11 電子探偵団、飛び出す
問題ナンバー 12の続き(答え) ★電子探偵団の行動に注目!(☆。☆)★
『「マコト、たいへんだ。起きろ起きろ。」
パパの大声でマコトは目をさました。掛け時計の針は七時半をさしている。
「なんだよ、パパ。まだ早いじゃないかあ。」
夏休みちゅうは、九時まえにはぜったい起きない。マコトはそう決心しているのだ。
「寝てるばあいじゃないぞ、マコト。けさ、新聞を見たらたいへんなことがでていたんだ。」
「ええっ?」
なにか、よっぽどの大事件があったらしい。そうときいたら、眠気はいっぺんにふっとんでしまった。これも、名探偵の習性というやつか。
「なにかあったの?」
「うん。TV欄を見たらな、夏休みラスト子ども劇場とかで、朝八時からゴジラをやるというんだ。」
「ゴジラぁ?」
「そうだ。これを見のがす手はないぞ、マコト。早く起きてこいよ。」
パパは部屋をでていった。マコトはボーゼンとしてしまった。まったく、なにかと思えば。あの年で怪獣ファンというだけでも信じられないのに、まだベッドにいる子どもをむりやり起こしてまで、見せようとする親などいるものだろうか?だいたい怪獣映画なんて、いまどき、レンタルビデオでいつでも見られるんじゃないのか?
「おーい、マコト、早くしないとはじまるぞ。」
はいはい、わかりましたよ。じかたない、つきあってやるか。マコトは服を着かえ、顔
をあらってリビングルームにはいっていった。
パパはクロワッサンをかじりながら、TVのまえにでんとひかえている。マコトも、パパじこみのカフェオレをいれると、焼きたてのクロワッサンを一個手にとった。むかし、パリでケーキづくりの修業をしていたというパパは、朝食はクロワッサンとカフェオレでないと気がすまないのだという。
「いやあ、わくわくするなあ。」
と、パパ。パリ帰りのケーキ職人とゴジラとでは、どうにでもイメージがあわない気もするが、まあ、すきなものはしかたがない。
映画はいきなり、海をいく船がおそわれるシーンからはじまった。甲板に、とつぜん熱線があびせかけられる。にげまどう乗組員たち。大あわてでSOSの無線を打つが、そこへ大波がおしよせ、あっというまに船は沈没してしまう……。
えっ?
マコトの頭に、ふっとひっかかるものがあった。
SOS無線。
モールス信号で「・・・−−−・・・」と打つのは、マコトも知っていた。みじかく三回、長く三回、みじかく三回………
「まさか!」
マコトは思わず、いすから立ちあがっていた。
みじかく三回、長く三回、みじかく三回。それって……みずき姫が目撃した、ブラインドの開閉とおなじじゃないのか。
マコトの顔がまっ青になった。つ、つまり、だれかが、みずき姫に、ブラインドでSOSのモールス信号を送っていたんだとしたら……。
「たいへんだ!」
マコトはリビングルームを飛びだした。
「おいおい、どうした、マコト。これからがおもしろいんだぞ。」
パパの声も耳にはいらなかった。なんだか、いやな胸さわぎがした。部屋にもどると、マコトは住所録を開き、みずきの家の電話番号をプッシュした。今度ばかりは、ためらっているひまはなかった。
「はい、林葉です。」
電話にでたのは、みずきのママのようだ。
「あの、小海といいますけど、みずき姫……えっと、みずきさんはいますか?」
「あら、お友だち?それが、けさはまだ、トレーニングから帰ってきてないんですよ。いつもならとっくにもどってきてる時間なのに、どこかで道草でもくってるのかしら。」
「そうですか……。」
電話を切って、マコトの胸さわぎはますます大きくなっていった。時計の針は、とっくに八時をまわっている。きのうのみずき姫の話だと、たしか、片道二十分くらいだったはずだ。それなら、どんなに大はばにおくれたとしても、七時にはもどっていてもいいはずだった。いくらなんでもおそすぎる。ほんとうに道草をくっているのなら、どうってことはない。しかし、もしそうではなかったとしたら……。
いってみよう。
マコトは心を決めた。ともかくいってみよう、その別荘とかに。
すぐにも家を出ようとして、マコトはふと思いなおした。
そうだ、どうせなら、あいつらもさそってみたらどうだ?マコトは飛鳥の電話番号をプッシュした。
「はい、もしもし〜。」
