サハリンの地質と化石見学


稚内市観光協会資料より
 

「日本に一番近いヨーロッパ」などとよばれることのあるサハリンですが、近くて遠い国(島)というのが 行ってみて、まず一番に感じたところです。北海道の北の端、稚内からフェリーで5時間国内旅行感覚でついた 港は、間違いなくそこが外国であることに不思議な感覚をおぼえましたが、地質をしらべてみるとそこが北海道 の続きであるということを思い知らされます。そしてそこがかつては日本であったということを思い出し、あらためて 深い感慨に浸るのでした。

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旅行日程

8月7日 稚内泊

8月8日 稚内港よりフェリーでサハリン州コルサコフへ。その後車でユジノサハリンスクへ移動。

8月9日 コルサコフからアニバ湾へ。さらにサハリン最大の湖トゥナイチャを経て、ユジノサハリンスクへ。

8月10日 日本海へ向かい、ネベリスク、ホルムスクを経てユジノサハリンスクへ。

8月11日 ススナイ山地を北上。ドリンスクを経てオホーツク海へ。

8月12日 ドリンスクから西へ折れ、ナエバへ。

8月13日 ユジノサハリンスク市内見学。

8月14日 ユジノサハリンスクからコルサコフを経て稚内へ。

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サハリンへの道

(東日本海フェリーのパンフレットより)

 東日本海フェリーのホームページへジャンプ

ロシアへ行く場合、まずビザが発行されるかどうかがむずかしいようです。今回は、ロシア側に協力者がいたので、 うまくいきましたが、個人では大変なようです。稚内からは東日本海フェリーの“アインス宗谷”という船に乗ります。 出国にあたっての手続きはパスポートのチェックくらいで、簡単に済みます。
乗船してしばらくすると弁当が配られます。これは料金に含まれているようです。ちなみに2等船室の往復料金は 3万円と格安です。船内ではサハリンを紹介するビデオや映画をテレビで流していますが、他に特にすることもなく、 退屈といえば退屈ですが、船に弱い私は5時間半という乗船時間の大半を寝て過ごしました。
船内には売店があり、おやつや飲み物を買うことができます。コーヒーはカップの上にのせるドリップ式で、自分でお湯を注いで作る本格派ですが、300円と割高なのに対し、自販機のビールは350mlが100円(別写真有り)という免税価格で買うことができます。

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サハリン上陸
サハリンでの車 現地での移動に使われたのは、ごらんのようなトラックの荷台にキャビンを乗せたようなバスでした。見たとおり乗り心地は最悪ですが、悪路をどこまでも突き進む頼もしい足でもありました。

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サハリンでの宿
サハリンでの宿 このホテルには、サハリン滞在中ずっとお世話になりました。高級ホテルというわけではありませんが、とりあえずシャワーも温水が出るし、トイレに紙を一緒に流しても詰まることはありませんでした。歯ブラシや石けん類もありましたが、どう見てもスーパーで買ったものらしく、ホテルのものというより現地スタッフが気を利かせて用意したものという感じでした。
ところでホテルの名前ですが、英語でいうと“Geology”らしいのですが、地質学者がよく使うホテルということなのでしょうか。(写真をクリックすると看板が拡大します。)

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ユジノサハリンスク博物館
博物館1
2日目は、まずユジノサハリンスクの郷土博物館を見学しました。外観は昔の日本のお城のようでした。中には、サハリンの歴史、地質と化石などの展示がありました。私は化石や鉱物のコレクションにしか興味がありませんが、菊の紋章が入ったかつての国境の標識とか、入り口脇の狛犬なんかもおもしろいなと思いました。

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コルサコフにて
ユジノサハリンスクを出て、南のコルサコフへ向かいました。崖にすごく褶曲した地層が見えますが、前期中新世の地層で、頁岩を割っていると小さな化石を見つけました。
昼食は海の見えるがけの上で食べました。ホテルで用意してくれたお弁当と、地元の野菜などを現地スタッフが親切に準備してくれました。
最後の休憩ポイント「トゥナイチャ」湖では、無口だけどよく働くドライバーのセルゲイさんが胴長をはいていきなり湖に入っていきました。彼はいったい何を始めたのでしょうか、写真をクリックするとわかります。

