Mitla遺跡
この遺跡の歴史はよく分かっていないらしく、紀元100年くらいから15世紀くらいまで続くらしい。特徴は精巧なモザイク模様が石壁に施されている。呼び名では「死者の場所」とか「休息の場所」と言う意味の様です。主にサポテカ族が建設した。北側の中庭の地下道を潜ると「死の石柱」と言うかなりの大きさの石柱ががあって、両手で抱えて届かない指先の距離がその人の残りの寿命とされたようです。子供、手の短い人は長生きと言うことになります。ここの地下には多くの生け贄の遺骨があったと言われていますがまだ見つかっていないようです。神殿のは四角い深さ10cmくらいの大小の中庭があります。かってはここに水をためて天体の運行を観測したようです。古代文明はあちこちで天体の運行をを測り、それが太陽暦にと発展していきます。遺跡のすぐ近くまで民家が建ち並んでおり、遺跡自体も保存が良くない。
以上は当時(1998年)のメモから


この様な独特の模様が特徴の文化が発達していた。
日本人は余り行きませんが結構人気の遺跡です。
中庭の窪地。ここに水を張って天体の動きを観測したという。


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