飛鳥の眠そうな声が、電話口からきこえてきた。
「飛鳥?ぼく、マコト」
「へっ?」
「マコトだよ、マ・コ・ト。」
「マコトはわかったよ。で、こんな朝っぱらから、なんの用なんだ?それとも、人んちにモーニングコールするのが、きみの趣味なのか?」
飛鳥の皮肉は無視して、マコトはいった。
「とつぜんだけど、オフしないか。」
「オフする?いいけど、いつ?」
「いまから。」
「いまからぁ?」
電話口で、いっしゅん、沈黙があった。飛鳥の頭が、いそがしく回転をはじめたようだ。
「そんなこというからには、なにかわけありなんだな?」
「うん、きのうのみずき姫の話と関係あるんだよ。」
「どういうこと?」
「くわしいことはあってから話すよ。葉村駅に十時にこられるかい?」
「ああ、今からすぐでれば間に合うけど、ちょっと待てよ、葉村駅ってことは……そうか、なんとなく読めたぞ。」
名探偵なら、こうでなければいけない。
「じゃあ、あとで。」
といって、マコトは電話を切った。つぎは、ダイの番だ。
風浜駅までバスでdる。葉村駅までは、JR覆う螺旋で三十分ほどだ。夏休みの終わりとあって、海水浴場へむかう電車はかなりこみあっていた。マコトはドアにもたれて景色をぼんやりとながめながら、昨夜の電子捜査会議をおもいかえしていた。
ひょっとしてネロはあのとき、SOSのモールス信号のことに、とっくに気がついていたんじゃないだろうか?あのまま推理が進んでいたら、暗号が得意なみずき姫が真相をつきとめてしまったことも、ありうる話だった。そう思ったネロは、プライバシーの問題を口実に、この話題をさけようとした。そう考えれば、ネロのさいごのことばも説明がつく。
「コースをかえてみてはどうかね?」
と、ネロはいった。それも、真相をみやぶったみずき姫がしゃしゃりでていって、めんどうにまきこまれるのをおそれてのことだったとしたら……。
そこまで考えたとき、マコトの頭に、昨夜のネロのことばがうかびあがってきた。
「最初に、みずきがブラインドの開閉を目撃したのはいつだったのかね?」
「木曜日の朝だったかな。」
みずきのその返事をきいたあとで、ネロはとつぜん、プライバシーがどうのといいだしたのだった。それって、なにか意味があったのか……。
答えが見つからないうちに、電車は十字少し前、葉村駅のプラットホームにすべりこんでいた。改札口で、マコトはダイを目で探す。藤堂市からくるダイは、たぶん先についているはずだ。思ったとおり、改札口には、だぶだぶのTシャツすがたのふとった少年が、人待ち顔で立っていた。
「おーい、ダイ。ずいぶん待った?」
マコトは手をふって、ダイに走りよった。二か月まえに「ベーカー街」であったときより、またすこしふとったような気がする。いや、名人になって、風格がでたというべきか。
「あ、マコト。ひさしぶりだねえ。」
ダイは片手をあげて、にことわらう。
「いやあ、びっくりしたよ、いきなりオフしようだもん。でも夏休みも終わりだし、もう一度会っておくにはちょうといい時期だったかもしれないね。」
といって、ダイは期待いっぱいの顔つきでマコトを見た。
「で、こんな場所でオフする以上、今日はみずき姫もくるんだろうね?」
「いや、それなんだけどさ……。」
マコトが説明しかけたとき、うしろから声がかかった。
「名探偵諸君、さすが時間には正確だな。」
飛鳥だった。銀ぶちのめがねをずりあげながら、飛鳥はマコトとダイに近づいてきた。
「さてと、これからどうするんだ?」
「ちょっと待って。電話を一本かけてくるから。」
マコトは電話ボックスにはいり、手帳を開くと「ベーカー街」の番号をプッシュした。さっきの電車のなかで推理したとおりだったとしたら、レイの口から、ネロにも報告してもらったほうがいいだろうと思ったのだ。
コール音がする。だれもでない。十回ならしたところで、マコトはあきらめて電話を切った。きょうは休みなのかもしれない。
「どこに電話したんだ?」
ボックスをでたマコトに、飛鳥がたずねる。
「例の『ベーカー街』なんだけど、休みみたいだった。」
「ああ、あの喫茶店。」
ダイがきょとんとした顔で、
「あんなとこに、なんの用があるのさ?」
それには答えず、マコトは先にたって歩き出した。ダイと飛鳥があわてたように、小走りでついてきた。
