パスワードはひ・み・つ―パソコン通信探偵団事件ノート―
〈本当にあった事件〉


10 閉じたブラインド

★みずきのまわりでおきた不思議な事件★
問題ナンバー 12
『二週間も走り続けると、きつかったコースがぐんと楽に感じられるようになってきた。それだけ、みずきの走力がレベルアップしたのだろう。近ごろは、走りながら、朝日にきらきらかがやく海をながめて楽しむよゆうまででてきた。
 つぎのテーマは、スピードアップ。みずきはそう考え、トレーニングは第二段階にはいったところだった。
 海岸道路をはずれ、荒戸岬へのだらだら坂をのぼっていく。この坂だけは、いまでもさすがにきつくて、みずきは「心臓やぶりの坂」とよんでいた。坂をのぼりきると、海にむかってひらけた展望台があり、そこが折り返し地点だ。昼間は観光客でにぎわっているが、さすがに早朝とあって、人かげはまったくない。無人の展望台で、海を一望しながら呼吸をととのえ、自動販売機のスポーツドリンクで水分を補給する。トレーニングコースの中間点での、みずきのひそやかな楽しみになっていた。
 あれ?
 スポーツドリンクのかんをごみ箱にすてようとして、みずきはあることに気がついた。
 海を背にして右手、展望台ととなりあうがけの上に、一けんの別荘がたっていた。心臓やぶりの坂のとちゅうに細い分かれ道があり、その道が別荘へ通じているらしい。両方のがけのあいだの距離は、ほんのニ、三十メートルほど。手をのばせばとどきそうな感じだった。
 あんな別荘で夏をすごせたら最高だろうなあ、とかねがねみずきは思っていた。海にしずんでいく夕日が、毎日見られるなんて。ただ、その別荘には、人の気配はぜんぜんなかった。長いこと空き家になっているらしく、窓にはカーテンもかかっておらず、板ばりの外壁はかなりいたんで、色あせていた。
 みずきは目を見はった。別荘のようすが、いつもとどこかちがっていたからだ。なにがちがうのか、すぐにわかった。展望台とむきあう窓に、白いブラインドがおりていたのだ。
 ふーん、だれかがきたんだ、とみずきは思った。八月も終わりに近くなってからやっとくるなんて、もったいないじゃん。
 そのときだった。
 ピタッと閉じていたブラインドが、とつぜん開いた。スルスルと上に開いたのではなく、一枚一枚のおおいが回転して、あいだにすきまができてたのだ。つぎの瞬間、ブラインドは閉じ、ふたたび開く。また閉じて、また開く。そんなことを何度かくりかえしたあげく、ブラインドはもとのように閉じたまま、うごかなくなった。
 いまの、なんだったんだろ?みずきは首をかしげた。もしかして、ブラインドの調子をみてたのかな?
