櫻舞うとき 2








 ふと気配を感じて、男は瞼を上げて振り返った。
 一際強い風が吹き、舞い散る花弁が男の視界を遮る。
 細められた視線の先には一つの影。
 ゆっくりと、けれど確かな足取りで真っ直ぐに近付いて。
 眇められた瞳が僅かに見開かれる。
「この馬鹿。一人で何をやっていた」
 目の前に立った瞬間不満そうに呟かれる言葉。
 返事をすることなく突然現れた男の整った顔を眺めた。
 あれほど美しく咲き誇っていた桜も、この男の前では霞んでしまう。
 鮮烈で、瞳を捉えて放さない―――
「どうして此処に…」
 漸くそれだけ口にするも、珍しくそれ以上言葉が繋がらなかった。
「僕は探偵だぞ?それに、お前のことなら何だって知っている」
 自信に溢れたその言葉に思わず苦笑する。
 良く知った男――榎木津に抱き寄せられ、中禅寺は苦しげに眉を寄せた。
「本当に……敵いませんよ、貴方には」
 緊張感が切れてしまったように身体から力が抜け、榎木津に大人しく身を預けたまま気怠げに口を開いた。
「当然だ。…ふふ、懐かしいな」
 頭上から降ってくる楽しげな笑みに顔を上げると、榎木津は視線を中禅寺より僅かに上に向けていた。
 不機嫌そうだった様子は一変し、嬉しそうに口許を綻ばせている。
「何が、視えるんですか」
 一体どんな過去が映っているのか…聞かずとも分かるような気がしたが、中禅寺は敢えて疑問を口にした。
「僕だ。それに桜。ああ、あの日も桜が満開だったな」
 矢張り――想像通りの答えに僅かに口の端を上げる。
「覚えているとは思わなかった」
「ふん。お前のことは何でも知っているし、覚えている。今までも、これからもだ」

 強くなる腕の力。
 そう、あの日も桜が舞っていて。
 力強い腕に抱き締められた。
 榎木津は今日と同じように突然中禅寺の前に現れた。
 帝王の呼び名に相応しく誰よりも傲岸不遜で。
 そして誰よりも鮮烈な彩をその身に纏い。
 それは全ての始まり。
 心地好い腕の中でゆっくりと瞼を下ろし、遠い過去の記憶を辿る―――
   



                       next>>