考古学研究会
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63回総会・研究集会ポスターセッション題目一覧


2017年度の総会・研究集会は終了いたしました。
2018年度の総会・研究集会案内の掲載につきましては、今しばらくお待ちください。

◆P-1 瓦からみた北斉鄴城の寺院造営制度 ―核桃園5号建築遺跡出土の瓦を例として―
    ――呂夢
◆P-2 弥生時代のニワトリと稲作農耕 ―鳥形土製品の考察から―
    ――白石哲也
◆P-3 手作り真孤ワークショップ「遊びの連続」が織りなす歴史系ワークショップの実践
    ――鈴木康二、高橋碧、小森沙耶香、金山真樹、佐藤圭祐、八田友和、福永一衣、三原大史、土師唯我
◆P-4 17世紀の小氷期最寒冷期と巨大噴火・津波がアイヌ民族に与えた影響
       ―北海道伊達市カムイタプコプ下遺跡2016年度調査報告―

    ――渋谷綾子・添田雄二・青野友哉・永谷幸人・中村賢太郎・菅野修広・松田宏介・三谷智広・宮地鼓・渡邊 剛・甲能直樹
◆P-5 青銅器時代・弥生時代ホルンフェルス製石器に関する日韓比較研究
    ――森 貴教・梅﨑惠司・黄 昌漢
◆P-6 平城京出土陶硯の使用状況 ―主に墨痕の有無について―
    ――井上隼多
◆P-7 地震災害祭祀と災害記念碑が「災害の記憶」の継承に果たす役割
    ――瀬谷今日子
◆P-8 学校所蔵考古・歴史資料の現状と課題 ―所在調査、研究、活用の事例―
    ――平田 健・市元 塁・瀬谷今日子・村野正景
◆P-9 鳥取県中部地震による文化財の被害状況とその対応について
    ――下江健太、髙田健一、中原計、李素妍、北浩明
◆P-10 楯築墳丘墓出土の碧玉製管玉の産地同定
    ――中村大介、藁科哲男
◆P-11 ペルー北部山地に位置するパコパンパ遺跡出土土器の胎土分析
    ――中川渚、フーリオ・ファビアン、清水正明、清水マリナ、関雄二、ダニエル・モラーレス
◆P-12 GISを用いた古墳の眺望に関する一考察 ―大崎古墳群・稲荷山古墳群の眺望分析から―
    ――四田寛人
◆P-13 先史時代における暴力 ―縄文・弥生時代と中石器時代を中心に―
    ――中川朋美
◆P-14 弥生時代西日本における木器製作技術の伝播と変容
    ――鶴来航介
◆P-15 和食の成立過程: 古代における飯用食器とオカズ・汁用食器の作り分け
    ――小林正史
◆P-16 奈良県斑鳩大塚古墳の発掘調査結果
    ――豊島直博、岩永祐貴、土屋博史、泉眞奈、桑原一徳、田口裕貴、松澤健太
◆P-17 墳墓上儀礼行為の変遷からみた大型墳墓受容に際した周縁地域の動態
    ――土井翔平
◆P-18 宮山系特殊器台の産地分析
    ――中園 聡・平川ひろみ・太郎良真妃・若松花帆/春成秀爾
◆P-19 弥生時代甕棺墓の蛍光X線分析からわかること
    ――中園 聡・平川ひろみ・太郎良真妃・若松花帆
◆P-20 考古資料の三次元記録の実践と活用
    ――太郎良真妃・中園 聡
◆P-21 土器製作者と土器作り ―北タイにおける民族考古学的調査から―
    ――平川ひろみ
◆P-22 震災と原子力災害からの文化財を通した地域づくり
    ――三瓶秀文・川田強・堀江格・岡村勝行
◆P-23 環状盛土遺構の形成と遺物出土状況 ―栃木市中根八幡遺跡第3次調査の成果―
    ――小林青樹・中村耕作・岩永祐貴・萱原朋奈・新里遥

P-1 瓦からみた北斉鄴城の寺院造営制度
-核桃園5号建築遺跡出土の瓦を例として- (2015年度修論)