 ま、いいか。それより、こんなことしてたら、からだが冷えちゃう。みずきは気合を入れなおし、だらだら坂をかけくだっていく。
 これだけだったら、みずきもそのままわすれてしまったかもしれない。ところが、翌朝また、同じ事がおこった。みずきが展望台についたのを見はからったかのように、閉じていたブラインドが、開閉をくりかえしたのだった。
 その次の日もだった。今度はみずきも注意深く観察して、ブラインドのうごきかたにあるパターンがあることを発見した。記憶をたぐってみると、たしかに昨日も、ブラインドは同じようにうごいていたような気がする……その日、八月二十八日の土曜日、みずきが少しおくれてアクセスしたとき、夏休み最後の電子操作会議は、早くも結構盛り上がっていた。
「ほんとはさ、ああいう事件こそ、わが電子探偵団がのりだすべきだよ。みんな、そう、思わない?」
 ダイが、しきりに力説していた。
「なんの話してるの?」
 みずきは、すぐさま話しにくわわった。マコトが説明した。
「ほら、みずき姫も新聞で読んだでしょ。オーロラ美術館の事件。」
「ああ、あれ。」
 その事件なら、みずきも知っていた。ついこのまえの日曜日のことだった。風浜市の山の手にあるオーロラ美術館で、「世界の宝石展」という催しが開かれていた。その目玉として、エジプトから出品されたサファイア「ナイルのなみだ」が、いつのまにか、にせものにすりかえられていた事件だ。お金にすると、五億円の被害だということだった。
「だって、ケースには警報装置がついていたわけだろ。」
 ダイが感心したようにいった。
「なのにどうやって、本物の宝石とにせものをすりかえたんだ?ほとんど怪盗ルパンなみの、あざやかな手口じゃあないかあ。」
「あのね、ダイ。」
 マコトがたしなめる。
「自分の立場をわすれちゃこまるね。探偵が、どろぼうをほめてどうすんだよ。」
「しかしまあ、あの事件は、こういっちゃなんだけど、まだゆるせるよ。」
 飛鳥が、またまた名探偵にはあるまじきことをいった。
「ゆるせないのは、その三日後におきた、大学教授親子誘拐事件さ。」
「ああ、あれ。」
 マコトとダイがことばをそろえる。
 事件はやはり風浜市でおこった。市内で二人暮しをしている大学教授とそのむすめが、夜のうちに自宅から、何者かにつれさられていたのだ。警察では、二日後に公開捜査にふみきったが、まだなんの手がかりもえられていなかった。
「誘拐って、一番ひきょうな犯罪だと、ぼくは思うよ。」
 飛鳥の怒りのことばに、ほかの三人もワープロのまえでうなずいた。人をさらってきずつけたり、心配する家族のよわみにつけこんでお金をうばおうとするなんて、ひきょうとしかいいようがないではないか、マコトは、ためいきまじりにキーボードをたたいた。
「こうもたてつづけに、大事件ばっかりおきるなんてね。まったく、風浜市ははいつから、犯罪都市になっちゃったんだ?」
「そこだよ。」
 ダイが、ふたたび力説した。
「いまこそ、ぼくたち電子探偵団がのりだしていってさあ……。」
「一気に事件解決ってか。」
 飛鳥がまぜっかいした。
「まさか本気でいってるんじゃないだろうな、ダイ?」
「う、うん……やっぱりむりかなあ……。」
「あたり前だろ。だいたい『のりだす』って、どうするんだよ。警察にいって、『ちょっと操作したいから、事件の話をくわしくきかせてくれたまえ』とでもいうのか?……まあ、少年探偵が大活躍するミステリーっていうのはあるけどね。」
 マコトが、ふたりの話を受けて、
「でも、それはやっぱりお話でさ。じっさいの事件じゃ、そううまくはいきっこないよ。ま、いまんとこは、おとなしく電子操作会議してるのが一番なんじゃない?」
 やっとあたしの出番がきた。みずきはキーボードにむかって身をのりだす。
「みんな、聞いて。今日はあたし、とっておきのネタがあるんだ。」
……中略……
「ああ、そうかあ。みずき姫も、なにか不思議なできごとを経験したんだ。」
 ダイが、ようやく話にくわわってきて、先をうながした。
「で、どんな事件さ?」
荒戸実嵯記でのできごとを、みずきは話しはじめた。

