恋愛初期症状
宿に着いたのは、もう辺りが暗くなってからのことだった。
あいにく部屋は二つしか取れず、彼等は二組に分かれてそれぞれの部屋に向かった。
部屋は割と広かったが、置かれたベッドは一つだけ。
三蔵はさっさと部屋に入り、窓を開けた。
新しいマルボロの箱を取りだし、早速一本咥える。
(よりによってこいつとか…)
背後で悟浄の入ってくる気配がする。
悟浄と一緒なのが嫌なわけではない。
ただ、落ち着かないのだ。
ここのところ、悟浄を見ると心がざわめく自分がいた。
何故だか分からない。だからもどかしい。
自分の思い通りにならない心に苛立つ。
できれば一緒の部屋は避けたかったが、もうどうしようもない。
「お前はソファで寝ろ」
悟浄に向かって、三蔵は当然のように言い放った。
「あぁ?勝手に決めんなよ」
悟浄は窓辺に立つ三蔵に歩み寄ってくる。
「何なら一緒に寝るか?ちょうどよくダブルだしな。美人の添い寝ならいつでも歓迎するぜ?」
卑猥な笑みを浮かべながら、三蔵の髪に触れる。
「ふざけるな、エロ河童」
三蔵は眉間に皺を寄せて、悟浄の手を乱暴に払い除けた。
「何だよ、襲われるとでも思ってんの?」
言われた瞬間に目の前に銃を突き付ける。
「死んでみるか?」
低められた声は本気を思わせる。
「今はやめとくわ」
軽く両手を挙げながら、悟浄の紅い瞳が三蔵の瞳を捕らえる。
また心がざわめいた。
そんな心に負けないように、悟浄を睨みつける。
この瞳だ
この瞳が自分を狂わせる
「何だ?」
三蔵を見つめたまま、何も話さない悟浄に問いかける。
悟浄は、はぐらかすように小さく首を振った。
「いいや、何でもない。それより三蔵、勝負しようぜ」
「勝負?」
「そう、酒で。買ったほうがベッドで寝る。どうだ?」
悟浄の提案に、三蔵は考えることもなく答えた。
「くだらんな。そんな無駄な金はねぇよ」
冷めく言い放つ。
けれど悟浄は余裕の笑みを浮かべている。
「別にお前の金じゃないだろ。あぁ、そうか。お前、俺に負けるのが怖いんだな。
ふ〜ん、まぁ俺が相手じゃ仕方ねぇな。じゃあ俺の不戦勝ってことで」
そう言うと悟浄は、三蔵に背を向けた。
「待て」
罠かもしれない。
そう思わなかったわけではないが、気付けば悟浄を止めていた。
「その勝負、受けて立つ」
「後悔するなよ」
「それはこっちのセリフだ」
「三蔵?」
酒を買い占めて、飲み始めてから2時間。
テーブルの上にも下にも、空の瓶がいくつも転がっている。
混濁する意識の中で、三蔵は悟浄の声を聞いていた。
何かがそっと髪に触れる。
何だか分からない。
けれどとても心地好かった。
「少しは気を許してるってことか?」
また悟浄の声がする。
その瞬間、身体がふわりと浮いた。
夢なのか現なのか分からないまま、三蔵は自分を支える腕に身を委ねた。
「この躰は犯罪だよな…」
身体を包む柔らかな布団の感触に、三蔵の意識は少しだけ覚醒した。
その時―――
唇に何かが触れた。
「まぁ、これぐらいの役得は許されるだろ」
うっすらと重い瞼を上げると悟浄の背中が見えた。
悟浄にキスされたのだ。
頭の奥で、そう告げる声がする。
何故だろう。そう分かっても、嫌悪感は少しもない。
ただ、胸が熱くなった。
分からない
どうしてこんなにも苦しいのか
だから悟浄と一緒の部屋は嫌だったのだ
分からない
何故こんなにも気になるのか
……もう寝てしまおう―――
悟浄の持つグラスの中で揺れる氷の音を聞きながら、三蔵はゆっくりと意識を手放した。
静かな夜。
何かが始まりそうな、そんな夜の出来事―――
〜お わ り〜
恋愛末期症状の三蔵サイド。
こんなの三蔵様じゃないわ。。。
直そうかと思ったけど、どうやっても気に入るものはできそうにないから敢えて最初のままで。