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口付けを受けた花弁は少年の指先から離れ、風に舞った。 戯れのように目の前で小さな円を描いた後、それは数多の花びらと混じり、視界から消えていった。 「此処で何をしていた?新入生だろう」 少年の声に意識が現実に引き戻され、中禅寺は目の前の整った顔を見つめた。 問いに答えるように、手にしていた本を軽く持ち上げる。 「読書を。決まり切った話を聞くより有意義でしょう」 片眉を上げる中禅寺に少年はふふっと嬉しそうに笑った。 「名前は?」 「人に名前を聞く前に、自分から名乗るのが礼儀だと思いますけどね」 身を乗り出して顔を近づける少年から距離を取り、憮然と言い放つ。 その言葉に少年は驚いたようだった。 「僕を知らないのか?」 「当たり前だ。初対面でしょう」 怪訝そうに眉を寄せて少年の顔を見つめてみても、全く見覚えはなかった。 ビスクドールのように整ったその顔立ちは、一度見れば忘れないだろう。 そんな中禅寺の困惑を余所に、少年は威張るように両手を腰に当てて威張るように胸を張った。 「僕は榎木津礼二郎だ」 聞き覚えのある名だった。 元子爵。 すぐに答えは思い浮かんだが、興味はない。 「僕は中禅寺秋彦」 端的にそれだけ云うと、この場から立ち去ろうと一歩前に踏み出した。 「中禅寺…お前は僕を好きになるぞ」 突然の宣言に中禅寺の足が止まる。 「何ですか、それは」 無視をすれば良い。 頭ではそう思ったが、思わず訊いてしまった。 「僕がお前を好きになったから」 当然のようにきっぱりと云い放たれた台詞。 理解するのに僅かに時間が掛かった。 中禅寺は唖然として人形のような顔を見つめた。 「…あんた、云ってることが無茶苦茶だ」 「僕は間違ったことは云ってないぞ。何故なら僕は神だからだッ」 「神?」 呆れを通り越して思わず笑ってしまった。 確かに先程からの傲岸不遜な態度は神と云えるかもしれない。 肩を震わせて笑う中禅寺の姿を、榎木津は真面目な顔になってまじまじと見つめた。 視線を感じて中禅寺はふと顔を上げると、すぐに不機嫌そうな表情に戻った。 「…何です?」 「……可愛いッ」 突如中禅寺の視界が遮られ、手にしていた本が音を立てて地面に落ちた。 息苦しさと共に抱き締められたことに気付く。 見た目よりずっと力強い腕から逃れようとしたが、びくともしない。 背の高い榎きずの胸に、自然と顔を埋める格好になる。 「ちょっ…離せ」 「少し痩せすぎだな」 慌てる中禅寺を無視して、榎木津は悠長にそんなことを呟く。 「大きなお世話だ」 溜息混じりに零された言葉には、既に諦めの色が滲んでいた。 神を止められる者などいないのだ。 「見つけた。絶対に離さないぞ」 背に回された腕の力が強くなる。 見つけた――― ふっと中禅寺の身体から力が抜けた。 榎木津の姿を見たときから続く胸騒ぎ。 そう、見つけてしまったのだ。 きっと離れられない。 それは予感ではなく確信。 青い青い空の下。 薄紅の花が舞う中で。 ゆっくりと刻が動き始めた瞬間。 其れは全ての始まり――― next>> |