「どこにいくんだよ、マコト?」
「海岸通ぞいに、大浦岬を一周するバスがでてたよね。話はバスのなかでするよ。」
三人はバスに乗りこみ、いちばんうしろのシートにならんで腰をかけた。
「やっぱりそうか。」
飛鳥がまっ先に口を開いた。
「葉村駅ってきいたときから、そうじゃないかと思ってたんだ。マコト、そうなんだろ?みずき姫がいってた別荘にいってみるつもりなんじゃないのか?」
「えーっ、そうだったんだ。」
ダイはおどろき声をあげる。
「そんなこと、ぜんぜん考えてなかったよ。だけど、なんで?」
「そう、なんでだよ、マコト。あの話は保留ってことで、決着はついたんじゃなかったのか?」
飛鳥がマコトの顔をのぞきこむ、マコトはいった。
「そうもいってられなくなったみたいなんだよ。」
「どうして?」
ダイと飛鳥が声をそろえる。マコトは早口で、ここまでの推理を二人に話してきかせた。ブラインドの開閉は、だれかがみずき姫に、SOSのモールス信号を送ったのではないかということ。そしてもしかしたらネロも、それに気づいていたのかもしれないこと。
「あっ、モールス信号か。それは気がつかなかったな。」
飛鳥が、めがねのおくの目をまんまるくした。
「なら、規則的なパターンだったのも当然だよな。」
「SOSって、助けてくれって意味だよね。」
ダイがまゆのあいだにしわをよせて、
「いったいだれが、そんなことしたんだ?」
「わからない。それより、問題がもうひとつあるんだ。そうと気がついて、ぼく、まっ先にみずき姫んちに電話したんだよ。だけど、とっくにもどってていいはずの時間なのに、みずき姫はまだ帰ってきてなかった……。」
しゃべっているうちに、マコトはどんどん心配になってきた。まさか、とは思う。でも万一ということもある。モールス信号と見やぶったみずき姫なら、じゅうぶんやりそうなことだった。
ところで、太助をもとめるには、そうするだけの理由があるはずだった。もし、それがなにかの犯罪だったとしたら?そして、もし、現場に出向いたみずき姫が、その犯罪にまきこまれてしまっていたとしたら?
マコトの心配が、ふたりにも伝染したみたいだった。マコトたちは顔を見あわせ、おんなじことばをつぶやいていた。
「まさか、そんなこと……。」
バスはいつのまにか、海岸通りを走っていた。マドの右がわはきらきらかがやく海。左がわには、海を見おろす斜面に点々と住宅がならんでいる。やがて、右手前方に、海につきだした小さな岬が見えてきた。
「あれがそうかな。」
飛鳥がつぶやくのとほとんど同時に、
「つぎは荒戸岬入り口、荒戸岬入り口。」
車内アナウンスがひびいた。マコトはあわてて降車ブザーを押した。
バスをおり、三人は岬の先端にむかった、だらだら坂をのぼっていった。みずきのいう心臓やぶりの坂だ。とちゅうで、左に枝わかれする細い道があった。たぶんこの道が、問題の別荘へとつづいているのだろう。
「どうする、マコト。こっちへいくか?」
細道を指さして、飛鳥がいう。マコトはすこし考えて、
「やっぱり、先に展望台にいって、そっちがわから別荘を見てみようよ。」
十分ほどで、三人は展望台にたどりついた。
「ふうっ、やっとついたかあ。」
ダイが息をきらせていった。顔じゅうからあせがふきだしている。
「こんなきつい坂、みずき姫は毎朝かけのぼってるんだ。信じらんないよ。」
駐車場には何台もの車がとまり、展望台はけっこうな数の見物客でにぎわっていた。午後になれば、もっとおおぜいの人々でごったがえすのだろう。
自動販売機のつめたいお茶でのどをうるおしながら、マコトたちは展望台の左はしの手すりからみずきをのりだした。みずきのいったとおり、むかいがわのがけに、古びた二階だての別荘があった。海に面する庭の草はのび放題で、建物の外壁はうすよごれている。長いこと手入れされていないのが一目で見てとれた。ただひとつ、展望台がわの窓におりているブラインドだけがあたらしくて、真っ白なのが印象的だった。
「なるほど、あれか。」
飛鳥がつぶやく。
「こんなにいい見晴らしなのに、なんであんなにぴったりしめているんだろう。確かにちょっとおかしいな。」
「見晴らしもいいけど、日当たりもすごくよさそうじゃないか。」
