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―――情けない。 何をやってるんだ俺は。 そもそも自分が何に腹を立てているのかもはっきりとしない。 「旦那。すみませんが、今日のところはこの辺にしといてください。署の方にも戻らなくてはいけないでしょう」 「ああ…」 「そうだ!帰れ、帰れ」 続けようとした言葉は榎木津の奇声に掻き消される。 憤然として我侭な探偵を見やると、彼は満足そうな笑みを浮かべていた。 その表情にかっとするも、木場は何とか怒りを押し殺して中禅寺に向き直った。 「これ以上こいつの顔見てると馬鹿が伝染る。邪魔したな」 「そのとウりだ。良く分かってるじゃないか、邪魔な積み木人間め」 「うるせぇッ!手前ェに云ったんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ!」 すれ違いざまに濁声で物騒な台詞を吐きながら、木場は大股で玄関へ向かった。 その背中を中禅寺が追ってくる。 そんな奴見送る必要ないぞ、と喚く榎木津の声が座敷から響いてきた。 「すみませんね、おかまいもできなくて」 榎木津の声を背中に受けながら中禅寺は苦笑する。 木場は扉を開いてから振り返り、ふんと鼻で笑った。 「そんなもんはなっから期待してねぇよ」 「まあ、それもそうでしょうけどね。次は酒でも用意して歓迎しますよ」 中禅寺は懐から手を出し顎を触りながらふっと笑った。 「けっ。下戸と一緒に飲んでも美味かねぇよ」 木場はそう毒づいてからじっと中禅寺の顔を見つめた。 「京極、お前・・・」 そこまで云って木場は言葉を止めた。 何を訊こうとしたのか自分でも良く分からない。 「どうかしましたか」 怪訝そうな声にふと我に返った木場は、首を振って何でもねぇと小さく呟いた。 相変わらず不機嫌そうな顔をした痩せ過ぎの古書肆。 顔だけは整っている不遜な探偵。 京極は榎木津のモノ――― 木場はそこで思考を止めた。 どうせ考えたって分かりはしないのだ。考える前に動け。 木場はぐっと中禅寺に詰め寄ってその頭を大きな手で引き寄せた。 僅かに見張られた目に、木場は心の中でほくそ笑む。 ―――この男の驚いた顔なんざ滅多に見られねぇな クッと喉奥で笑って唇を重ねる。 冷たい唇に形容しがたい思いを抱きながら中禅寺を放すと、木場はくるりと背を向けた。 「あの馬鹿探偵に伝えとけ。お前の思い通りにはさせねぇってな」 それだけ云うと、中禅寺の返事を待たずに後ろ手に扉を閉めてさっさと歩き始めた。 だらだらと続く坂を下りながら木場は煙草を咥えようとして指で唇に触れた。 蘇る感触――― 冷たく――そして思ったよりずっと柔らかかった。 何故あんなことをしたのかは分からない。 ただ、触れたかった。躯がそれを求めていた。 木場はその場で立ち止まり、咥えた煙草に火を点けて夕焼けに赤く染まる空を見上げた。 「やっかいだな」 煙を吐き出しながら呟いて、再び歩き始める。 その顔には言葉とは裏腹に、不敵な笑みが浮かんでいた――― 〜了〜 |