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店先には『骨休め』と主の手で書かれた木札が掛かっていた。 木場は母家へと回り勝手に上がり込んだ。 一応声はかけたが返事はなかった。 どうやら細君はいないらしい。 茶は期待できそうにねぇな、そんなことを考えながら廊下を進むと榎木津の頭が見えた。 毎度のことながら座卓に足を突っ込み、長い身体を投げ出してだらしなく寝そべっている。 顰め面で近寄ると、ぱちっと目を開いた。 「おおっ!京極、箱男が来たぞ。相変わらず四角いな」 「うるせぇぞ、へぼ探偵が。黙ってろ」 声を弾ませる榎木津を睨め付けながら座敷へ入る。 主はいつものように床の間に背を向けて座り、仏頂面で本を読んでいた。 「よう、邪魔するぜ」 顔も上げない主に向かってどうでもいい挨拶を済ませ、向かい側に腰を下ろした。 「愚妻は不在ですから、もてなしはできませんよ」 中禅寺もまたどうでもよさそうに返事を返した。 やはり細君は出かけているらしい。 「気にすることはないぞ。こんな馬鹿をもてなす必要なんかないさ」 いつの間に起き上がったのか、座卓に肘をついて榎木津がへらへらと笑っている。 「探偵ってのはよっぽど暇らしいな。遊んでねぇで、少しぐらい世のため人の為に働いたらどうだ。もっともてめぇなんざいくら頑張ったところ役に立たねえけどな」 木場は腕を組んで甲高い怒声を浴びせかけ、馬鹿にするように鼻で笑った。 しかし怒鳴られた探偵は全く気にした風もなく、大きな口を開けて欠伸をした。 眼の端に滲んだ涙を長い指で拭ってから、緩慢な動作で木場に顔を向ける。 「顔だけじゃなく声もでかいな、木場修。目が覚めちゃったじゃないか。だいたい、お前こそ何でここに来たんだ。ははあ、分かったぞ。とうとう辞めさせられたんだな」 辞めさせられたんだ、と高笑いをしながら繰り返す男を、木場はさらに凶悪な顔をして見据えた。 「黙れ、礼二郎。殺されてェのか」 どすを利かせた声も長年の付き合いである榎木津には全く通用しない。 「ふん。神がお前みたいな豆腐男に殺されるものか」 榎木津は半眼になって偉そうにふんぞり返り、見下ろすうように木場に視線を寄越す。 まるで神が人を審判するかのごとき不遜な態度に、木場は辟易としながらちらりと古書肆の方へ目を向けた。 二人の声など聞こえてもいないかのように涼しい顔で黙々と本を読んでいる。 そもそも木場は、近くまで来たついでに休みがてら立ち寄っただけなのだ。 それがここに来てから逆に疲れは増長している。 木場は中禅寺の方を向いたまま、ガシガシと頭を掻いて大袈裟に溜息を吐いた。 「何を見てるんだ、気持ち悪い。云っておくが京極は僕のだぞ」 突然飛び込んできた意味不明な言葉。 理解し難い台詞に一瞬間を置いて、木場は眉を顰めながら榎木津に向き直った。 「誰が、何だって?」 「一回で理解できないとは救いようのない馬鹿だな。馬鹿下駄だ。馬鹿の為にもう一度云ってやろう」 榎木津は馬鹿だ馬鹿だと喚きながら快活に笑い、中禅寺を指差した。 「あれは僕のだと云ったんだ。解ったか」 中禅寺は榎木津のもの。 頭の中に浮かんだフレーズに木場は苛立ちを覚えた。 それが何に起因するものなのか、木場は気付いてはいない。 「一寸待て。どういう意味だ」 「その豆腐みたいな四角い頭の中にはまた豆腐が詰まっているのか。本当に馬鹿だな」 「うるせぇッ。てめぇが訳のわからねェことをぬかすからだろうが」 木場は身を乗り出すようにして呆れたように云う探偵を怒鳴りつけた。 「自分が馬鹿なのを棚に上げて、人のせいにするな。京極、お前もこの馬鹿に何か云ってやれ」 言い争っていた刑事と探偵は、同時に一人傍観者を決め込んでいる中禅寺に視線を向けた。 next>> |