notes of cinema 16.
GO  
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「名前ってなに? バラと呼んでいる花を
別の名前にしてみても美しい香りはそのまま」
−ロミオとジュリエット
notes 01.窪塚 洋介   
 いつも言ってるとこだけど役を生きる、『GO』では”杉原を生きる”。それにはじまり、それに終わりました。役を演じるんじゃなくて、監督の作品の世界観の中で生きられるといいなと思う。ただ“そこに居る”ことがしたいんです。
 でも今回は、俺は日本人で、杉原は在日韓国人。その距離〜精神的なこと〜を埋めるために、本をいっぱい読んで、いっぱい考えなくちゃいけなかった。差別について知るために、黒人差別問題の先頭に立って闘っていたマルコムXやキング牧師の自伝までも読みました。 杉原がずっと考えていた“アイデンティティ”についてオレハダレダ、歴史や社会、文化、国についてを勉強して考えていくうちに、価値観が変わってきました。そして、だんだん見えてきたことがありました。去年の年末から今年にかけて、俺は何かわけのわからないイライラを感じていた。 何か得体の知れないものを。『GO』と出会って、その正体が何かわかった気がした。高校のときから、“自分探し”をしてきたんですけど、探してきた自分は半分だったんだって気が付いたんです。つまりその正体は自分だった…。
 俺は今まで、日本とか日本人だってことがよくわからなかった。それまでは、そんなことよりナイキのスニーカーへの執着のほうが遥かに強かった。
 俺は俺のことが知りたい。俺は俺の生きている世界のことが知りたい。
 今、俺達はいつのまにかそこにあった価値観にドップリつかってしまっていて、おかしいことはおかしいと思えなくなっている。世の中は、いいものをいいとされなかったり、わるいものをいいとされたりしている。 これって、俺達の本能が去勢されてるってことだと思う。もちろん、いい、わるいはそれぞれの中にあるとしても。今の日本はエグイことやどうしようもないことばっかりだけど、それでも俺は日本が好きです。だから俺は変えていける、俺達の手で変えていけると信じたいんです。 そのためにはもっと知って、もっとバランスとって、もっと強くならなくちゃと思っています。
 杉原が動くシーンは、体めいっぱいって感じで気持ちよかった。親父からボクシングを7年習ってる杉原、そのためにジムにも通いました。公園で親父と対決するシーンで、杉原は、ひたすら父がガードしている腕だけを殴り続けるんです。 横から顔面殴ればいいんだけど、それはしない。その行為には杉原と父との空気があるとその瞬間に感じました。ガードしている腕だけを殴る意味。
 自分、友達、家族、恋人、社会のことなど、当たりまえすぎて考えなかったことだけど、それが俺達が20世紀に越え損ねた、死にもの狂いで越えねばならない壁なんだと思います。俺にとって『GO』は、そういうことを考えるきっかけをくれた作品でした。映画を観た人にも、記号みたいになってしまった大切なコトバの本当の意味を考える何かのきっかけになればと願っています。

notes 02.監督:行定 勲  
 20世紀が終わって僕たちのまわりでは「リセット」とか「新しい時代を」などと言う言葉が囁かれ始めていました。僕たちは相変わらず映画を創ろうとしていたけど、21世紀の最初に何を創れば世の中に受け入れられるのか考え倦ねていました。
 そんな時に『GO』という企画に出逢いました。そこには時代を闊歩する少年の激しくて、痛くて、切なくて、それでいて爽やかな堂々とした青春像が描かれていました。映画にするには難しいというのが最初の感想です。こんなストレートでシンプルなラブストーリーは演出と演じ手の力が最も問われるからです。 しかも、この金城一紀氏の強い印象を残す作風を壊さない映画を創り上げるための映像の選択も難しい。
 最初は単純に悩みました。僕は在日韓国人じゃないし、マイノリティである彼らの内面を完全に理解することは出来ない。しかし、僕はここに描かれている主人公の少年・杉原の境遇にただならぬ共感を抱いていた。 「やらないわけにはいけない」そう思ったのです。ガキの頃、最初に死別した友だちが在日韓国人の少年だったこともあって、僕にとっての特別な想いが描かれる細部の糧となっていきました。
 この映画は登場人物のそれぞれが向き合っていくその軌跡を描いています。それは、「父と息子」だったり「彼と彼女」だったり、あるいは「自分自身」にだったりします。向き合ってはじめて境界線が現れるのだと思います。それは国境線もあれば人と人の間の垣根もあります。 僕たちはその境界線を認識してそれを飛び越えなければいけない。ずっと避けてきたんだと思うんです。だから、自分の立っているところがいったい何処なのか省みることから始まるのだと思います。
 この映画における監督にとっての僕の立場にしても同じです。『GO』の原作を撮影中も仕上げ中も何度も読み返していました。原作を離れるために、映画でしか出来ないことを探すために読み込んだという気がします。勿論、金城一紀氏の原作がしっかりしていたし、宮藤官九郎氏の脚本はリスペクトしていたし、二人の言いたいこと、やりたいことがまずあって、 僕自身がやりたいことは最後で良いという感じではあったんです。しかし、完成した作品には紛れもなく自分自身が出ていました。
 そんな思いが詰まったこの『GO』という映画が観た人たちのこれから生きていく為の何らかの最初の一歩を踏み出すキッカケになることを願っています。それこそ、この映画にとっての幸せだと思うのです。 映画は最終的には観客が受け入れて完成します。
 観終わった後、最後にもう一度『GO』というシンプルなタイトルの意味を考えて欲しいのです。そこには、それぞれの道が見えてくるはずだから。



-STAFF-
監督:行定 勲
脚本:宮藤 官九郎
原作:金城 一紀・著「GO」(講談社・刊)
音楽:めいなCo.(熊谷 陽子/浦山 秀彦)
主題歌:「幸せのありか-theme of GO-」The Kaleidoscope

-CAST-
窪塚 洋介


柴咲 コウ

山本 太郎

新井 浩文
村田 充
細山田 隆人

水川 あさみ
伴 杏里
高木 りな

キム ミン(友情出演)
ミョン ケナム(特別出演)

北見 敏之
温水 洋一
姿 晴香
銀 粉 蝶

平田 満
上田 耕一

塩見 三省

大杉 漣

萩原 聖人


大竹 しのぶ


山崎 努