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「…火村、また増えとるんちゃうか、コイツら」 足元を走り回る毛むくじゃらの小さい獣を見下ろし、 その後で床に転がって仮眠をとっている相手を見やって、有栖川は呆れた溜息を零した。 そのうち顔でも踏まれかねないこの騒ぎの中でよくもまあ、ここまで爆睡が出来るものだと、 半ば感心しつつ眠っている相手へと歩み寄り、傍にいた子猫を抱き上げる。 と、不意に足首を掴まれ、心臓が跳ね上がる程に驚き、 「っと…」 せっかく抱き上げた子猫を落としかけ、慌てて抱きかかえ直すも子猫はあっさりと腕の中から飛び降り、 火村の頭の横に見事な着地を決めた。 その子猫をこちらの足首を掴んだ手とは逆の手で引き寄せ、 腹の上に乗せて頭を撫でてやりながら、 私立 英都大学 社会学部の助教授こと臨床犯罪学者の先生は相変わらずの性格の悪そうな笑みを浮かべ、 こちらを見上げてくる。 「旦那への目覚ましのキスは後回しで、先に猫にいくのは酷いんじゃないか、アリス」 「なに気色悪いこと言うてんねん。ツッコミどころ満載でどこからつっこもうか迷うやろ、阿呆」 起きるなりの悪ふざけに思いっきり顔を顰めて冷ややかに言い返し、 有栖川は足を払って掴んでくる手を振り解いた。 毎度毎度、この男は真意を捉えかねる。 推理小説家といえど、なかなか火村英生という男の謎解きは容易ではないのだ。 それなのに、相手にしてみればこちらの気持ちなど、とうに見通しているのだろう。 まったく腹が立つ。 「で、人を夜中の電話で呼び出した用事ってなんや? おまえがすぐに来い言うで、 俺は早朝からわざわざこっちまで出向いてきてやったんやで?」 「…ああ、そういえばそんな電話したか。悪いな、忘れてた」 「忘れてた? …火村、おまえ、ほんまに俺に喧嘩売ってっ」 「まあ、そう怒るなよ。せっかくここまで来たんだ。飯でも食いに行こうぜ、先生」 「帰る! 締め切り前で時間ないんや。おまえとのんびり飯食ってる時間があるんやったら、 帰って机にでも向かうわ!」 「なら、創作意欲を掻き立てる話題の提供、なんてどうだ? 最近面白い話を耳にしたんでな」 「……………い、いらん」 「その長い沈黙の後に、どもりながら言われてもなぁ」 揺らいだ意志を見破られ、決まり悪くそっぽを向いて舌打つ。 別に話を聞いて、それを作品の参考にしようという気はない。 それでも、煮詰まったこの状態を少しでも解消するのに役に立つような気がしたのだ。 とはいえ、相手に対する腹立ちが邪魔で素直に頷くこともできず、意志に反した言葉が口をついて出たというわけで、 「……性格悪すぎやで」 もう数えるのも面倒なほど何度も言った言葉を腹いせにと吐き出した。 けれど相変わらず相手は気にする風もなく、涼しい顔で、 「その性格の悪い男に惚れたおまえは、心底物好きだな」 バレていると予想はしていたものの、こうもいきなりきり出されては動揺するも当然で、 返された言葉にギョッとして目を瞠り、阿呆のように大きく口を開いて唖然と火村を見やる。 「な、っ…なっ、なに言うてんのやっ!お、俺は、別にっ」 「まあ、落ち着けよアリス」 「ちゃうで!ちゃうからなっ!ほんまにちゃうっ」 「ああ、わかったわかった」 必死の否定もこの顔の赤さでは無駄なことで、火村は確信をついたという余裕の笑みで可笑しそうに笑い出し、 「アリス」 名を呼ばれ、あさっての方向を向いたまま気休めに無理やり傍にいた子猫を引き寄せ、 「…な、なんや?」 一応の返事を返す。 「そんなに鈍くて、推理小説家がつとまるのか?」 「はぁ!?なに言うてんねん!ほんま、失礼なやっちゃなぁっ」 予想もしなかった台詞に、咄嗟に振り向き噛み付くように抗議を投げつけ、 睨むように火村を見れば、相手はニヤリといった含み笑いで、 「さてと、飯食いにいこうぜ」 こちらの心中の葛藤など素知らぬ顔でそう言うと、立ち上がって自分ひとりさっさと支度を済ませ、 早く来いとの一言を投げて寄越してから玄関のドアの開閉音を立てて外へと出て行く。 猫が走り回る室内に一人取り残された有栖川は、大きく息を吐き出し、 「なんやねん!あの男はっ!」 一声怒鳴りつけてから、後を追うように苛立ちながらも部屋を出た。 待つことを知らないのかどんどん先を歩く男の背を走って追いかけ、 「顔が赤いんは、走ったせいやからな…」 まだ冷めることなく熱を持つ顔の赤さを、走ったせいだと誤魔化して正面を向きつつ汗を拭う。 多分、隣を歩く男は意地悪く笑っていることだろう。 まったくもって、食えない男だ。 〜了〜 |