HOMEへ 1821-1881 Федор Михайлович Достоевский
■ あの愛は美しく、荘厳でさえありました。(アポリナーリヤ・スースロワ)
HOMEサイトマップドストエフスキーカラマーゾフの兄弟カラ兄弟+α
雑記帳日記天使のヴァイオリンツアー旅行感想記リンク掲示板
HOME > ドストエフスキー > ドストエフスキー作品年表 戻る

 

ドストエフスキー作品年表


どこまで『作品』とするかには色々見解があるようなのですが、こちらでは 新潮文庫「カラマーゾフの兄弟(下)」・巻末年譜(江川卓編) を中心にして、朝日新聞社「ドストエフスキー人物事典」(中村健之介著)、全集の巻末などを参考に作成しました。
( )は年齢です。

1821 (0) 10月30日(ロシア暦)、モスクワのマリヤ貧民施療病院の官舎(現・ドストエフスキー博物館)に父ミハイル・母マリヤの次男として生れる。
1846 (25) 貧しき人びと (1844-5年作) 1月 『ペテルブルグ文集』
分身(二重人格) 2月 雑誌 『祖国雑記』
プロハルチン氏 10月 『祖国雑記』
1847 (26) 九通の手紙にもられた小説 1月 雑誌 『現代人』
ペテルブルグ年代記 4-6月 新聞 『ペテルブルグ報知』
家主の妻 10-11月 『祖国雑記』
1848 (27) 人妻 1月 『祖国雑記』
弱い心 2月 『祖国雑報』
ポルズンコフ 2月 『絵入り文集』
苦労人の話 (後に『正直な泥棒』と改題) 4月 『祖国雑記』
クリスマスツリーと結婚式 9月 『祖国雑記』
白夜 12月 『祖国雑報』
やきもち焼きの夫、異常な事件 12月 『祖国雑記』 (1860年作品集に収める際に、『人妻』とこの作品を1つにして『他人の妻とベッドの下の夫』と改題)
1849 (28) ネートチカ・ネズワーノワ 1-2月,5月 『祖国雑記』
4月23日、ドストエフスキーを含むペトラシェフスキー・サークルのメンバー34名が皇帝直属の秘密警察によって逮捕され、ペテルブルグ郊外のペトロパヴロフスク要塞に監禁された(この間に『小英雄』を執筆)。
12月22日、セミョーノフ練兵場において銃殺刑の判決を言い渡されるが、死刑執行の直前に特赦が伝えられ、懲役4年、刑期終了後一兵卒としての勤務の正式判決が言い渡される。
12月24日、シベリアの流刑場へ向けて橇(そり)で送り出される。(⇒1854年2月中旬出獄)
1857 (36) 小英雄 (1849年作) 8月 『祖国雑記』
2月、クズネツクでマリヤ・イサーエワと結婚。
1859 (38) 伯父様の夢 3月 雑誌『ロシアの言葉』
ステパンチコヴォ村とその住人 11-12月 『祖国雑記』
1860-2 (39-41) 死の家の記録 9月 新聞 『ロシア世界』 4-12月,1-12月 『時代』
1861 (40) 虐げられた人びと 1-7月 『時代』
1862 (41) いまわしい話 11月 雑誌 『時代』
6月、最初の国外旅行。(パリ、ロンドン、ケルン、スイス、イタリアなど⇒9月帰国)
年末、アポリナーリヤ・スースロワと交際。
1863 (42) 冬に記す夏の印象 2-3月 『時代』
8月、2度目の海外旅行へ。パリでスースロワと落合い、イタリア旅行。
9月、バーデン、バーデンで賭博にふけり(これ以降、約10年間ルーレットにとりつかれる)、ツルゲーネフから借金をする。(⇒10月に帰国)
1864 (43) 地下室の手記 3-4月 雑誌 『世紀』
4月15日、妻マリヤ死去。
7月10日、兄ミハイル死去。
1865 (44) 異常な事件、またの名はアーケードの椿事 (のちに『鰐』と改題) 2月 『世紀』
7月、3度目の国外旅行に。ヴィズバーデンで賭博にふける。(⇒10月帰国)
1866 (45) 罪と罰 1-12月 雑誌 『ロシア報知』
賭博者 10月
10月、速記者アンナ・スニートキナに『賭博者』を口述筆記。わずか27日間で仕上げる。
11月、アンナに結婚を申し込む。
1867 (46) 2月15日、アンナ・スニートキナと結婚。
4月、国外旅行(4年余にわたる⇒1871年7月帰国)に出発。
1868 (47) 白痴 1-12月 『ロシア報知』
2月、長女ソフィヤ誕生(5月死亡)
1869 (48) 9月、次女リュボフィ誕生
11月21日、「国民制裁教会」のネチャーエフ、ペトロフスキー大学の学生イワノフを裏切り者として殺害する事件が起こる。(⇒この事件を後の『悪霊』に活用)
1870 (49) 永遠の夫 1-2月 雑誌 『朝やけ』
1871-2 (50-1) 悪霊 1-11月,11-12月 『ロシア報知』
1871年7月、帰国。長男フョードル誕生。
1873 (52) 作家の日記 (ボボークなど) 週刊誌 『市民』
1875 (54) 未成年 1-12月 雑誌 『祖国雑記』
8月、次男アレクセイ誕生。
1876 (55) キリストの樅の木に召された少年  1月 月刊個人雑誌『作家の日記』
百姓マレイ 2月 『作家の日記』
百歳の老婆 2月 『作家の日記』
おとなしい女 11月 『作家の日記』
1877 (56) アンナ・カレーニナ論 2月 『作家の日記』
おかしな人間の夢 4月 『作家の日記』
1878 (57) 5月、次男アレクセイ死亡。
6月、哲学者ソロヴィヨフとともにオプチナ修道院を訪れ、『カラマーゾフの兄弟』の構想を語る。
1879-80 (58-9) カラマーゾフの兄弟 1-12月,1-11月 『ロシア報知』
1880 (59) プーシキンについて 6月
1881 (60) 1月28日、午後8時38分、永眠。
2月1日、アレクサンドル・ネフスキー寺院で葬儀。

▲ TOPへ

HOMEサイトマップドストエフスキーカラマーゾフの兄弟カラ兄弟+α
雑記帳日記天使のヴァイオリンツアー旅行感想記リンク掲示板
本嫌いさんの読書感想文〜カラマーゾフの兄弟はいつも貸出中?!
YUKIKOGUMA   All Rights Reserved