2003年2月、初めてのベトナム旅行から帰国した私は、JR信濃町駅ビル2F、大城クリニックへ飛んで行きました。元慶応大学形成外科医師、現大城俊夫クリニック院長です。大城先生とは慶応大学病院で医師・看護婦として共に仕事をして来ました。写真を見て下さった大城医師は、「母斑性母斑」と病名を教えて下さいました。「レーザー治療で綺麗に成るよ。来日したら手術してあげるよ。」と無償で治療を約束して下さいました。
2003年10月友人の好意で、フオンさん・ガアーちゃんの来日が実現しました。2003年2月、ベトナム訪問から8ヶ月後の事でした。国際的制約問題で困難にぶつかり簡単には行きませんでした。来日当日2003年10月11日、大城俊夫先生のクリニックへ出かけました。「ガアーちゃん、遠くから良く来ましたね」と優しく声を掛けて下さいました。日本レーザー協会副会長・世界レーザー国際学会事務局長・大城医師の診察を受けました。
診察は、顔・手足・全身の枯葉剤障害アザの実態の写真・記録と成りました。特に、ガアーちゃんの腰周りの巨大腫瘍には、驚きを持って診察して下さいました。大中小顔面アザ(300ヶ以上)の治療方針も決まりました。両頬から2ヶ所試験的レーザー治療を試みたのです。
来日前に、手術に必要な局所麻酔テストをして来なかった為に大掛かりな手術は出来ませんでした。不慮の事故が起きた時に国際問題に発展するからでした。ガアーちゃんは、「大城先生、今日私の顔のアザを全部綺麗にして下さい」と小声でお願いしたそうです。
通訳の留学生から大城先生に伝えられました。「僕がガーちゃんの顔は綺麗にしてあげるからね」と大城医師から優しい言葉を掛けて頂き納得したガーちゃんの笑顔が印象的でした。
ガーちゃんの驚く様な大きな腰周り腫瘍についても、大城先生は目の前にそびえ立つ慶応
大学病院院長に電話をして下さいました。
「人道的立場で、ベトナム戦争後遺症枯葉剤被害児の腫瘍摘出手術を許可して下さい」とお願いして下さいました。
病院院長は、「大城、お前は自分で何を言っているか分っているのか?何処にアメリカの枯葉剤と云う証拠が有るのか?慶応大学はアメリカと特別な関係に有るので、決してアメリカに逆らう者の言い分は認めない」と怒鳴られました。
フオンさん・ガアーちゃんの目の前の出来事でした。留学生の通訳で経過を聞いた2人はがっかりしてしまいました。
大城先生の好意はここで消えてしまいました。「物は考えようだよ。これでガーちゃんは手術可能だと言う事がハッキリしたのだから、頭を切り替えて再出発しょう」ガーちゃんとフオン所長さんを慰めて下さいました。今まで何処の誰が、ここまで枯葉剤障害児に対して配慮してくれた人がいたでしょうか。
私の大きな感動でいっぱいでした。「大城先生有難う」心の中で叫んでいました。石橋を叩いて渡っている支援運動は、もう一歩も後へ引けない所まで来ていました。両頬1ヶ所ずつのアザ切除後に綺麗なピンクの皮膚が見えていました。ガアーちゃんは、鏡でそれを見詰めて未来が見えて来た事への喜びを感じていました。今回来日目的は終了しました。10日後には一度帰国しました。
半年後、2004年2月、私はガーちゃんを迎えにベトナムへ向かいました。ベトナムの(鳥インフルエンザ)騒動に一揆一裕していた時期でした。
当時ハノイ市内は勿論全く問題にも成っていませでした。ベトナム厚生省関係者・医師との相談の結果も来日OKとの判断でした。フオン所長さんの「平和村」責任者としての気持ちも理解できましたが今回は経済的支援に限界が有り今回はガアーちゃんだけでの来日に成りました。ノイバイ空港では、大勢に見送られ小躍りしながら私の腕にしがみつき、ガアーちゃんの心はすでに日本に飛んでいました。
前日、ガアーちゃんのお父さんが「平和村」へお別れに来ていました。「我侭な子でご迷惑を掛けると思いますが宜しくお願いします」と挨拶されました。退役軍人の父親の苦しみが伝わって来る思いでした。
5人の兄妹の、長女が脳性麻痺左半身不随障害児、長男・次女・三女は健康、四女のガアーちゃんが全身アザに包まれ、特に腰周りの巨大腫瘍は目を覆いたくなる残酷さで、人間のお尻とは思えない状況に有ります。
日本での手術には、1000万円以上は掛かるそうです。「ベトナムの大学病院でも必ず手術出来るよ。もし無理だと云うなら僕が応援に行くよ」とまで云って下さった大城先生の気持ちをどんなに嬉しく思ったことでしょう。
ガアーちゃんの来日は3度目です。大きなスーツケースを引きずりJRで我が家へ。我が家では、部屋の中を見渡して私のベッドを見つけ「ガアーちゃんと松本二人で寝るのか?」と手仕草にうなずくと、嬉しそうに飛びついて来ました。今どんなに心細い気持ちかと思うと強く抱き締めて上げました。
それから嵐の日々の始まりでした。早速大城先生に連絡を取りました。「エーもう連れて来たの?鳥インフルエンザで日本中が大騒ぎをしているのに?大城クリニックには出入りしないでくれよ」と云うのです。
「ベトナムでは、鳥との接触もない地域でしたし皆さんで判断して来日しました。日本の厚生省にも問い合わせましたが、規制はしていませんとの回答を得ています」と答えました。
「僕の所は客商売だから報道されているベトナム鳥インフルエンザの国から、患者が来日しているとの噂が広まって閉鎖に追い込まれると困るので絶対に来院しないでくれ!」と云われ窮地に追い込まれました。