「どこかおかしいところ、ある?」
 めずらしく、ダイがすぐさま反応した。
「べつにふしぎでもなんでもないよ。ずっと空き家になってた別荘に、きゅうに人が住むことになった。だからブラインドを取りつけた。それだけの話じゃないの?」
「じゃあ、そのブラインドが開閉したのは?」
 みずきの追及に、ダイはあっさり答えた。
「それこそ、みずき姫。自分でいったじゃん。ブラインドの調子をみてたんじゃないかって。きっと、そんなところだよ。」
「それはないんじゃないか。」
 飛鳥が反論する。
「ちょっとみずき姫にきくけどさ、その展望台に到着するのって、何時ごろなの?」
「そうね、まだ六時にはなってない。六時五分まえぐらいかな。」
「六時五分まえね。」
と念をおして、飛鳥はつづけた。
「みずき姫みたいにトレーニングでもやってるのならともかく、それって、ふつうの人間が起きる時間か?ましてそんな時間にブラインドの調子をみるなんて、不自然だと思わないか?」
「そんなこと、わかるもんか。」
 ダイがくいさがった。
「世の中には、早起きの人間がいたっておかしくないだろ。その別荘のやつは、もしかしたら、毎朝そのくらいの時間に目が覚めるのかもしれないじゃないか。起きたらブラインドをあけようとするのは、不自然どころか自然だろ。」
 やはり名人になって自信がついたのかなと、マコトは思った。以前より、いうことがしっかりしている。でも、探偵としてはまだまだ、名人にはほど遠いようだぞ。マコトはいった。
 「たしかにそのとおりだけどね、ダイ。だったら、なんでそのままブラインドをあけはなってしまわないんだ?目のまえは海なんだろ。いいながめだろうな。せっかくうごかしたブラインドを閉じたまんまにしておくのって、それこそ不自然じゃないか。」
「あ、そういえばそうだなあ。」
 ダイはあっさりみとめた。
「じゃ、マコトはなにか考えがあるのか?」
「そのまえに、みずき姫、まだぜんぶのデータがでてないよ。」
 マコトはみずきによびかけた。
「ブラインドのうごきかたに、あるパターンを見つけたっていったよね。それは?」
「うん、それなんだけどさあ。」
 みずきが説明する。
「ブラインドが開閉したのは、全部で九回だったんだ。最初の三回は、パッ・パッ・パッって感じでみじかく開いて、次の三回はちょっと長め。で、最後の三回は、また最初と同じようにみじかく、パッ・パッ・パッって。ね、絶対なにか、意味ありげだよね。みんな、どう推理する?」
「うーん……。」
「うーむ……。」
 ダイと飛鳥が、苦しまぎれにうなり声を打ちこんできた。マコトもつくえにひじをついて考えこんだ。こいつは、なかなかの難問だぞ。ん、待てよ。マコトは、ふと思いついたことがあった。
「みずき姫。そのとき、展望台にはだれもいなかったっていってたよね?」
「うん、だって、そんな早い時間だもの。それがどうしたの、マコトくん?」
「ということは、その別荘の主は、みずき姫にむかって合図を送っていたとは考えられないか?」
「あたしに?合図って、なんの合図よ?」
 マコトの頭のなかに、たちまち、こんなストーリーがうかびあがった。
「えーと、いま、思いついたんだけどさ。その別荘には、胸かどこかをわるくした少年が静養にやってきたんだ。早朝、目がさめて、ふとブラインドのすきまから外を見ると、むかいの展望台に、健康そのもののマラソン少女がいる。少年はすっかり心をひかれてしまった。で、とっさにブラインドをうごかして、少女の注意をこっちにひきつけようとした……だめかな。」
 シーンという音が、画面からつたわってくるような気がマコトにはした。
「健康そのもののマラソン少女って、それ、つまり、あたしのことね。」
 みずきがいった。画面にうかんだ文字も、なんとなくつめたく見えた。
「ふーん、マコトくんってミステリーだけじゃなくって、少女小説もすきだったんだ。」
「だから、ぼくがまえにいったじゃないか。」
 飛鳥がひやかす。
「マコトは将来、作家になれるぞって。いやあ、あらためて感心したよ。すごい想像力じゃないか。」