と、ダイ。
「ぼくんちの南がわの窓もそうなんだけど、家具が日に焼けちゃうんだよ。それで、ブラインドをおろしてるってこともありうるな。」
「この場ばあいは、そうじゃないだろう。」
飛鳥が、すぐさま反論する。
「だって、みずき姫の話じゃ、前の日までは空き家だったっていうんだろ。それが、きゅうにブラインドを取りつけたのはどうしてか?ブラインドは目かくしって意味があるだろ。むしろそっちの目的で、つまりこの展望台からなかをのぞかれないようにするために取りつけたって、そんな感じがあるなあ。」
「うん、ぼくも、そうじゃないかと思うよ。」
マコトもうなずく。
「じっさいには、部屋のなかが暗くて外が明るいと、このくらいの距離からじゃなんにも見えないだろうけどね。それでも、なかをのぞかれたら、まずいと思えば、犯人の心理としては、安全策をとってもおかしくないよ。」
「犯人?」
ダイがマコトのほうに顔をむけて、
「じゃあ、やっぱりなにか、犯罪があったってこと?」
「だから、それをちょっと推理してみようよ。人から部屋のなかをのぞかれたらこまるっていうのは、どんなケースが考えられる?」
「そりゃあ、なかでなにかヤバイことをやってるときだろうな。爆弾つくってるとか。」
「麻薬を大量にかくしてるとかね。」
飛鳥とダイが、思いついたことを口にした。
「それとも、だれかをむりやり閉じ込めてるなんてことも……。」
といいかけたマコトのことばが、そこでとぎれた。さっき、電車のなかでは未解決のままだったネロとみずきのやりとりが、ふいに頭を横切ったのだ。
「ブラインドの開閉をさいしょに目撃したのは、いつのことだったのかね?」
「木曜日の朝だったかな。」
つまり、水曜日から木曜日の朝までのあいだに、あの別荘でなにかがあったのだ。たとえば、だれかをこっそりつれこんで、あの部屋に監禁したのだったら……。
「あっ!」
マコトの頭のなかに、ミサイルをニ、三発うちこまれたような気がした。いきなりの大声に、飛鳥とダイはもちろん、近くにいた何人かがマコトのほうをふりむいた。
「いこう。」
マコトは飛鳥とダイをうながして、展望台をでた。だらだら坂をくだりながら、飛鳥がきいてきた。
「なんだよ、マコト。なにかわかったのか?」
「うん、こんなこというとまた飛鳥に、想像力がどうとかっていわれそうだけどさ。」
「いいから、いってみろよ。」
マコトはたったいま思いついたことをふたりに語った。
「監禁?ちょっと考えすぎじゃないかあ。」
ダイはそういったが、飛鳥はなにもいわず、話のつづきを目でうながしてきた。マコトは足をとめて、ふたりをまっすぐ見た。
「仮に、いまの推理が正しかったとする。おそらくその人物は、人目につかない水曜日の深夜に、あそこにつれこまれた可能性が大きい。きみたち、ここから、なにか思いうかぶ事はないか?」
「さあ……。」
飛鳥とダイは首をかしげるばかりだ。
「ぼくたち、きのうの電子捜査会議でも、その話をしたばかりじゃないか。水曜日の夜におきた事件っていったら?」
「お、おい、マコト、まさか。」
飛鳥が目を見ひらく。ダイの顔がすーっと青ざめた。
「も、も、もしかして、あのこといってるの?大学教授親子誘拐事件……。」
「いや、まだそうときまったわけじゃないよ。ただ、もしそうだったとしたら、話のつじつまはあってくる。ふたりは水曜日の夜に誘拐されてきて、あの部屋に閉じ込められた、たぶん見張りもいるんだろう。にげだすことは不可能だ。そこで思いついたのが、ブラインドを使ってSOSのモールス信号を送るだった。翌朝から、ふたりはすきを見てさっそく実行した。どうかな。」
「なるほど。」
飛鳥が、真剣な顔であいづちを打った。
「で、それをみずき姫が目撃したってわけか。毎朝おんなじ時間だったのはどうしてだ?」
「それはわからないけど。」
「け、警察にいこう。」
ダイが、いまにもかけだしそうなそぶりで、いった。
「ぼくたちの手にはおえないよ。」
「ちょっと待てよ、ダイ。いまこそわが電子探偵団が捜査にのりだすべきだって力説したのは、どこのだれだ?」
こんなときにも皮肉をわすれないのが、いかにも飛鳥らしい。
