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立ち寄った街のどこかでウイルスを拾ってきてしまったのか、赤髪海賊団の中で風邪が大流行していた。 船員たちの約6割がダウンしてしまい、まだまだその被害は拡大の相を見せていた。 副船長のベン・ベックマンもまたその6割の中に入っていた。 当初よりはやや落ち着いたもののまだ熱は下がらず、自室のベッドで休んでいる。 うとうとと眠りに誘われていた時――― ノックもなく突然ドアが開かれた。 こんなことが許されるはただ一人。 顔を覗かせたのは、予想通り船長であるシャンクスだった。 「よぉ。少しはマシになったか?」 遠慮することなく入って来るシャンクスは、いつもと全く変わらず元気そのものだ。 風邪のウイルスでさえも、彼には勝てないらしい。 ベッドに腰をかけたシャンクスの手が、副船長の額に乗せられた。 熱の所為なのか、その手はいつもより冷たく感じられる。 その冷たさが心地好くて、すぐ離れて行く手を止めたくなる。 「ああ、少しは下がったみたいだな」 シャンクスは満足そうに頷いた。 「何とかな。それにしても、あんたには伝染るって心配は全くなさそうだな」 風邪の所為でいつもより低く掠れた声。 シャンクスは副船長の言葉に顔を顰めた。 「何だよ、俺がバカだって言いたいのか?」 『バカは風邪をひかない』 そんな意味を読みとって、シャンクスは必要以上に不機嫌になる。 「何だ、ちゃんと自覚してたのか」 「うるさい!揃いも揃って同じこと言いやがって。心配して様子見て回ってるってのに、失礼なヤツらだな」 どうやらさっきの台詞を聞くのは初めてではなかったらしい。 まだぶつぶつと文句を言っているシャンクスに苦笑する。 「まぁ、そう言うな。みんな本当はお頭に伝染らないで安心してるんだ」 「それにしたってな……」 まだ納得していないらしい彼は、腕を組んで首を捻る。 いつもなら笑い飛ばしてしまうであろうことをここまで気にしているということは、ここまで来るのに何十回と同じ台詞を聞いてきたのだろう。 「あんたに伝染したくないから、さっさと追い出したかったんだろ」 きっとみんな考えていることは同じ。 長居をされて、もし伝染してしまったら大変だ。 だからわざと怒らせるようなことを言って追い出した。もちろん親しみを込めてのことだ。 「まぁ、そういうことにしといてやるか」 シャンクスも本当は船員たちの気持ちを理解しているのだろう。その顔には、また笑みが戻ってきた。 「そういうことだ。分かったなら部屋に戻ってくれ」 「嫌だね」 「…………」 即答されて、副船長は言葉に詰まる。 小さく溜息を吐き、身体を起こして煙草を咥えた。 「風邪の時ぐらい控えたらどうだ?」 火を点けようとしたそれをシャンクスに奪われる。 「それがなかったらもっと酷くなりそうだ。ほら、返してくれ」 取り返そうとしたが、シャンクスは器用にその手から逃れる。 そして、ニヤリと笑ってみせた。 何かを企んでいる表情――― 「こんなモンより、もっと楽しいコトしようぜ」 シャンクスの目付きが変わる。 いつも強い光を宿す瞳が、妖しく輝く。 (―――ダメだ) 副船長は慌てて視線を逸らした。 その瞳に捕らえられたら逃れられないことは、何度となく証明されてきた。 「寝てばっかりでヒマだろ?」 副船長の躊躇いを余所に、シャンクスは誘うようにその首に腕を回す。 キス。 子供騙しのその口付けだけで狂いそうになる。 「お頭、あんたこそこんな時ぐらい控えろ。さすがに伝染るぞ」 「大丈夫、伝染らねぇよ」 襲ってくる衝動を押さえつけながら突き放そうとしたが、シャンクスは取り合おうとしない。 「熱を下げるために適度な運動で汗をかくといいって言うだろ?俺が手伝ってやるよ」 吐息が触れ合うほどの距離で、低く囁かれる言葉。 瞬き一つで衝動は強くなっていく。 「余計に上がりそうな気がするんだがな」 抵抗する言葉も弱くなっていった。 そんな副船長に、シャンクスは止めのように耳元に唇を寄せた。 「ベック、俺が欲しくないのか――?」 完敗。 最初から勝てるなんて思ってはいなかったけれど、シャンクスの一言が完璧に理性を吹き飛ばした。 「欲しいに決まってる」 首に縋りついているシャンクスをベッドに引っ張り込みながら囁くと、シャンクスは満足そうに笑った。 「よろしい」 ご褒美とばかりに、もう一度副船長にキスをした。 長い長い始まりのキスを――― ………………………………後日談……………………………… その後シャンクスに風邪が伝染ることもなく、船員たちはすぐに回復した。 ただし、副船長を除いて…… 適度どころか過度の運動のため副船長の熱は上がり、さらに1週間寝込むことになったのだ。 その間シャンクスは副船長の部屋への立ち入り禁止を命じられたらしい。 しかし、その命令ををシャンクスが守ったかどうかは謎である――― 〜E N D〜 |