呂夢

    河北省南部に位置する鄴城は北斉の王都であり、長安城や東アジアにおける多数の都城の原型とされる。従来の研究では、文献記載に基づく鄴城の空間構成の復元が中心となっており、遺跡から出土する大量の建築遺物を対象とした分析は少なかった。
 しかし2014年に、中国社会科学院考古研究所鄴城考古隊により発掘された核桃園5号建築遺跡からは、2.4トンにも上る瓦の破片が出土した。これら全ての破片を整理し、瓦の文様、法量、刻印と製作痕の分析を行った。本発表は、この遺跡の瓦を例として、生産、供給、使用及び廃棄を含む瓦のライフサイクルを復元し、さらに建築資材の管理と建築方法に関する寺院造営制度を検討するものである。

P-2 弥生時代のニワトリと稲作農耕
 ―鳥形土製品の考察から―

白石哲也

    発表者は、『古代』(早稲田大学考古学会2016年)誌上において、弥生時代の鳥形土製品、なかでも頭部が欠損している鳥形土製品が主に「ニワトリ」を模したものであると指摘した。しかし、そこでは、それらの土製品が用いられた具体的な背景などについては言及できなかった。そこで、本発表では弥生時代の頭部が欠損した鳥形土製品が用いられた背景について、稲作農耕祭祀との関係から言及を行う。

P-3 手作り真孤ワークショップ
「遊びの連続」が織りなす歴史系ワークショップの実践

鈴木康二、高橋碧、小森沙耶香、金山真樹、佐藤圭祐、八田友和、福永一衣、三原大史、土師唯我

    私たちは「ちゃいれじ」という団体で、「ホンモノ!?体感!!こどもときずくワークショップ」をキーワードに、こどもを主対象とした、歴史系ワークショップを企画・実施しています。
 今回の報告は、今夏京都で開催された世界考古学会議の、サテライト会場で実践した、「真孤」を主素材としたワークショップの概要および成果をまとめたものです。名実ともに日本考古学の代表ツールである「真孤」に対する理解を深めていただくことを目的として開催しました。

P-4 17世紀の小氷期最寒冷期と巨大噴火・津波がアイヌ民族に与えた影響 ―北海道伊達市カムイタプコプ下遺跡2016年度調査報告―

渋谷綾子・添田雄二・青野友哉・永谷幸人・中村賢太郎・菅野修広・松田宏介・三谷智広・宮地鼓・渡邊 剛・甲能直樹

    2010年より、北海道において17世紀の巨大噴火・津波で被災した遺跡を発掘し、当時の生活を明らかにするとともに、複数の科学分析から古環境の実態を復元、それらがアイヌ民族へ与えた影響を解明する研究を進めている。本ポスターでは、広範囲の学術発掘が可能な伊達市カムイタプコプ下遺跡の2016年度調査成果を報告し、1640年の巨大津波と1663年の有珠山噴火の発生、それらに被災した人々の対応について検討する。

P-5 青銅器時代・弥生時代ホルンフェルス製石器に関する日韓比較研究

森 貴教・梅﨑惠司・黄 昌漢

    弥生時代前半期の磨製石剣には、朝鮮半島南部産とみられるホルンフェルス製のものが認められる。また片刃石斧の一部も九州島外から搬入された可能性がある。
  しかしながら、朝鮮半島南部の磨製石器石材についてはこれまで北部九州のものと具体的に対比されたことがなく、石器の型式学的分析に基づく議論が多かった。青銅器時代/弥生時代の磨製石器のように、広域的に分布する同質の石器については、日韓の研究者が研究史や問題意識を共有しつつ、国際的・学際的に協力して研究を行っていく必要がある。本発表では、その予備的検討として行った朝鮮半島南部のホルンフェルス原産地踏査の内容と青銅器時代の石器生産遺跡の概要を報告する。