「そうもいかないよ、ダイ。いまのはあくまで推理、というか想像だもの。だいたいブラインドのモールス信号なんていったって、警察が相手にすると思うか。」
「そりゃむりだ。」
「だめだろうな。」
マコトのことばに、飛鳥とダイがすぐに反応した。名探偵の三人には、もちろんよくわかっている。警察というのはしばしば、重要な手がかりを見落としてしまうもなのだ
「それより、みずき姫のことが心配だよ。」
といって、マコトはふたたび坂をくだりはじめた。ふたりの声が追いすがる。
「どうする気なんだ?」
「いってみるっちゃないだろ、あそこに。」
ちょうどそのとき、分かれ道が見えてきた。「指導につき、立ち入り禁止」の立て札がある。ダイが指さして、
「こ、こんなこと書いてあるよ、マコト。」
「無視、無視。こんなのを気にしてたら、探偵なんかやってられないぞ。」
冷静な名探偵を気どってみたものの、いざ別荘への小道を進みはじめると、マコトの胸はきゅうにドキドキと音を立てはじめた。飛鳥とダイも、心細そうな顔でついてくる。
五分ほどで、三人は問題の別荘にたどりついた。道のつきあたりに、がっしりした鉄の門があった。門の両がわには、枝をはりめぐらせた生け垣がすきまなくつづいている。ぴたっと閉ざされた門の、鉄の格子のあいだから、なかのようすが見てとれた。
海がわとおなじように草ぼうぼうの前庭があり、そのおくに、さほど大きくないベージュ色の家がたっていた。門とほぼむきあう位置に、玄関があった。木製のドアは、門どうよう、かたく閉ざされたままだ。こちらがわに四つばかり開いた窓は、どれも細いたて長で、くもりガラスがはめこまれている。こっちがわから家のなかをのぞきむことはできそうもない。ということは、とマコトは思った。ドアか窓が開かないかぎり、ぼくたちのことはあっちからも気づかれずにすむ。
「ねえ、マコトぉ。」
観察をつづけるマコトのひじを、ダイがつついて、
「だれもいそうもないじゃんか。さっきのは考えすぎで、みずき姫もいまごろは、とっくに家にもどってるってこと、ないかなあ。」
「じゃあ、あれはなんだ?」
建物の左手をマコトは指さした。家のかどから、黒ぬりのベンツが鼻づらをつきだしているのが見えた。
「だれもいないなら、どうしてあそこに車があるんだよ。」
「そうか……。」
ダイはだまりこむ。
「あれ、これは?」
ダイがしゃがみこんで、門の右手の生け垣のあいだから、ブルーのカードのようなものをひろいあげた。そのときだった。玄関のドアがギーッと開きかけた。
飛鳥がしゃがみこんんで、門の右手の生け垣のあいだから、ブルーカードのようなものをひろいあげた。そのときだった。玄関のドアがギーッと開きかけた。
「やばいっ。」
三人はあわてて門から飛びすさり、道ばたのしげみのうしろにかくれた。間一髪だった。ドアがゆっくりと開き、そのあいだからサングラスをかけた男が、ようすうかがうように顔をのぞかせた。男はきょろきょろとあたりを見まわして、
「だれもいないぞ。」
そのことばに、べつの声が答えた。白いスーツすがたのもうひとりの男が、ドアのかげからあらわれた。
「おかしいな、たしかに話し声がきこえたんだが。」
「念のためにしらべてみるか。」
ふたりの男が庭にでてきて、門のほうに近づいてきた。マコトたちは、しげみのうしろでこおりついた。いまうごいたら、見つかってしまう。三人の心臓が、はれつしそうなほど高鳴る。男たちは門のまえに仁王立ちになって、右に左に首をめぐらせた。ふたりとも、見るからにおっかなそうな顔をしている。
「気のせいだったか。朝、あんなことがあったばかりだからな。」
「ここもそろそろヤバイかもしれんぞ。あのむすめ、この近所のガキだろう。いなくなったことに親が気づいてさわぎだしたら、まずいぞ。」
「うむ、まったくよけいなことをしやがるガキだ。まあしかし、一日ぐらいは、まだだいじょうぶだろう。きょうじゅうには設計図が完成すると、あの先生もいっている。夜には、こんなとこからはおさらばだ。」
そんなことをいいあいながら、ふたりは引きかえしていって、ドアのむこうにすがたを消した。ほっと胸をなでおろすところだが、マコトの耳には、いまのふたりの会話がこびりついていた。朝あんなことがあったばかり。あのむすめ。近所のガキ。それって、みずき姫のことじゃないのか!
