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「邪魔な猿がいなくなったぞ」 関口と、関口を見送るらしい細君の足音とが玄関の開く音のあと表へと消えると、 探偵は実に嬉々とした口調でそんな台詞を吐いた。 身軽な所作で立ち上がり、本を読む和装の相手の隣へと歩み寄る榎木津は、 ようやく消えた邪魔者に満足したように普段の彼に増して機嫌良く笑っている。 「あんたは帰らないんですか?」 「猿と肩をならべて歩くなんてまっぴら御免だ」 「では少し離れて歩くといいですよ」 「僕に帰れというのか?」 トーンの落ちた声音に顔を上げた中禅寺は、不意に消えた榎木津の笑みを仰ぎ見るかたちとなり、 相手のいつになく真面目な顔に眉を顰め双眸を細めた。 「暇だ暇だと言うなら、ここにいるより関口君といた方が退屈も紛れると言っているだけだよ」 「猿じゃ役不足だと言っている!」 苛立ったようにドンと畳を踏む榎木津を見上げ、 中禅寺は更に眉間の皺を深くする。 相手が何に苛立っているのか解せず、困ったように榎木津を暫し眺め、 「……どういうつもりだ、榎さん」 立ったままの相手を見上げる為に上向けていた顔に影が射したかと思えば、 やけに整った綺麗すぎる面が至近距離に映り、考える暇もなく重ねられた唇に驚き目を瞠る。 そんな中禅寺を見下ろし睨みつけると、榎木津は曲げた上体を起こし、 「帰る」 一言、言い残すように告げると問いには答えぬまま本で埋め尽くされた室内を大股で歩き、 結局関口の後を追うようなかたちで中禅寺の自宅を後にした。 後を追う事もせず座ったまま、親でも死んだかのような仏頂面で一人残された中禅寺は、 榎木津の行動の意味をいつもの【奇行】として決めつけると、ぬるくなった茶を飲み干し、 「人の気も知らずに勝手な事をしてくれる…」 呟くと眉間に深く皺を刻んだまま、読みかけの本へと目を落とした。 〜了〜 |