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阿部豊(阿部豐)
ロッパの頬白先生 ろっぱのほほじろせんせい
監督 阿部豊
公開年 1939年
評点[A’]
感想  今日は、古川ロッパ主演の『ロッパの頬白先生』を観た。監督は阿部豊で、昭和十四年(1939)の作品。

 “国民大学”教授の青路法二郎(古川緑波)は、妻(水町庸子)や三人の娘(神田千鶴子・堤真佐子・高峰秀子)と別居している上に生活力がなく、高利貸しや友人から借金だらけ。しかし、たくさんの小鳥を飼ったり琴を習ったりして心は豊かに暮らしているのだが……。

 内田百閨i内田百間)の随筆の映画化(脚本:八田尚之)。随筆を元にした作品らしくストーリー性は薄く、小エピソードの積み重ね。それでも、1時間11分ほどの短さなので、まとまりがないということはない。
 ロッパの演技は、今から見るとちょいと臭いところもあるが(一人二役はやりすぎだと思う)、まさに“浮世離れ”した大学の先生の雰囲気をよく出していると思う。あまりにものんきすぎて妻や娘たちが可愛そうにも思えてしまうが、苦しい生活の中でも心のゆとりやユーモアを忘れないことの大切さ、ということがテーマの一つなのだろう。
 浮世離れした主人公と同じく浮世離れした他のキャラクターたち、特に共に盲人である琴の師匠と高弟(?)たちとの触れ合いのエピソードが、トーキー映画ならではの表現方法を活かされていて心に残る。
 三浦光男による戦前映画らしいソフトな白黒映像が美しい。特に妻と娘たちの家や高利貸しの家の周りの武蔵野の森(?)の描写が印象的。(2006/07/02)

燃ゆる大空 もゆるおおぞら
監督 阿部豊
公開年 1940年
評点[A’]
感想  今日は、阿部豊監督の『燃ゆる大空』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 陸軍の飛行学校の同期生である山村(大川平八郎)・行本(月田一郎)・伊藤(灰田勝彦)・田中(伊東薫)の四人は大変に仲が良かった。やがて、山村・行本・田中は戦闘機パイロットとして山本大尉(大日方伝)の下で戦い、伊藤は爆撃機の操縦員となり、それぞれ空の戦いに散っていったのであった。

 陸軍省が協力して作られた“皇紀二千六百年記念映画”(原作:北村小松/脚本:八木保太郎/構成:阿部豊)。九七式戦闘機や九七式重爆撃機・九七式軽爆撃機の実機が登場する航空機マニア垂涎の作品になっている。第二次大戦期の戦闘機に比べるとズングリしていて飛行中も足が出っぱなしの固定脚である九七戦は、なんだか可愛らしい(笑)。
 ただし、実機がふんだんに使われていて戦闘シーンも多い作品だが、大スペクタクル戦争映画というよりも兵士個人々々を丹念に描いた人間ドラマが中心になっている。パイロットたちをスーパーマンとしてではなく、一軍人としての戦いぶりや死に様を描いている。
 やや理想化されてはいるものの、旧友と再会すれば喜び仲間が戦死すれば悲しむという、当時の真面目な日本軍兵士の様子があまり誇張なく誠実に描かれている印象で、公開当時に大ヒットしたというのは、売り物の空中戦が理由ではなく、観客はこの作品の中に自分の父・夫・兄を見出したからではないだろうか。
 終盤までリアリティを感じさせていただけに、ラストシークエンスの“御立派”過ぎる展開は残念。あれがないと陸軍の協力を得られなかったのかもしれないが。(2005/07/20)

あの旗を撃て あのはたをうて
監督 阿部豊
公開年 1944年
評点[A’]
感想  今日は、阿部豊監督の『あの旗を撃て』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 開戦直後にフィリピンを攻撃した日本軍によりマニラも陥落。撤退する米比軍の車両にはねられて重傷を負った少年トニー・ガルシア(リカルド・パション)は日本軍の池島兵長(大川平八郎)の厚意を受けて仲良くなる。一方、トニーの兄マリアノ(アンヘル・エスメラルダ)と親類のアンドレス・ゴメス(フェルナンド・ポウ)は、米比軍の将校として激戦地バターン半島で日本軍と戦っていた。