「マコト、ダイ。」
飛鳥がおしころした声で、ふたりによびかけた。
「見ろよ、これ。」
さっきひろったカードを、飛鳥はふたりの目のまえにさしだした。そのカードには、ワープロ文字でこう印字されていた。
「QR:W」
「これ、いつだったかネロが出題した、ワープロのキーボードの暗号じゃないのか。」
「ほんとだ。」
「えーと、どういう意味だ?」
と、ダイ。マコトは頭のなかにワープロのキーボードを思いうかべた。「Q」は「た」、「R」は「す」、「:」は、なんだったっけな、そうだ「け」だ。そして「W」は……。
「たすけて、だ!」
三人は、いっせいに答えをだしていた。こんな暗号をのこす人間って、みいずき姫のほかにだれがいる?いまの男たちの会話とあわせて考えてみれば、もうまちがいなかった。やはりみずき姫は事件にまきこまれて、いま、この瞬間も、あんも家のどこかに閉じ込められているのだ。マコトも飛鳥もダイも、そう確信していた。
「ど、どうする、マコト。」
ダイが声をふるわせる。マコトの頭がいそがしくうごきはじめた。にがてな算数のテストのときさえ、こんなに頭を使ったことはないような気がする。
「よし、こうしよう。」
マコトは飛鳥の手の暗号カードをしめし、声をひそめていった。
「飛鳥はこれをもって、警察にいってくれ。」
「いってどうするんだ?」
「きまってるだろ。いまのことを説明して、ここにきてもらうんだよ。こんどはちゃんと証拠があるんだから、警察もうごいてくれるはずさ。」
「だけど、信用してもらえなかったら?」
「そこが、飛鳥の腕の見せどころだよ。警察がちゃんと納得するように、うまく説明するんだ。飛鳥の頭なら、できるだろ?なんならみずきの家に電話して、みずきのママからそういってもらってもいい。あんまり帰りがおそいんで、いまごろは心配してるはずだもの。」
「わかった。」
飛鳥はうなずいて、
「なんとかやってみるよ。で、マコトはどうするんだ?」
一分ほどひそひそ場なしをしたあと、飛鳥はカードを手に、小道をくだっていった。
「よし、じゃあやるか。」
「うん。なにか緊張しちゃうな。」
マコトとダイはふたたび門にむかった。マコトがひとりで右横の生け垣のすきまをくぐりぬけた。
「じゃあ、たのんだぞ、ダイ。」
「うん、そっちも気をつけてよ。」
マコトは足音をしのばせて庭を横切り、玄関に以下づいていった。くもりガラスの窓からは見えないはずと思っても、ついからだがかがみぎみになる。数秒で玄関についたマコトは、ドアのちょうつがいがわの外壁にからだをはりつけ、ダイにOKサインを送った。
ガンガンガン。すさまじい音がひびきわたった。落ちていた石で、ダイが鉄の門をたたきだしたのだ。すぐに、ドアがいっぱいに開き、マコトのからだをかくしてくれた。
「なんだ?あっ、またガキだぞ。」
「こらあ、なにしてる!」
男たちはダイの方へ走っていく。いまだ。マコトはドアのかげからすべりでて、家のなかに飛び込んだ。
荒戸岬のだらだら坂を、飛鳥は全速力でかけくだっていた。いそがなくちゃ。警察はほんとうに、ぼくの話を信じてくれるだろうか。でも、やらなくちゃ。ぼくの任務は重大だ。
飛鳥とすれちがった赤い車が、ブレーキ音をたてて急停車して。
「飛鳥くん。飛鳥くんじゃない。
名前をよばれ、飛鳥は足をとめてふりむいた。運転席から身をのりだして、こっちを見ている人物がいた。飛鳥は、目をうたがった。なんで、あの人がここに……。
ふたりの男がものすごい形相でこっちに走ってくる。予定では、ここでダイは、すました顔でいうことになっていた。
「すみません、友だちとハイキングしてて、はぐれちゃって。それで、音でみんなに合図しようとしてたんです。」
けれども、男たちのおっかない顔を間近にして、ダイはすっかり度をうしなってしまった。容易していたせりふも口からでてこない。ダイは思わずまわれ右してにげだしていた。
「待て、こら。」
門をおしあけて、男たちが追ってくる。二十メートルもにげないうちに、ダイはうしろから首すじをつかまれた。
「やめてよ、はなしてよ。」
「礼儀を知らないガキだな。」
白スーツが、ダイの目のまえにまわりこんできた。
「人の家にわるさをしておいて、ごめんなさいもいえないのか。」
「ふん、そっちのほうがよっぽどわるいことしてるくせに。ちゃんと知ってるぞ。」