P-6 平城京出土陶硯の使用状況 ―主に墨痕の有無について―

井上隼多

    本発表では平城京(京域および宮域)から出土した陶硯の使用状況について、奈良文化財研究所および奈良市埋蔵文化財センターの陶硯集成をもとに悉皆調査を行った結果を報告する。近年各地で進められた陶硯の使用痕調査により、陶硯が必ずしも墨すりに使用されていなかった可能性が指摘されている。陶硯が文書行政に付随した文具である以上、全国でいかに受容されていたのかを使用痕から論ずることは重要であり、中央と地方での受容を比較する前提として、文書行政の中心地である平城京での使用実態を示すことは急務であると言える。以上の背景を踏まえて、調査結果の報告を行う。

P-7 地震災害祭祀と災害記念碑が「災害の記憶」の継承に果たす役割

瀬谷今日子

    発掘された噴砂痕や地滑り痕等の地震痕跡において、供献された土器や配石等が確認される事例がある。これらは、地震に関係する祭祀の痕跡と考えられる。本発表では、各地の遺跡で確認された地震に関係する祭祀を紹介する。また、祭祀行為によって「災害の記憶」を継承させている現代の事例についても報告し、祭祀行為や災害記念碑が「災害の記憶」の継承に果たす役割について考察する。

P-8 学校所蔵考古・歴史資料の現状と課題
 ―所在調査、研究、活用の事例―

平田 健・市元 塁・瀬谷今日子・村野正景

    様々な経緯で学校に持ち寄られ、現在に伝えられている考古・歴史資料について、所在調査や研究、活用の事例を報告し、地域史・学校史・考古学史的な価値について考察する。
また、校内に設けられた郷土資料室の閉鎖や、学校自体のの統廃合等によって、学校資料の多くが散逸の危機に直面している現状も報告し、今後の在り方について広く議論したい。

P-9 鳥取県中部地震による文化財の被害状況とその対応について

下江健太、髙田健一、中原計、李素妍、北浩明

    2016年10月21日、午後2時7分に発生した鳥取県中部地震は、最大震度6弱を計測し、倉吉市をはじめとする鳥取県中部に大きな被害をもたらした。今回の研究テーマである「災害と考古学」と大いに関連しており、この地震による鳥取県内の文化財の被害状況と、それに対して各市町村、鳥取県教育委員会、鳥取大学が連携して行った取り組みについて紹介するものである。

P-10 楯築墳丘墓出土の碧玉製管玉の産地同定

中村大介、藁科哲男

    弥生時代後期後半の首長層の交流関係を復元するため、当時の最大級の墳丘墓である楯築遺墳丘墓の碧玉製管玉に対し、蛍光X線分析を行った。その結果、墓壙内で出土地点が異なるA群とB群の碧玉は、それぞれ異なる産地であることがわかった。A群は全て未定C群とよばれる朝鮮半島産の管玉で、B群は但馬地域の玉谷産である。また、管玉は4㎝を超えるものが含まれており、西日本の弥生時代全体でも殊更巨大である。このサイズは弥生時代中期の東北南部の再葬墓地域に匹敵するものであり、広い地域の習俗を、楯築遺跡の被葬者が意識していた可能性を示唆している。

P-11 ペルー北部山地に位置するパコパンパ遺跡出土土器の胎土分析

中川渚、フーリオ・ファビアン、清水正明、清水マリナ、関雄二、ダニエル・モラーレス

    ペルー共和国北部産地に位置するパコパンパ遺跡は、アンデス文明の形成期とされるB.C.1200-500の神殿遺跡である。本研究では権力の生成プロセスが明らかになりつつある同遺跡を対象に、土器製作の変化を解明することを目的として、出土土器のルーペによる混和材分析および胎土の粉末X線を行った。その結果、社会階層が生じる前後で土器タイプに大きな変化がみられる一方で、材料となる混和材や胎土にはほぼ変化が見られないことが明らかとなった。

P-12 GISを用いた古墳の眺望に関する一考察
 ―大崎古墳群・稲荷山古墳群の眺望分析から― (2016年度卒論)