「でも、いまの推理、けっこうおもしろかったけどなあ。ほんとかどうかはともかくとして。」
 ダイにまでそういわれて、マコトは落ちこんでしまった。いうんじゃなかった。
「ちょっといい、みずき。」
 ふいに、わりこんできた者がいた。ネロだった。四人の目が点になった。なんだなんだ、ネロのこのことばづかい。
「おっと、いかん、きみたちの調子がうつってしまったな。」
といって、ネロはあらためて質問してきた。
「最初に、みずきがブラインドの開閉を目撃したのはいつだったのかね?」
「え?えっとぉ、今日で三日目だから、木曜日の朝だったかな。」
「ふーむ、そうか……。」
 ちょっとまずい展開だなあ、とマコトは思った。こういうことをいいだすときのネロは、とっくに真相を見抜いているケースが多いからだった。飛鳥もダイもみずきも、つづくネロのことばを緊張して待ちうけたが、
「みずき。きみの話は、人のプライバシーにかかわることだとは思わないかね?」
 意外なことを、ネロはいいだした。
「プライバシー?」
「そうだ。かりにも、そこは人の別荘なのだろう?住んでいる人には、はたから見たのではわからない、さまざまな事情というものがあるはずだ。興味本位で、他人の生活をのぞきこむようなまねをするのは、わたしには賛成できかねるがね。」
「そんなあ。あたし、別に、興味本位とかじゃなくて……。」
「ききたまえ、みずき。」
 ネロはつづける。
「わが電子探偵団では、ここまで、日常生活の中でのちょっとしたふしぎななぞを追究してきた。それはそれで、実に有意義だったと私は思う。だからといって、今回のように、人のプライバシーにまでふみこむような話は、やや問題だと、わたしは思うのだよ。」
「待ってよ、ネロ。」
 みずきが不満そうにいった。
「それはそうかもしれないけど、でも、なぞはなぞじゃん。」
「いや、なぞというには、データがすくなすぎるな。電子捜査会議にかけるには、もっと客観的事実がわかってからでもおそくはないだろう。そこで、この話は保留にして、きょうはひさびさに、わたしから出題したいのだがね。」
 ネロが出題したのは、「うそつき村・正直村」というパズルだった。それはそれでおもしろかったが、みずきはもうひとつ熱中できないでいた。ブラインドの話、プライバシーにかかわるとはいうけれど、もうちょっとぐらい、みんなであれこれ推理をめぐらせてもよかったのに……。
 飛鳥が正解をだして、その夜の電子捜査会議はお開きになった。おしまいに、ネロがいった。
「みずき、別荘のことがそんなに気にかかっては、トレーニングにも熱がはいらないだろう。しばらく、コースをかえてみてはどうかね?」

ベッドにはいっても、みずきはなかなか寝つかれなかった。あらためて考えれば考えるほど、今夜のネロは絶対におかしかった。いつもなら、推理合戦がにつまったころに助け舟をだしてくるのに、今夜にかぎっては、とちゅうから完全に話をうばってしまったかっこうだった。それって、あんまりネロらしくないやりかたじゃない?
 寝つかれないわけは、もうひとつあった。どうしてネロは最後にあんなことをいったんだろう?よっぽどあたしのこと、人の私生活に首をつっこみたがる好奇心少女だと思ってるのかな?そんなんじゃないのに……
 いつのまにか、みずきはうつらうつらしていた。あさい眠りのなかで、こんな文字が、みずきの頭にうかびあがってきた。
「別荘の主が、みずき姫にむかって合図を送ってたとは考えられない?」
 マコトが打ち込んできた言葉だった。
 合図?
 いっぺんに目がさめた。みずきはベッドからはねおきた。ふいに、頭にひらめいたことがあったのだ。
 みじかく三回、長く三回、も一度みじかく三回。それって、もしかして……。
 きめた。みずきはパジャマをぬぎ、トレーニングウエアに着かえた。今の推理があたってるかどうか、この目でたしかめるんだ。
 みずきはワープロのスイッチを入れて、ある文字を打ちこみ、プリントアウトしたカードをポケットにつっこむと、部屋をでていった。
         後半へ(答え)GO→
いよいよ電子探偵団が動き出す!(-_)