Return to監督別邦画備忘録Top pageHOME PAGE
荒井良平
水戸黄門 来国次の巻(水戸黄門 来國次の卷) みとこうもんらいくにつぐのまき
監督 荒井良平
公開年 1934年
評点[A’]
感想  NHK衛星で放映された『水戸黄門 来国次の巻』を録画して観たっす。昭和九年(1934)年の作品だというから、相当古い。原作は大佛次郎で脚色は山中貞雄。あの天才映画監督による脚本か。主演は大河内傳(伝)次郎。
 これは無声映画だが(弁士は澤登翠)、サイレント特有のスラップスティックが楽しい。なぜトーキーになるとスラップスティックコメディが成り立たなくなるのか不思議だなぁ。この水戸黄門は、すぐに正体がばれてしまうのが笑える。もちろん印籠は無し。
 チャンバラ&追っかけのいいところで終わったと思ったら、明日放映の『密書の巻』に続く、だって。昔の映画って、こんなんだったんだろうか。一週間ごとに新しいのが上映されたそうだから。(2000/07/24)

水戸黄門 密書の巻(水戸黄門 密書の卷) みとこうもんみっしょのまき
監督 荒井良平
公開年 1935年
評点[A’]
感想  今日はNHK衛星で放映された『水戸黄門 密書の巻』を録画して観た。前作『来国次の巻』の続編で昭和十年(1935)年の作品。監督は、荒井良平という人だそうな。
 このシリーズの水戸黄門は、テレビドラマでは助さん格さんに「こらしめてやりなさい!」と命ずるところを、「助さん格さん遊んでおあげ」と言うから面白い。また、前作に引き続いて戦前の喜劇役者アノネのオッサンこと高瀬實乘(たかせみのる)が出演していた。この人を観るのは、もちろん初めて。
 さて、次回『血刃の巻』では、ついに柳沢吉保の陰謀が暴かれる。御老公の運命やいかに!(2000/07/25)

水戸黄門 血刃の巻(水戸黄門 血刃の卷) みとこうもんけつじんのまき
監督 荒井良平
公開年 1935年
評点[A’]
感想  今日はNHK衛星で放映された『水戸黄門 血刃の巻』を観た。昭和十年(1935)年の作品。大河内傳次郎主演『水戸黄門』三部作の完結編。
 市井の老人に扮した水戸黄門と浪人・立花甚左(大河内傳次郎の二役)の活躍によって、将軍継嗣問題に容喙しようとする奸悪、柳沢吉保・吉里父子の陰謀は見事打ち砕かれたのであった!
 黄門が偽物のふりをしたり、さらにボケた真似をしたのが面白かった。偽黄門ネタって、昔から『水戸黄門』ものの基本だったんだな。にしても、この三本は本当に面白かった。無声映画にはトーキーに無いリズム感がある。
 しかし、『水戸黄門』ものではいつも柳沢吉保が悪者にされて、子孫は迷惑だろうなぁ。柳沢家は明治時代には華族に列して伯爵になって、現在も続いているはずだから。将棋の木村義雄十四世名人(1905-1986)が、一時期、書生として柳沢家に住みこんで旧制中学に通っていたことがあるそうな。その当時の柳沢家の当主はなかなか聡明で、質素な暮らしをしていたとか。(2000/07/26)

江戸の春 遠山桜(江戸の春 遠山櫻) えどのはるとおやまざくら
監督 荒井良平
公開年 1936年
評点[B]
感想  今日は、荒井良平監督の『江戸の春 遠山桜』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 町奉行(鬼頭善一郎)の息子である遠山金四郎(尾上菊太郎)は父の心配をよそに、家を飛び出して遊び人のような暮らしをしていた。そんな折、金四郎の親友の流しの艶歌師・紋次(小林重四郎)が旧悪をネタに、昔の知り合いから再び仲間になるよう脅迫されていた。

 稲垣浩・山中貞雄・滝沢英輔・萩原遼・八尋不二などがメンバーの脚本グループ“梶原金八”による原作・脚本。
 おなじみ遠山の金さんものだが、梶原金八の脚本だけあって立ち回りやお白州がメインではなく“若き日の金さん”が活躍する人情噺的な作品になっている。金四郎と紋次の友情の描写や脇役で登場する“極楽コンビ”の高勢実乗と鳥羽陽之助の使い方が面白い。
 しかし、ひねったテーマだが金四郎を演ずる尾上菊太郎に今ひとつ華がないので、主人公が周囲から一目置かれる魅力的なキャラクターには見えづらく話を引っ張っていくパワーに欠け、加えて脚本も演出もオーソドックスで観客の興味を惹く意外性が乏しい。この辺、演出者の責任だろうか? 映像も戦前の日活作品としては保存状態が良く美しいが、こちらもオーソドックスすぎてメリハリに欠けるような気がする(撮影:谷本精史)。(2005/05/05)

鍔鳴浪人(正・続) つばなりろうにん
監督 荒井良平
公開年 1939年
評点[A’]
感想  今日は、阪東妻三郎主演の『鍔鳴浪人』正・続編を観た。監督は荒井良平で、昭和十四〜十五年(1939〜1940)の作品。