四田寛人

    本発表では、GIS(地理情報システム)を用いて岡山市に所在する大崎古墳群、総社市稲荷山古墳群における古墳の立地・選地、特に古墳からの眺望に関して検討を行う。GISの機能である空間分析では、古墳の立地する地点の地形を表示することや客観的な眺望の復元が可能であり、これらから群集墳における群の構造や各古墳の関係性を探る。結果として規模が他と比べて大きい、首長墳と思われる古墳が複数の支郡から眺望可能であること、同時期に築造される古墳や先行する古墳に対して眺望が可能な選地を行っている可能性を見出した。これらは古墳の築造に際して、他の古墳に対して「見る」「見られる」といった関係性・規則の存在を示すものと思われる。

P-13 先史時代における暴力
 ―縄文・弥生時代と中石器時代を中心に―

中川朋美

    先史時代の暴力を受傷人骨から検討した研究において,狩猟採集民の社会では組織的な集団間闘争は見られないという主張が主流であった。しかし,近年中石器時代や現代における狩猟採集民の受傷人骨の割合から,狩猟採集民の社会でも高い頻度でこうした集団的な暴力が見られるという主張がされてきている。そこでここでは, 発表者らの古人骨の集成データに基づいて,中石器時代のヨーロッパ,縄文時代,弥生時代における受傷人骨の割合を示し比較・検討する。

P-14 弥生時代西日本における木器製作技術の伝播と変容
 (2016年度修論)

鶴来航介

    従来共伴土器の年代に従属的であった広鍬の編年観を、形態と製作技術の両面から見直した。その結果、各形態間の関係性が鮮明になり、個々の属性の変化を段階的に示すことができた。これを地域間で比較することにより、外的要因による形態的あるいは技術的変化を特定することが可能となり、製作技術を伴う情報の伝播がより具体的に明らかになった。今回の方法を木器研究全体に応用することで、流通圏や器種間分業に対する理解の促進が期待される。

P-15 和食の成立過程: 古代における飯用食器とオカズ・汁用食器の作り分け

小林正史

    「1汁〇菜」形式の配膳(汁と1~種類のオカズを伴う)と「手持ち碗に盛った米飯を箸食」といった日本の伝統的食文化(和食)の特徴の成立過程を検討した。その結果、5世紀後半における米蒸し調理への転換と連動して、飯用食器が置き食器(小型高坏)から底持ち食器(須恵器杯Hの蓋部)に転換した、などの点が明らかとなった。杯Hの蓋部は飯用(曲げ物のお櫃・笥から盛り付けた米飯を、指で丸める手食による口に運ぶ)、身部は汁・オカズ用という使い分けが想定された。

P-16 奈良県斑鳩大塚古墳の発掘調査結果

豊島直博、岩永祐貴、土屋博史、泉眞奈、桑原一徳、田口裕貴、松澤健太

    斑鳩大塚古墳は奈良県斑鳩町に所在する古墳である。1954年に忠霊塔の建設に伴い、最初の発掘調査が行われた。墳頂部の粘土槨から銅鏡、筒形銅器、石釧、鉄製武器・武具が出土した。直径35mの円墳で埴輪と葺石があると報告されているが、墳丘の詳細は明らかではない。2014年より、奈良大学文学部文化財学科は斑鳩町教育委員会と共同で墳丘周辺の発掘調査を開始した。その結果、本来の墳丘はさらに大きいこと、東に造り出しをもつこと、周濠が巡ることなどが判明した。今回の発表ではこれまでの調査の成果を報告する。

P-17 墳墓上儀礼行為の変遷からみた大型墳墓受容に際した周縁地域の動態

土井翔平

    本研究は関東地方北部を対象とし、弥生時代後期から古墳時代前期にかけての複数の墳墓上儀礼行為の変質から周縁地域の動態を検討した。具体的には、北武蔵・上野・下野の各地域で保有する儀礼行為①底部焼成後穿孔土器、②大型壺供献儀礼、③囲繞配列の3点に着目し、地域ごとの儀礼行為の波及と展開を分析した。
 検討の結果、古墳時代前期中段階の本稿編年Ⅲ期(廻間Ⅲ式並行期)に各地域特有の儀礼行為が相互に波及する画期があることが確認できた。また他地域の儀礼行為の受容にとどまらず、②大型壺を③囲繞配列器種の中に組み込むというような従来の儀礼行為の変質もみられることから墓制の面での地域統合の結果と解釈することも可能である。