 開戦初頭のフィリピンでの日本軍人とフィリピン人の交流を描き、フィリピンロケ中心で会話は多くが英語とタガログ語というちょっと珍しい作品(脚本:八木隆一郎・小国英雄)。
 池島兵長と少年トニーのエピソードは“ちょっといい話”の類だが、押し付けがましさはなく、プロパガンダ映画としてはかなり自然に観られると思う。トニーやその他のフィリピン人の演技は自然で、大川平八郎の英語も巧み。単なる丸暗記ではなく大川平八郎は英語が堪能で、戦後にも洋画に出演したことがあるらしい。アニメの『アルプスの少女ハイジ』を彷彿とさせる場面があったのにはちょっと驚いた。
 米軍(アメリカ人)の描き方はいかにも悪役的で薄っぺらく非現実的なところもあったが、それはいたしかたのないところか。
 日本軍占領地の中でも反日感情の強かったフィリピンで、フィリピン人出演者も対日協力するのに内心忸怩たるものがあったかもしれないが、全くそんなことを感じさせないのは、俳優として阿部監督の演出力を認めたのかもしれない。子役たちも“強制された喜び”を感じさせるようなところはなかった。マニラと前線のバターン半島という静と動の対比も効果的で、宮島義男(義勇)による映像も良い。(2005/07/23)

歌へ!太陽(歌え!太陽) うたえたいよう
監督 阿部豊
公開年 1945年
評点[C]
感想  今日は、轟夕起子主演の『歌へ!太陽』を観た。監督は阿部豊で、昭和二十年(1945)の作品。

 ある劇団のスター女優の梢(轟夕起子)は共演者の幸雄(灰田勝彦)とケンカばかりしているが、互いに憎からず思っている。その劇団の掃除係まつ(竹久千恵子)は、同じ劇団の裏方の直吉(高勢實乘)が劇団の俳優である息子を自慢ばかりしているので、梢が持っていた写真の男(榎本健一)を自分の息子だと言ってしまう。

 昭和二十年十一月公開で、まさに終戦直後の作品。そのためか全て人工的なセット撮影のみ。尺の長さもわずか50分少々で、ストーリーも実に他愛ない。また、現在では地上波放映どころかNHK BS放映も不可能と思われる危ないネタがあって、それは現代人の目で観ると不愉快。
 まぁ、その時期に宝塚スターや人気歌手・俳優の歌と踊りがたっぷりの映画を作ることに意味があったのだろう。現在では轟夕起子ファン向けの作品か。エノケンはさすがに芸達者。(2002/11/28)

天の夕顔 てんのゆうがお
監督 阿部豊
公開年 1948年
評点[C]
感想  今日は、高峰三枝子主演の『天の夕顔』を観た。昭和二十三年(1948)の作品で、監督は阿部豊。

 今は世を捨てて山に隠棲する竜ノ口(藤川豊彦)は、かつて高等学校時代、金曜ごとに道ですれ違った あき子(高峰三枝子)を愛するようになっていた。しかし、数年後に再会した彼女は妻となり母となっていた。二人はどうしても一線を越えられないが、生涯お互いのことだけを想い続けていく。

 中河与一の同題小説を映画化した作品(脚本:八田尚之)。私は未読だが、原作は有名な小説だそうだ。原作は戦前の作品だけに、姦通どころかロクに手も握らないのに、20年以上も愛し合っていく。ちょっと私には高尚過ぎるようだ。登場人物があまりにも受動的で、溝口健二作品のキャラにあるような生命力が感じられないので。
 令嬢から人妻となる役を演じた高峰三枝子はまぁまぁだったが、藤川豊彦の演技は少々単調で、純愛ではあるが「狂熱に近い話」(映画冒頭ナレーションより)でもある作品の主人公らしくなかった。また、ラストシーンの特撮は今から観るとショボくてちょっと唖然とする。
 どうも、こういう話は文章で読んで自分の頭の中で理想的なイメージを描く方が良いのかもしれない。小原譲治撮影のモノクロ映像は美しい。所々セットっぽく見えるところもあるけれども。(2002/03/30)

阿部豊(阿部豐)
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