いってから、しまったと思ったが、もうおそかった。白スーツの目が、すっと細くなった。
「ほう、なにを知っているんだ?」
「う、ううん、べつに……。」
ダイは口ごもるばかりだ。その腕をぎゅっとつかんで、サングラスがいった。
「こいつ、ひょっとしたら、けさの小むすめの仲間かもしれないぞ。」
「よし、つれていけ。」
白スーツが、別荘の方にあごをしゃくった。引きずられるようにして歩きだしながら、ダイはくちびるをかんだ。ごめん、マコト、ドジふんじゃったよ……。
別荘に飛び込んだマコトは、まっ先にドアをしめ、内がわからチェーン錠をかけてしまおうとして。そうすれば、カギをもっていても、あいつらははいってこられない。これども、そんなのはついていなかった。この別荘の持ち主は、防犯にはまるで気をつかわないタイプらしい。
「おーい、どうした?」
二階からのふとい声に、マコトはぎょっとして立ちすくんだ。しまった、まだなかまがいたのか二階で、ギッとドアが開く音がした。あわてて、階段のかげに身をかくす。
「おまえたち、部屋からでるんじゃないぞ。」
バタンとドアをしめ、声の主が二階からおりてきた。ギシリギシリと階段がきしむ。どうする。マコトはあたりに目を走らせる。階段の下は、物置になっているようだった。外がわにはかんぬきのついた、右開きのとびらがある。
これだ。マコトはいっしゅんで決意した。うまくいくかどうかはわからないが、やってみるしかない。マコトはすばやく物置のとびらをあけはなち、九十度に開いたとびらのうしろにかくれた。
「おい、どうしたんだよ。」
長髪をムースでかためた男が、階段からおりたって、玄関の閉じたドアを見た。
「山上、野田、もどってるのか?」
白スーツとサングラスは、どうやら、山上と野田という名前らしい。
「どこにいるんだ。」
こっちをふりむいて、男は開いた物置のとびらに気がついたようだ。
「な、そのなかにいるのか?なにやってるんだ、そんなところで。」
男はこっちに歩みより、階段の下をのぞきこんだ。
いまだ!マコトはとびらごと体あたりして、物置のなかに男をつきとばした。大いそぎでかんぬきをかける。
「なにしやがる!ここをあけろ!」
なかから、男がガンガンとびらをたたいた。物置とはいえ、なかなかがんじょうそうなとびらだ。このくらいではびくともしないだろう。マコトは二段おきに、階段をかけあがっていった。
二階には、廊下をはさんで、左右に二つの部屋があった。展望台との位置関係から、あのブラインドの部屋は右がわのはずだ。マコトは一気に、ドアを内がわにおし開いた。
ひとりの女の子がいすにすわったまま、目をまんまるくさせてこっちを見つめていた。きれいにカ0ルした長い髪の毛。色白で、ととのった顔だち。まるでフランス人形みたいだった。
「みずき姫?」
す、すごい美人。マコトはぼーっとなってしまった。と、女の子がきょとんとした顔でいった。
「あの、わたし、ちがいます。」
「あたしなら、ここだよっ。」
部屋のすみっこから声がした。ショートヘアにジョギングスタイルの女の子が、両手両足をしばられて、床にころがっていた。こっちがみずき姫か。マコトはかけよって、なわをほどく。
「あいたたあ。ひどい目にあっちゃった。」
みずきがたちあがって伸びをした。
「でも、よかったあ。ちゃっときてくれたんだねっ。もしかして、マコトくん?」
「どうしてわかった?」
「やっぱりそうかあ。あたしが思ってたとおりの男の子だもん。」
そういうみずきも、まっ黒に日焼けしていて、野性的と思っていたイメージとぴったりだった。
おっといけない。のんびりあいさつなんかしてるばあいじゃなかった。マコトは窓ぎわにいってブラインドをてっぺんまで引きあげ、窓をあけようとした。山上と野田はすぐにもどってくるだろう。ぐずぐずしてはいられない。なんとかこの窓から脱出できないか。マコトはそう思ったのだが。
まにあわなかった。そのとき、ふいに、部屋にまんまるい人かげがころがりこんできた。ダイだった。
「マコト、ごめん、つかまっちゃったよう。」
ダイのうしろからゆらりとあらわれたふたりの男が、あけっぱなしのドアのしきいに立ちふさがった。
「なるほどな、まだなかまがいたのか。まったく、最近のガキは、ゆだんもすきもならないぜ。」
白スーツが口元ににやにやわらいをうかべた。けれども、目はわらっていない。その目が、マコトをまっすぐとらえた。