P-18 宮山系特殊器台の産地分析

中園 聡・平川ひろみ・太郎良真妃・若松花帆/春成秀爾

    宮山系特殊器台の産地問題を含む生産-供給の実態の解明を通じて、弥生-古墳移行期の理解を進めることを主な目的として、蛍光X線分析による胎土分析を実施した。岡山県内の諸遺跡出土の特殊器台をはじめ、日常器種など関連資料の分析値の解析と比較により、小地域間・遺跡間で胎土に有意な差があるか、広域供給か遺跡ごとの製作か、といった考古学的問題の解明に資する新たな知見を得た。そのほか、墳墓ごとの胎土のまとまり/ばらつきの評価から、供給の一括性の強弱をうかがう手がかりなども得られた。本発表では以上の事柄について、型式学的検討や地質環境との関係なども併せて検討することで、踏み込んだ議論を行なうものである。

P-19 弥生時代甕棺墓の蛍光X線分析からわかること

中園 聡・平川ひろみ・太郎良真妃・若松花帆

    弥生時代北部九州の甕棺墓について、蛍光X線分析による胎土分析を実施してきた。これまでの分析で、甕棺は日常土器と同様ほぼ集落単位で製作されたことや、甕棺の上甕と下甕がセットで製作された墓地・墓群とそうでないものがあることなどが判明している。近年の墓地の悉皆的分析等を通じて、さらに詳細かつ多岐にわたる情報が得られるようになっており、それを報告するとともにこうした手法の適用の重要性を論じる。

P-20 考古資料の三次元記録の実践と活用

太郎良真妃・中園 聡

    我々はこれまで様々な遺物・遺構の三次元記録と研究・普及への活用に取り組んでおり、データや事例を多く蓄積している。とくに、特殊なものだけでなく、土器片など通常適用されないごく「普通の」考古資料を対象とした実践例を多数提示しつつ、型にはまらない記録と研究への応用の特徴や魅力を述べ、発展性を論じる。前回に続き新たな事例を紹介し、考古学における研究法としての普及も企図するものである。

P-21 土器製作者と土器作り
 ―北タイにおける民族考古学的調査から―

平川ひろみ

    民族考古学的調査では、通常の考古学的調査では得られない豊富な情報が得られる。それは、少なからず先史・古代の土器製作の復元に役立つものを含んでおり、過去の復元におけるミドルレンジセオリーの一つとして、大いに活用すべきものである。そこで、北タイの伝統的土器製作村で実施してきた民族考古学的調査で得られた成果をもとに、土器製作と土器製作者をめぐる濃密な諸情報について紹介するとともに、参加者と議論したい。

P-22 震災と原子力災害からの文化財を通した地域づくり

三瓶秀文・川田強・堀江格・岡村勝行

    東日本大震災とそれにともなう福島第一原子力発電所事故から6年が経過し、避難指示区域の再編が進む中で、有形・無形の文化財を取り巻く状況もまた刻々と変化している現状がある。さらに住民と地域が離れてしまった現状下では、震災後に保全された様々な文化財は単に歴史資料であるにとどまらず、地域の紐帯 の核としての役割も含めてその位置づけが見直されており、包括的な資料の保全と活用の在り方が模索されている。今回は、少しずつではあるが避難指示区域も縮小しているなかで、文化財の置かれた現状と今後へ向けての取り組みや課題を報告し、震災と原子力災害からの文化財を通したあらたな地域づくりの在り方に ついて考える。

P-23 環状盛土遺構の形成と遺物出土状況
 ―栃木市中根八幡遺跡第3次調査の成果―

小林青樹・中村耕作・岩永祐貴・萱原朋奈・新里遥

    栃木市中根八幡遺跡は、縄文時代後晩期を中心とする大型環状盛土遺構であり、今回は、國學院大學木短期大学と奈良大学の共同発掘調査の第2次調査の成果である。環状盛土遺構では、小山市寺野東遺跡において、祭祀具などの出土地点に偏りがあることが確認されている。今回の報告では、中根八幡遺跡での状況との比較を通じて、遺跡形成と遺物出土状況の関係について検討を行う。