 勤皇の志士・楓月太郎(阪東妻三郎)と高窓一角(沢村国太郎)は、幕府が五百万両と引き換えに蝦夷地を売り渡す契約をしたのを知り約定書を奪おうとし、約定書を手に入れていた異人シェリコフ(志村喬)、横取りしようとする清国人・白大河(上田吉二郎)、そして幕府老中・井上河内守(原健作)らが入り乱れた争いが始まる。

 原作は角田喜久雄の時代小説(脚本:比佐芳武)。正続あわせても2時間強なので、現代の感覚だと2編に分ける必要もないと思ったが、昭和十四年の年末に正編、翌年の正月に続編を公開したお正月興行向けの作品だったらしい。
 戦前の時代劇映画に定番の勤皇の志士ものだが、メインキャラクターが多く彼らが交錯して争うので楽しめた。山中貞雄と交流のあった荒井監督の演出はテンポもまずまず良い。かつらをかぶって怪しげな英語を使う志村喬が面白い。そのため悪役らしさは足りなかったが。清国人を演じた上田吉二郎という人には中々凄みがあった。阪妻は持ち味の豪快さとユーモラスさを見せ、殺陣もまだ切れ味があり、一対多数の戦いでもスピーディで不自然さがない。
 全体に活劇中心という雰囲気なので、高窓の妹で楓の許婚でありながら身を捧げる千鶴(市川春代)や同じく彼らのために働く芸者おもん(川上朱美)という存在がありながら、その辺の突っ込みが甘く情感がちょっと足りないような気がした。正続編ある長編作品なので、もっとしっとり描いても良かったかも。これが監督の個性なのかもしれないが。(2004/07/02)

地獄太鼓 じごくだいこ
監督 荒井良平
公開年 1953年
評点[B]
感想  今日は、大河内傳次郎主演の『地獄太鼓』を観た。監督は荒井良平で、昭和二十八年(1953)の作品。

 五代将軍綱吉(市川男女之助)は待望の跡継ぎ国松が生まれて大喜びしていた。国松を生んだのは筆頭老中・柳原甲斐守(市川小太夫)が推挙した側室お照の方(霧立のぼる)である。その頃、水戸の西山荘の畑を耕す光圀公(大河内傳次郎)を何者かの矢が襲う。

 戦前の作品が多い荒川良平がこれまた戦前派の監督・脚本家だった(戦後作もあるが)井上金太郎の原作を映画化(脚本:民門敏雄)。
 戦前から演じているだけあって大河内傳次郎の黄門は板についていて、普段のとぼけぶりと悪役を一喝するときの迫力との対比が良い。ストーリーは意外性に欠けるし、スリの長次(坂東好太郎)や飴売りの辰三(鶴田六郎)と言った長屋の住人のキャラクターと演技はちょっと類型的で昭和二十八年の映画としては少々古い気がしないでもないが、監督・原作が戦前派ならではの戦前映画っぽい暖かさがあり、古い時代劇映画ファンには好ましい作品だと思う。
 作中登場する江戸観光ガイド(?)の娘を演ずる久保幸江と飴屋の鶴田六郎が唄う歌が面白い。両者ともコロムビア所属の歌手らしい。(2006/03/12)

赤穂義士 あこうぎし
監督 荒井良平
公開年 1954年
評点[C]
感想  今日は、荒井良平監督の『赤穂義士』を観た。昭和二十九年(1954)の作品。

 時は元禄十四年。浅野内匠頭(黒川弥太郎)が吉良上野介(瀬川路三郎)へ刃傷に及び切腹、浅野家は断絶。浅野家筆頭家老・大石内蔵助(進藤英太郎)のもとに集まった浅野家家臣の不破数右衛門(杉山昌三九)・岡野金右衛門(南条新太郎)・赤垣源蔵(坂東好太郎)には、それぞれの数奇な運命が待ち受けているのであった。

 おなじみ忠臣蔵もので、多くの場面で四人の浪曲師(寿々木米若・梅中軒鶯童・富士月子・玉川勝太郎)の語りが流れる浪曲映画(原作:萩原四朗/脚本:池田菁穂)。
 主な内容は不破数右衛門と病妻(三条美紀)の話・岡野金右衛門恋の絵図面取り・赤垣源蔵徳利の別れといった創作性の強いエピソードで、まさにいわゆる“浪花節的”な感じ。演出も湿っぽいというか、ちょっと定番的過ぎて一工夫欲しいような気もした。
 この作品の一番の見所は悪役の多い進藤英太郎が大石役であることかもしれない。吉良上野介役さえやっているのに(この作品の後らしいが)。月形龍之介も同じく吉良と大石を演じていて、両者とも一般的な大石のイメージとは異なる底の知れなさを感じさせるので(観る方の先入観のせいだが)、実際の大石の雰囲気に近いのかも……なんて思ったりもする。(2005/12/18)

荒井良平
掲示板 Return to監督別邦画備忘録Top pageHOME PAGE