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日本海へ 石炭露天掘りとゴミの山
傾いた地層 鱒の遡上
石炭層 露天掘り
峠道 燃えるゴミの山
 この日もまずアニバ湾へ向かって南下。海岸で休憩中に貝殻を拾ったが、北海道で見られるものとほとんど同だった。(近いんだから当たり前!)
 上段左の写真は衝上断層という説明があった。時代は前期中新世。右は途中の川で鱒の遡上が見られたので写したもの。
 中段は石炭の路頭。大型機械で露天掘りをしていた。
 ネベリスクの海岸でランチを食べたときも近くの川には魚がたくさんいた。海岸沿いに北上し、ホルムスクから再び山道へ。下段左はその山道。峠から下を見下ろすと谷間から煙が。なんと、ゴミの山が燃えていた。ロシアの裏の部分を見てしまった気がした。

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オホーツク海へ 変成岩と琥珀
変成岩 エクロジャイト
リップルマーク アザラシ
オホーツク海 琥珀
 上段。旅も後半。この日はススナイ山地に沿って北へ向かう。川原には青色片岩などのれきが見られ、山の中ではエクロジャイトの路頭も確認できたが、ザクロ石が入ったものは見つからなかった。
 中段。北上し続け、オホーツク海へ。海岸でリップルマークを見つけた。浜から離れた沖合の浅瀬では、アザラシ(たぶんゴマフアザラシ?)がたくさんたむろしていた。右の写真は光学10倍ズームで撮ったもの。
 この日は案内のジャーロフ氏の友人宅で、昼食をごちそうになった。はじめて弁当ではなくロシアの家庭料理にふれることができた。
 下段。その後オホーツク沿いにさらに北上、あるところで浜に下りて落ちているゴミを拾う。のかと思えば、ゴミの中に宝石が混ざっている!よく探すと、大小様々なこはくの粒があった。あらそって探したが、残念ながらあまり大きなものはなかった。

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アンモナイトの谷 

アンモナイトを探す アンモナイト発見
最大のアンモナイトのかけら ナエバ川
 この日はいよいよお待ちかねのアンモナイトを採集する日。北海道ではアンモナイトといえば、熊のでそうな沢を山深く入っていくイメージがあるが、現場はちょっとした広場のよう。本当にアンモナイトなどあるのかと疑っていたが、下を見ながら歩いていると本当に小さいがアンモナイトが転がっている。転がっているというのも北海道とは違う。ノージュールをたたいて割る必要などない。ただ探して拾うだけ。これには正直驚いた。1時間ほど探し回って、何個か拾うことができた。下段左の写真はこのとき見つけた最大のもの。かけらだったがさすがにこのサイズでは見つからずに持ち出すことは無理なので写真だけであきらめた。
 その後もう1カ所、川沿いの崖でもアンモナイトを採取できた。下段右はそこへ向かう途中バスの屋根に上がり写した写真。かつての炭鉱のあとなども見えた。
 帰り道、ドリンスクの町で串焼きの屋台を発見。みんなでビールを飲むことにしたら、我々を日本人と見るや、屋台のおじさんは肉をただにしてくれた。日本には友好的らしい。帰り際に客らしき男がなれなれしくいっしょに写真に収まり、住所を教えるから送ってくれとまで言っていたほどだ。

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ユジノサハリンスク市内見学 

ユジノサハリンスク市内パノラマ
ユジノサハリンスク市内 団地
森の中の住宅街 不思議な石碑
 最終日は、宿泊していたユジノサハリンスクの市内観光。はじめは「ボルシェビキ山」というところから市内を眺めた。
 一番上の写真は6枚を横につなげて合成したもの。ズームアップしてみると、町のすぐ近くでもゴミの山から煙が上がっているのが見えた。また場所はよくわからないが、どこか遠くから大砲の音も聞こえていた。目を横に向けていくと、マンションのような建物が並んでいたり、森の中にも別荘のように家がたくさん建っているのが見えた。
 山の上におかしな形の石碑が建っていたが、ガイド氏の説明によると、宇宙と交信したことを記念するものだとか。UFOか何かだろうか。よくわからない。

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地質博物館見学 



 ユジノサハリンスクの地質博物館には、アンモナイトやたくさんの鉱物標本がありました。
 中にはキノコ石?のようなものも!
 キリガイダマシは北海道と同じくおよそ600万年前のものでしたが、残念ながらサハリンで最初に記載されたタカハシホタテは見ることができませんでした。

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