■臆病な子どもに育てる親の言葉



私は息子を大変な臆病に育ててしまいました。臆病といっても言い換えればそれは、
とても慎重で思慮深いことです。むしろ美点のひとつに数えられるものかもしれません。

けれど多くの場合、臆病な子供は失敗を恐れるあまり、自分の力を出し切ることを
滅多にしません。自分の最大限の力の一歩手前のところで甘んじようとします。
始めから自分の実力よりもやや下を狙うので、たいていの場合獲物は容易く手に入ります。
その代わり、あまり達成感がありません。常に平熱の低い生き方を選択しがちなのです。

「転んで怪我するから走らないの!」
「ほら、そんなふうにふざけて食べてると、喉につまって死んじゃうよ」
「そんなに遅くまで起きてると、抵抗力がおちて風邪ひくのよ、
そしたらあさっての遠足だって行かれなくなっちゃうわよ」

例えばこんなふうに、私は息子に言い続けてきました。
娘に比べ小さい頃から病気がちだった彼は、運動神経もなく、手先も不器用で、
何をやらせても危なっかしく映りました。走っては転んで大きなタンコブをつくり、
病気をすれば高熱を出して自家中毒をおこし点滴を受ける。
そんな子供でしたから、私はとにかく彼に怪我をさせないよう、病気にさせないよう
必死でした。自分の言うとおりに従ってくれれば、それらを予防することができるとでも、
当時の私は思い込んでいたような気がします。

「〜しないと〜しちゃうよ」というのは、明らかに脅迫ですね。
「そのことに従わなければ悪いことが起きる」という脅迫を、親は無意識のうちに
子供の心に植え付けているのだと思います。たとえば、
「早く寝ないと、サンタさんが来てくれなくなっちゃうよ」

「〜しないように、〜しようね」というのは、いくぶんマシなのかなと思います。
でも「〜しない」という言葉がすでに否定的なわけですから、
これもあまり感心しない言葉かもしれません。
「サンタさんが来なくなっちゃわないように、早く寝ようね」

本当だったら、こんなふうに言ってあげてたら良かったんだろうなと思います。
「〜できるように〜しようね」
「サンタさんがちゃんと来てくれるように、早く寝ようね」

「早く寝る」という同じ行動を子供が起こす時に、「来なかったらどうしよう?」と心配しながら
床に着くのとそうでないのとでは、大きな差が生まれるような気がしてなりません。

私が子育て真最中の頃は、そこまで考える余裕などありませんでした。
少しでも健康に、少しでも無事に過ごすためには、
脅して服従させることしか思いつかなかったのです。私自身もまた心配症の母親に、
同じように育てられたからかもしれません。

親や周りの大人達が、服従させるために脅すことをしなければ、本来子供というものは
無鉄砲で恐いもの知らずな生き物のはずでしょう。
残念ながら今の時代、子供が犯罪に巻き込まれないように、ある程度の予備知識や
適度な恐怖心、猜疑心を持たせることも必要なのかもしれません。
しかし本来子供が持っているはずの冒険心や探求心、向こう見ずで前向きな力の芽を、
摘み取ってはいけないなと実感しています。

子供にどういう言葉を使い、どういう言い回しで伝えるのか。
同じ内容を伝えるにしても、伝わるイメージ、子供に植え付けられるメッセージは、
想像以上に大きく変わるものだということを、大人は自覚しておいた方がいいと思います。

自分が普段何気なく子供に発している言葉を、時に冷静に振り返ってみることも
大切ですね。



       


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