを漂わせていた。庭園は小堀遠州作で波に漂う宝船を表わしている独特なもので、座ったまましばし眺めていた。次に国道を戻って土山町立歴史民俗資料館を見学する。馬子唄の「あいの土山雨が降る」を題材に展示がしてあり、面白かった。次は又国道を走って、水口町に戻り、水口町立歴史民俗資料館を見学する。水口祭の曳山が実物展示されていて目を引いた。次に水口城資料館を見て、旧東海道に沿って石部宿へ向かった。一端、石部宿を通り過ぎ、山手に向かって、石部町歴史民俗資料館へ入る。ここは石部宿場の里と東海道資料館よりなっていて、昔の宿場の旅籠や茶店や商家等が復元され、街道関係の資料が展示してあってなかなか興味深かった。その後、石部宿に戻り、中ほどにある食堂で昼飯にからあげ定食を食べる。
草津宿本陣跡(国史跡)

・草津宿から熊川宿へ

 さらに、旧道を進み、草津宿に出る。ここは、最近国の史跡となっている本陣跡が、7年の歳月で修復工事を終え一般公開されたばかりで、今回の目的の一つであった。全国的に見ても本陣が完全に残っているのは珍しく、貴重なものである。昔のままに復元されていて、江戸時代の本陣の様子を知ることができる。もう少し宿場内を散策したかったが、時間がなかったので先を急ぎ、旧中山道で守山宿まで行って街道をはずれ、琵琶湖大橋を渡り、琵琶湖西岸に至る。さらに山を越え、途中と言う所から鯖街道に入る。そこから国道を北上するが山道で細く曲がりくねっていて、さらに京都方面に南下してくる行楽地帰りの車が列をなし、すれ違いに時間を要した。それでも夕方5時頃には朽木の興聖寺に着き、足利将軍ゆかりの旧秀隣寺庭園を見る。その後は水坂トンネルと寒風トンネルを抜けて、若狭国境を越え、念願の熊川宿に至る。

・熊川宿のきく家旅館に落ち着く

 宿場の中を進み、中心を過ぎて、枡形を曲ったところに今日泊る宿を見つけた。表はかなり改造されているが、古そうな宿だ。女将が車は路上駐車でよいと言うので、荷物を持って上がる。今日は一日中暑かったので、先ず風呂に入るが、比較的新しいつくりでゆっくり汗を流す。夕方6時半から別館の食堂で夕食となったが、山中の宿にもかかわらず新鮮な魚が食卓に並ぶ、鯛と平目の刺身、すずきの焼き物、小鯛の煮付け等、上中町は若狭湾に面し、この街道を使って鯖が京都に運ばれたそうで魚介類が豊富なのもうなづける。亭主が話し相手となってくれ色々と土地のことを語ってくれる。私は酒を飲みつつこういう話を聞くのが好きだ。明治時代から続く3代目の旅館とのこと、昔は4、5軒程営業していたが今はここ1軒になってしまったと語る。最近は、旧街道を訪れるお年寄りが時々泊るだけと言う。やっと町並み保存が決まり、国の重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けたことなど興味深い話が聞けた。以前は町会議員をやっていたとのことだが、原発賛成の話はいただけなかった。なんでも親戚の借金を背負うことになり、宿の改築もままならないとのこと だった。夕食後部屋に戻って本を読んで寝る。土曜日と言うのに泊り客は私一人だった。

☆きく家旅館に泊まる。<1泊2食付 6,500円(込込)>

きく家旅館のデータ
標準料金 1泊2食付 6,500円〜(込込)
住所、電話 〒919-15 福井県遠敷郡上中町熊川 TEL(0770)62-0216
交通 JR小浜線上中駅からバス10分、熊川下車徒歩5分
街道と宿場 鯖街道熊川宿
創業 明治時代の創業で現在3代目
建物 古い造りを残すがだいぶ改装されている
きく家旅館正面と夕食

*1996年7月14日(日) 帰途につく。 熊川→木之本→石田→中山道→中央道

熊川宿の街並み

 翌日は6時半から宿場内を巡る。国の指定を受けまだ1年ということで宿場内は未整備の感じだった。しかし、よくみると中心部には痛んではいるものの古い宿場の面影を残す建物が残されていて、往時を髣髴とさせる。二階表の塗込に特徴を感じた。1時間余散策して宿に戻り、7:40より朝食をとって8時半前に宿を出る。
 鯖街道を戻って近江国へ入り、国道沿いに琵琶湖北岸をまわって木之本に出た。ここは、北国街道の宿場で少し面影が残っている。以後は北国街道を南下するが詳しい地図を持ってないので、国道 365号を進むことになる。途中国道をはずれ石田に寄る。石田屋敷跡、供養塔、観音寺をみて街道に復し、関ヶ原から中山道を進む。土岐インターから中央自動車道に乗り、伊那北インターで降りて諏訪から中山道を行き、内山峠を越えて、夜11時前に自宅に着いた。


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