自意識過剰



「自分はこうだとか自分の存在とかについての意識」

私の手元にある国語辞典では、「自意識」についてこう説明しています。

そして「自意識過剰」とは、

「他人が自分をどう見ているか気にしすぎる状態」を指します。


『私の足が太いのを見て、友達が笑ってる』

『前髪をちょっと切り過ぎちゃった。変だって思われてる』

『ボクの背が低いからって、そんな馬鹿にしたような目で見るなよ』


こんなふうに自意識過剰な状態にある時は、

自分自身に自信がなくて、

おまけに他人のことも信用していません。

自分のこんな様子を見て、他人が笑うだろう、馬鹿にするだろう

と考えるのは、あなたが自分だけでなく、

他人をもディスカウントしているからです。


「ディスカウントする」というのは、「値引きする」という意味です。

(ディスカウントショップは今やどこにでもありますね。)

もしかしたら他人は、あなたの様子を見ても

そんなふうに思わないかもしれないし、

逆に好意的な気持ちを感じてることだってあるかもしれないのに、

あなたはそれを信じられない。

相手のことをそういう人間だと低く評価している、

つまりディスカウントしているわけです。


けれどそういう考え方の偏り、物事の捉え方のクセといったものは、

いくら指摘されたからといって、急に直せるものではありません。

親に言われ続けた言葉や自分自身の思い込みによって強化された

そのクセは、長い時間をかけて自分の中に

染み込んでしまったものだからです。


私もかつて、かなりの自意識過剰でした。

他人はどう見てるだろう、どう思われてるだろう…、

そんなことばかりが気になって、せっかくの青春時代に、

自由に振舞う楽しさを味わっていなかったように思います。


けれどずいぶん大人になってから、私はようやく気づきました。

本当に自分を苦しめていたのは「他人の目」ではなく、

「他人が見ているだろうという自分勝手な思い込み」に過ぎなかった、

ということに。


自分が見られていると感じるほどに、

実は他人はあなたのことを見ていません。

あなたの全体像は見ていても、あなたの足や前髪に

厳しいチェックを入れたりはしていません。

仮に見ていたとしても、そのことを理由に、

あなた自身のことを低く評価したりすることはありません。


とはいえ思春期の頃には、他人の容姿や行動に過剰な興味を示し、

批判をしたり意地悪を言ったりするタイプの人間が、

一部に存在することは事実です。

私もかつて、そういう人たちの言葉に傷ついてきました。


ただ、そういう人間は実はとても臆病なのです。

他人と自分を比べ、優劣をつけることでしか自分の存在価値を

認められない哀しい人なのです。

そしてほとんどの健全な人たちは、

あなたが気にしている事柄について、

実は物足りないほど、まったく気にかけてもいません。


もし周りが気にかけているとしたら、

それはあなたの容姿そのものではなく、

過剰な自意識によって引き起こされている、

あなたの行動のぎこちなさかもしれません。


あなたのコンプレックスの種は、

実はあなた自身が蒔いたものです。

そしてあなたの自意識過剰の芽は、

あなたの中の思い込みが育てたものです。

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