Return to監督別邦画備忘録Top pageHOME PAGE
伏水修
歌ふ弥次喜多(歌ふ彌次喜多/歌う弥次喜多) うたうやじきた
監督 岡田敬・伏水修
公開年 1936年
評点[C]
感想  今日は、岡田敬・伏水修共同監督の『歌ふ弥次喜多』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 ある日、江戸っ子の弥次呂兵衛(古川ロッパ)と喜多八(藤山l)は思い立ってお伊勢参りの旅に出た。町内総出の見送りを受けて出発したのに、弥次喜多コンビは旅先で出会った女にちょっかいを出し、騒動を起こす。

 エノケンと並ぶ喜劇王ロッパ(緑波)の主演作。原作もロッパ名義になっていて、人気のあったロッパ劇団の舞台作の映画化らしい(脚本:阪田英一)。
 ロッパと藤山lは双方とも歌が上手く美声を発揮しまくるが、歌が多すぎてちょっとまとまりがない。また、『カチューシャの唄』『ストトン節』『籠の鳥』など昔の流行歌が多く、オリジナル曲が少ない。舞台だと次から次へと歌を披露して大うけだったのだろうが、映画として観ると脚本と構成に工夫が足りないような気がする。ただ、終盤の幻想の中のレビューシーンや『侍ニッポン』は面白かった。
 現在残っているプリントは公開当時のものより短くなっているようなので、その辺で損をしているかもしれない。生真面目そうな侍を演じた藤原釜足がいい味を出していて、彼と泥棒(鈴木圭介)がからむシーンが欠落してしまっているような気がする。(2004/07/20)

東京ラプソディ とうきょうらぷそでぃ
監督 伏水修
公開年 1936年
評点[A’]
感想  今日は、藤山一郎主演の『東京ラプソディ』を観た。監督は伏水修で、昭和十一年(1936)の作品。

 東京は有楽町でクリーニング屋を営む若原一郎(藤山一郎)は、偶然その歌を聴いた女性ジャーナリスト(伊達里子)と好事家の伯爵(御橋公)によって一躍流行歌手の座に祭りあげられる。しかし、仲の良かった鳩ポッポこと鳩子(椿澄枝)との距離は遠くなるばかり……。

 当時大流行した藤山一郎の『東京ラプソディー』(作曲:古賀政男)を基にして作られた映画(原作:佐伯孝夫/脚本:永見隆二)。題名通り、東京の有楽町や銀座、神田のニコライ堂周辺などが映し出される。この歌は当時35万枚もレコードが売れたという。現在に換算すれば、ミリオンセラーどころではないだろう。
 いわゆる歌謡映画ではあるが、歌の挿入の仕方が巧みで、登場人物がいきなり会話の途中で歌い出すような不自然さは無い。ストーリーは新味のあるものではないが、展開のテンポが軽快で映像の歯切れも良く、観る前の予想よりもずっとしっかりした映画だったので、かえって驚いた。意外な佳作。特に、映像は非常に現代的というか洋画的というか、今の目で観ても不自然さはほとんど無い。ハリウッドに行った経験のある三村明が撮影を担当したことが大きな要因なのだろうか。
 登場人物やその他東京の街の人々がメドレー形式で歌いながら登場するラストシークエンスが特に心に残る。
 藤島一郎の演技は、時々台詞回しに拙さを覗かせることもあったが、観るに堪えないほどではなかった。(2004/01/14)

支那の夜 しなのよる
監督 伏水修
公開年 1940年
評点[C]
感想  今日は、長谷川一夫&李香蘭主演の『支那の夜』を観た。監督は伏水修で、昭和十五年(1940)の作品。

 ある日、初めて上海に来た日本人船員の長谷哲夫(長谷川一夫)は、街で日本人にからまれていた中国娘の桂蘭(李香蘭=山口淑子)を助ける。反日的であった彼女も、長谷の優しさに触れて心を開いていく。その二人を襲う風波。

 日本人でありながら中国人女優として喧伝された李香蘭の代表作。戦前の国策映画だけあって、お約束の展開といいますか…例えば、「かたくなな女が病気で倒れ、男に看病されて心を開く」というのはマンガなどでいくらでもあるパターンだが、これって戦前からあったんだ(笑)。こういうのが、かえって当時の観客にはウケたのかなぁ。
 それと、脇役が完全に台詞をトチっているシーンが2ヶ所あったのに、何事も無かったように進められていた。現地調達した素人の日本人でも使ったのか、あるいは時間に追われて早撮りしたのか…。
 撮影は名キャメラマンの三村明なので、映像は美しい。上海や蘇州の風景がたっぷり出てくるのは、海外に行く機会はまず無かった当時の日本人向けだろう。

 ラストは別の意味で意外な展開なので、それで全てを許せてしまうか、あるいは怒ってしまうかは、受け手次第(謎)。(2001/04/05)

伏水修
掲示板 Return to監督別邦画備忘録Top pageHOME PAGE