「先生からの連絡を待って我が家で待機しています」と。ひたすら待機の日々でした。その間に、ガーちゃんと婦人集会へ参加して枯葉剤障害児来日を理解してもらう時間に宛てました。
デーズ二―ランド・後楽園・東京タワーと、大城先生からの連絡待ち、待機中に悲しい思いをさせない為に毎日出掛けて歩きました。横井久美子さんの「国分寺こけしや集会」へも出掛け、会場の皆さんも突然現れたガアーちゃんを歓迎してくれました。ガアーちゃんと早乙女勝元さんとの出会いも有りました。二週間の大城先生からの連絡待ちの待機には疲れました。ガアーちゃんもだんだん元気が無くなり「何故、大城先生に合えないの?何故手術しないの?」と疑問を投げかけて来ました。「今回の手術はダメかもしれない」と思いました。
毎夕ベトナムと電話連絡を希望するガアーちゃんを通じて現状報告をしました。「平和村」の落胆の様子が伝わって来ました。
今回は諦めて帰国させようと航空券の手配の為に出掛けた、JRの中で大城先生からの電話を受け取りました。「○月○日、手術をする事を医局会議で決めたので、必要書類を持参して来院する様に」との連絡にガアーちゃんと手を取り合って歓びました。
来日以来二週間目の事でした。通訳を伴い大城クリニックへ、「ガアーちゃん良く来たね」と何事もなかった様に大城先生は優しくガアーちゃんを迎えてくれました。
早速手術準備に入りPM3時から二時間かけて、右頬アザ切除のレーザー手術は開始されました。私の手を強く握り、痛い麻酔注射にも我慢していました。「強いね・ガアーちゃん偉い・頑張れ・ガンバレ」と大城先生に励まされていました。スタッフと切除するアザを数えながら、右頬から153個のアザが切除されました。痛々しい術後のガアーちゃんは、右頬のガーゼを手で押さえ(カムーン・有難う)と大城医師にお礼を云っていました。
「明日から毎日、傷のガーゼ交換に来日して下さい」との指示にスイカーで信濃町へ通院する日々が続きました。私は自宅で、投薬・ガーゼ交換・軟膏貼付の介助をしました。さすが痛みに耐えかねたガアーちゃんは夕食を取りませんでした。毎日傷のガーゼ交換に、信濃町〜亀戸往復の日々が続来ました。2日目からは元気を取り戻し、上手に食事も取れるように成りました。
二週間後、左側レーザー手術を施行しました。麻酔注射に声を上げ泣きながら、160個のレーザー焼却に耐えたガアーちゃんの手を強く握ってあげることしか出来ませんでした。翌日には、ケロッとしてガーゼの合間からバナナやサンドイッチ・牛乳を上手に飲んでいました。子供の快復振りには驚かされました。
術後3日目、熱も出さず疲れを見せずに、ベトナム旅行で友だちに成った日本人女子大生3人と上野動物園に出掛けて行きました。その後も、長野からの女子大生2人も飛んで来て都庁展望台に出かけました。ガアーちゃんが気分転換の休日を楽しみ事故がない事を祈るばかりでした。顔中ガーゼに覆われながら人目も気にせず楽しい時間を過していました。町を歩く人々は行き過ぎてからアッと振り返るのです。何度か同じ場面に出会いましたが本人のガアーちゃんは何ら気にする事なく兎に角、楽しく飛んで歩いていました。
通院2週間後に「そろそろ帰国を考えても良いよ」と大城先生に云われ飛び上がって喜ぶガアーちゃんでした。夜には早速ベトナムのフオン所長さんに報告の電話を入れました。こうして45日間の、松本家と信濃町との往復通院は終ろうとしていました。
手術後、新しい皮膚が形成されるまで中3ヶ月を置かないと次回の手術は出来ません。「ベトナム〜日本の往復を繰り返す事は、君たちも大変だろう」と大城先生から一つの提案が有りました。「僕が平和村に、レーザー機器をプレゼントしよう!」との言葉でした。
2004年9月、ベトナム・ハノイ国立皮膚科病院・平和村・フエ医科大学病院の3ヶ所で、レーザー講演会とレーザーデモンストレーションが行われました。大城先生は、自費でベトナムへ、無償で講演会を開いて下さりそれぞれの所で医師に指導をして下さいました。医師が交互にレーザーを持ち交互に患者さんに成って訓練に励んでいました。「平和村」では枯葉剤障害児乳幼児リハビリ訓練に、レーザー治療を取り入れ素晴らしい治療効果を上げています。
2005年9月、東京で開かれた「世界国際レーザー学会」に大城先生から招待されて「平和村」フオン所長さんは来日しました。世界のレーザー学会の医師たちに、大城先生の「ベトナムに対する大きな貢献」に対するお礼と今後、世界からベトナムに支援の目を向けてほしい事を訴えました。2006年7月、長野で開かれる「レーザー学会」にベトナム国立皮膚科病院副院長khang医師が来日します。私も長野へ出かけてお手伝いをしたいと思います。大城先生の好意で、ベトナム医師が来日できる事に心から感謝の言葉を申し上げます。
私の始めた小さな枯葉剤障害児医療支援は4年目を迎え、留まる事のない運動に発展して行きました。障害児たちは「私のことも治療してほしい!」との願いで私たちの来訪を待っています。
私のライフワークとして後半生の全てを掛けて、ベトナム枯葉剤障害児と向き合って行くつもりでいます。今後ともに皆様のご協力とご支援を心からお願い致します。
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