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アリスは締切りの近い原稿を何とか仕上げ、ほっと溜息を吐いた。 時刻はもうすぐ4時。夜明けがもうそこまで迫っている。 ほとんど倒れるように布団に潜り込むと、アリスはすぐに眠ってしまった。 「ん…?何やこの匂い…」 重い目を開けて時計を見ると、針は8時半を指していた。 まだ全然眠り足りないと感じながらも、食欲をそそる匂いに刺激され、アリスはまだ覚醒しきっていない、頼りない足取りでキッチンへと向かった。 「よぉ。思ったより早いお目覚めだな、先生」 キッチンに立っているのはよく見知った男だ。 食卓には美味しそうな朝食が並べられている。 「そうか。火村来てたんやったな」 そう呟いたアリスに、火村は肩を竦めて見せた。 「おいおい、アリス。原稿に追われてるお前のために寿司を持ってきてやっただろう。しかも朝飯まで用意してやった俺に、酷い言い草だな」 火村は昨日からアリスの家に泊まっていた。 原稿に追われている彼は、ろくなものを食べてないだろうアリスのため、京都から大阪まで寿司を土産にやって来たのだ。 「ん、ごめん」 あくび混じりの謝罪に火村は苦笑する。 「まぁいい。顔洗ってこいよ。朝飯にしようぜ」 「そうやな」 目をこすりながら歩くアリスを、火村は誰にも見せたことのない優しい目で見送った。 「あ〜、美味かった」 食後のコーヒーを飲み干し、アリスは満足そうに目を細め、慣れた手つきで煙草を咥える火村に目をやった。 「何か君、通い妻みたいやなぁ」 「新婚ごっこの次は通い妻か?そうだな、それじゃあ…」 キャメルを片手に火村はにやりと人の悪い笑みを浮かべた。 その表情にアリスは一瞬身構えた。こんな顔をする時の火村は、ろくなことを言い出さないからだ。 「健気な妻に、お礼のキスでもしてくれよ」 「…朝から何の冗談や」 内心慌てつつも平静を装うアリスを面白そうに眺めながら、火村は紫煙を吐き出した。 火村のからかいに、いつも過剰な反応を示すアリスが楽しくてしかたがない。 そして、何よりも愛しい存在…… 「できないのか、アリス?」 「恥ずかしいヤツやな、お前」 恨めしそうに睨んでみせるが、そんな表情も火村を楽しませていることを、きっとアリスは知らない。 「何だよ、今更キスぐらいで。いつもは…」 「うあぁ、もう分かったから黙れっ」 大声で火村の言葉を遮ると、勢いよく立ちあがり彼の傍へと移動する。 火村は短くなった煙草を灰皿に押し付けると、イスに座ったままアリスを見上げた。 「どうした?」 「目ぐらい閉じたらどうや」 寝不足のせいか、恥ずかしさのせいか、目元を朱に染めるアリスに、くくっと小さく笑った。 ここで下手なことを言って怒らせるのもつまらない。火村は素直にアリスに従う。 「何で俺がこんなこと…」 ぼやきながらも、アリスはゆっくりと火村の肩に腕を絡ませる。 そしてそっと彼の頬に唇を寄せた… 朝の柔らかな陽射しが二人を映し出す。 二人だけの甘い時間はまだまだ始まったばかり…… 〜E N D〜 |