「下の物置に村山を閉じ込めたのも、おまえのしわざか。ガキにしとくにはもったいないくらい、わるぢえがはたらくやつだな。」
その村山が、ドスドスと階段をのぼってきて白スーツとサングラスのあいだから顔をのぞかせた。
「こ、このガキか。ただですむと思うなよ。」
ムースでかためた頭から、かっかと湯ベイカー街〈ストリート)の湯気が立っているようだ。
「ったく、よけいなことしやがって。さあて、どうするか、このガキども。野田、おまえならどうする?」
白スーツがサングラスにきいた。すると、この白スーツが山上なのだ。
「顔も見られちまったしなあ。かわいそうだが、まとめて始末するしかないか。」
野田が、一歩部屋にふみこんできた。マコトはみずきをうしろ手にかばって、野田をにらみつけた。もう、こわいのをとおりこして、度胸がすわっていた。
「ふんだ、やれるもんならやってみろ。そのかわり、もうじき警察がやってくるからな。そしたら、おまえたち、みんな死刑だから。」
野田が、ひるんだようすを見せた。山上がつめたいわらいをうかべて、いった・
「ハッタリにきまってるだろう。ガキのハッタリにおびえてどうする。」
「ハッタリかしら?」
部屋の外から、すずしい声がひびいた。
「なにっ。」
いっせいにふりむいた三人の男たちをおしのけて、声の主が部屋のなかにはいってきた。男たちはあっけにとられた顔で、そのマリンブルーのワンピースすがたを見ているばかりだ。マコトとダイは、あっと声をあげそうになった。この人、「ベーカー街」のレイさんじゃないか!
「ほら、なにかきこえない?」
レイは男たちをふりかえり、順番に顔を見回した。
「あの音、わかるかしら?」
ウーウーというサイレンの音が、いくつもかさなって遠くからきこえてきた。
「パトカーだ!」
大がさけんだ。男たちがあわてふためく。
「や、やばいぞ。」
「よし、村山、書きかけでもいいから、設計図とってこい。」
山上の命令で、村山がむかいがわの部屋に飛びこみ、紙のたばをかかえてでてきた。
「ズラかれ!」
「ガキどもはどうするんだ。」
「ばか、ガキにかまってるばあいかよ。」
三人はもうマコトたちには目もくれず、階段をかけおりていった。
「いけないっ、パパの設計図もっていかれちゃう。」
まき毛の女の子が、あとを追おうとした。レイが、その肩に手をおいて、
「だいじょうぶよ、いくら走ってもパトカーからはにげきれないわよ。すぐにつかまるわ。」
「でも、あいつら、車もってるよ。」
「そうだよ、ベンツならパトカーぐらいふりきっちゃうぞ。」
ダイとマコトが口々にわめいた。
「それなら、大丈夫さ。レイさんにいわれて、さっき、タイヤをパンクさせといたからね。」
飛鳥はにやっとしながらも、右手のサバイバルナイフをレイにわたした。
「よく切れるね、これ。すぐあながあいちゃったよ。」
そのとき、むかいがわの部屋のドアがあき、四十さいくらいの男の人がよろよろとでてきた。
「いったい、どうなったのだ。おお、まどか、ぶじだったか。」
「パパ。」
まどかとよばれたまき毛の女の子が、男にだいついた。
「神岡博士、ですね。」
レイがにっこりわらいかけた。
「もう大丈夫ですわ。あの三人はすぐにつかまるでしょう。」
「で、では、設計図は……。」
「無事にもどってくると思いますわ。」
ひとまず、時間はケリがついたようだった。けれども、あまりにいろんなことがいっぺんにおこって、マコト頭の整理がつかなかった。
「おい、飛鳥。」
飛鳥の肩をつついて、まことは説明をもとめた。
「どういうことなんだよ?」
「うん、坂のとちゅうでレイさんの車とであってさ。で、みずき姫の暗号カードを見せたら、レイさんが携帯電話で警察と連絡をとってくれたんだ。ぼくとレイさんは、そのままここに直行してきたってわけ。」
「あっ、じゃ、あのカード、役にたったんだねっ。」
みずきがうれしそうにいった。早朝、生垣をくぐりぬけて家にしのびこんだみずきは、たちまち男たちに見つかった。いったんはにげだしたものの、もう一度生垣をぬけようとしたところでつかまってしまった。そこですばやく、年に大ために用意してきたカードをポケットからすてた、というのがみずきの説明だった。レイが、そんなみずきをじっと見て……
……END( ̄▽ ̄)Vレイさんがなんと言ったかは本を見てみてね☆