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「二人とも」 ずっと黙っていた古書肆が本から目を離さぬまま口を開く。 「痴話喧嘩なら余所でやってくれないか」 中禅寺は良く通る声で淡々と二人に告げた。 「何でこの僕が下駄男と痴話喧嘩なんかしなくちゃあいけないんだ」 「気持ち悪ィことをぬかすんじゃねぇよ。誰がこんな馬鹿と」 二人はほぼ同時に叫んだ。 漸く顔を上げた中禅寺は耳が痛い、と眉を寄せて云ってから小さく笑った。 「ほら、随分と気が合ってるじゃないですか。うるさいから続きは余所でどうぞ」 犬でも追い払うように二三度手を振ってから、中禅寺は再び本に目を落とした。 残された二人は互いに顔を見合わせて嫌そうにその表情を歪めた。 「京極」 先に口を開いたのは榎木津だった。 その眇められた瞳は既に木場を見ておらず、中禅寺を捉えている。 「お前、覚悟はできてるんだろうな」 珍しく低く真剣な声色に木場は云おうとした言葉を呑み込んで成り行きを見守った。 ――何なんだ、この妙な雰囲気は… どうも釈然としないどろどろとした感情が心の奥底で渦巻いていてすっきりしない。 「覚悟?何の覚悟をしろと?」 中禅寺は半眼で睨み付ける榎木津に一瞥をくれ、すぐに視線を戻して表情を崩すことなく云った。 平然とした中禅寺とは逆に、榎木津の表情は更に険しくなる。 どうやらかなり怒っているらしい。 榎木津が本気で腹を立てている姿は中々見れるものではない。 「一寸待てよ、手前ら一体何の話をしてやがる」 二人の雰囲気に気圧されていた木場は漸く自分を取り戻した。 「うるさいぞ。馬鹿が口を挟むな。これは僕とこの本馬鹿との問題だ」 「俺に指図するんじゃねぇ。風穴空けられてェか!何様だてめェは。そもそもこいつはモノじゃあねぇだろうが。いつからてめェの所有物になったよ。え?」 どんッ、と木場が座卓に拳を叩きつけると、榎木津はすくっと立ち上がって仁王立ちになった。 「何様?決まっている、僕は神様だッ!京極はずっと前から僕のだからお前なんかが割り込む隙はない。諦めろ」 「俺は手前ェなんぞの指図は受けねぇ。お前の馬鹿な下僕共と一緒にすんな!」 「いいから帰れ。僕は京極と話があるんだ。馬鹿修の相手をしている暇はない!」 「何だと?やるか、コラ」 榎木津に見下ろされてふつふつと湧き上がる苛立ちに、木場も立ち上がって乱暴に右足を座卓に乗せた。 激情に流されるように太い腕を榎木津に向かって伸ばそうとしたその時―― 「旦那」 中禅寺の静かな声が呪となって木場の動きを止めた。 「何だ、手前ェは黙ってろ」 木場は榎木津から目を離さぬまま怒鳴り、再び榎木津に掴みかかろうと体勢を整える。 「そういうわけにもいきませんよ。うちを壊されでもしたら困りますからね」 中禅寺は丁度読み終わった本を、すぐ傍に積み上げられている書籍の山の上に乗せ、音もなく立ち上がった。 すっと木場の元に近寄ると、その肩に手を置いて顔を近付ける。 「とりあえず、その足を下ろしてもらいましょうか」 静かな、けれど有無を云わさぬ強い口調に、木場はちっ、と舌打ちして渋々云われるままに足を下ろした。 next>> |