如何せんともし難い恋心 1








「この世には不思議なものなど何もないのだよ、関口君」

中禅寺の口からお決まりの台詞が発せられた瞬間。
関口だけではなく、
素知らぬ顔で近くにあった書籍を眺めていた榎木津までもが、
やたらと不機嫌そうな顔をした主人の顔へと視線を投げた。

「そうは言うがね、現にこうして僕の目の前で大福がひとつ消えてるじゃあないか。
これを不思議といわずして、なにを不思議と言うんだい?」
お茶菓子に中禅寺の細君が出涸らしではないお茶と一緒に並べてくれた関口の分のイチゴ大福が、
忽然と姿を消したのはつい先ほどのこと。
食べたのかと榎木津に聞いても首を横に振るし、
かといって一時間前よりずっと得意の詭弁を披露していた彼が食べたとは考えられない。
そうなれば一体イチゴ大福はどこに消えたというのだろうか。

「京極堂、君が食べたわけではないんだろう?」
「当然だよ。人のモノを取って食べるほど腹はすいちゃいないさ。
それになにも君の分をとらなくても、イチゴ大福ならまだ沢山残っている」
「なら、やはりおかしいじゃないか。
君も食べていない、榎さんも食べていないと言っているんじゃ、
イチゴ大福が独りでに消えるなんてありえないよ」
「君も馬鹿な男だな。
いいかい、関口君。食べていないとは言っても、口にしていないとは言ってはいないよ、この男は」
そう言うと中禅寺は先から黙ったままだった榎木津を一瞥し、
芥川の写真に似たポーズで顎を撫でやった。
「先程から随分と静かじゃあないか。喋れない理由でもあるんですか?」
「…………」
ゴクリと榎木津の喉が引き攣ったように動く。
関口はその微かな震えを見逃さず、ジト目で終始黙ったままだった探偵を睨みつけた。
「まさか、榎さん…アンタって人は…」

確かに食べてはいない。
この相手は口に含んだまま飲み込んでいなかったのだから。
だからといってハイ納得では済むわけもなく、
関口は赤面症のように顔を真っ赤にして榎木津の肩を両手で掴み、激しく揺さぶり上げた。

「酷いじゃないか! あのイチゴ大福は絶品だと聞いて食べるのを楽しみにしていたんですよっ。
それを、それを…っ」
「おいっ京極!」
責められ、体を揺さぶられ、綺麗に整ったビスクドールのような顔を顰めると、
探偵は興味が失せたように膝上の書籍に目を落とした書痴の名前を呼び、

「…なんです?」
「お前が悪い!」

一瞬言われた中禅寺どころか関口までが動きを止め、
胸を反らして威張る態度でそう言いきった相手を無言のまま見やった。
先に動いたのは眉根を寄せた京極堂で、
「…僕がなにをしたというんだ?」
当然の問い掛けである。
 



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