Return to監督別邦画備忘録Top pageHOME PAGE
萩原遼
日本一の殿様 にほんいちのとのさま
監督 萩原遼
公開年 1937年
評点[A’]
感想  今日は、萩原遼監督の『日本一の殿様』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 城内に浪曲師を招いて『水戸黄門漫遊記』を聞いた若殿(小笠原章二郎)は、すっかり感動してしまい自分も名君たらんと思い立ち、城から出させてほしいと大殿(高勢実乗)に頼むが一蹴される。しかし若殿はこっそり城を抜け出して市井の長屋にもぐりこむ。

 ちょうど1時間ほどの小編だが、脚本の巧みさと(原作:小林正/脚本:萩原遼)と映像のテクニックを巧みに用いた演出で楽しませてくれる作品。時間の経過を省略して表現する技法は山中貞雄作品を彷彿とさせるものがあるし、水面の波紋などを象徴的に用いた映像表現も効果的。映像自体も戦前の作品にしてはシャープで、“縦の構図”を用いた捉え方も技巧を感じさせる。撮影の河崎喜久三は『その前夜』も担当した人らしい。
 大殿の高勢実乗は、“アノネのオッサン”式の怪演ではなく押さえた演技で父親役を見事にこなしている。若殿の小笠原章二郎も若々しさがよく出ていた。若殿と仲良くなる町娘の花井蘭子やその他の町の住人たちも良い。(04/06/22)

清水次郎長 しみずのじろちょう
監督 萩原遼
公開年 1938年
評点[B]
感想  今日は、大河内傳次郎主演の『清水次郎長』を観た。監督は萩原遼で、昭和十三年(1938)の作品。

 清水港の侠客・次郎長(大河内傳次郎)は、渡世の義理で保下田の久六(鳥羽陽之助)の敵を斬ってやったが、久六との仲はどうもしっくりしない。そんな次郎長のもとに博打好きの少年・石松(大村千吉)が子分にしろと押しかけてきたり、近所の娘お蝶(千葉早智子)が何かと世話を焼きに来たりしたが、ついには駆け落ちした男女まで飛び込んできた。

 清水の次郎長ものだが、まだ売り出し前という設定なのか一人暮らしで石松も少年(原作:小島政二郎/脚本:八住利雄) 。そのため次郎長ものではおなじみの子分の活躍や子分との掛け合いはあまりない。石松の大村千吉の演技はまだ若いし。それに中盤は不良少年石松を次郎長とお蝶が更生させようとする謎の展開(笑)。猫がかわいいけど。
 前半から中盤にかけては、萩原監督らしい庶民の生活の描写を観ることはできるものの、ちょっと地味な展開だが、後半に入って文字通り大河内傳次郎が走り出すと一気に映画が動き始める。殺陣の際に走っても上体がぶれない傳次郎はさすがだし、次郎長のあせりを示す映像表現も面白くて効果的(撮影:安本淳)。比較的保存状態が良いので、空に浮かぶ雲の美しさも印象に残る。
 終盤の傳次郎の迫力や殺陣はやはり素晴らしいので、前半から中盤にかけてもう少しコミカルでテンポ良くしたら、メリハリが利いてより印象が強い作品になったかもしれないので、惜しい気がする。(2004/05/13)

その前夜 そのぜんや
監督 萩原遼
公開年 1939年
評点[A]
感想  今日は、萩原遼監督の『その前夜』を観た。昭和十四年(1939)の作品。

 時は幕末。池田屋の斜め前にある大原屋は、大繁盛のお向かいに引きかえ逗留客は絵師の滝川(河原崎長十郎)ただ一人。それなのに主人の彦兵衛(助高屋助蔵)は池田屋の主人と将棋三昧の日々を送り、せがれの彦太郎(中村翫右衛門)が友禅染職人、長女お咲(山田五十鈴)が芸妓となって家を支えていた。そんなある日、滝川のもとを武家の奥方風の女性・芳江(千葉早智子)が訪ねてくる。

 昭和十三年に中国大陸で戦病死した山中貞雄の遺稿『木屋町三條』を、山中も一員だったグループ“梶原金八”名義で脚本とし、同じくグループの一員だった萩原監督が演出、『人情紙風船』に主演した前進座総出演で映画化した作品。
 大原屋一家や滝川を狂言回しとして新選組や池田屋騒動を描く作品かと思っていたら、まさに大原屋の面々が主人公と言って良い作品だったのが意外だった。新選組側も、平隊士の安田(橘小三郎)・松永(市川扇升)・茂木(市川莚司、のち加東大介)がメインで、歴史の流れに翻弄され、なす術(すべ)ない一個人の姿を克明に描いている。歴史の動きを知らず日々の暮らしを過ごす庶民、時代の潮流を薄々察しながら何もできない滝川、各個人では人間らしく生きようと望みながらも組織に従わざるを得ない新選組隊士……と、それぞれの描写が丹念。市井の人々を描こうとした山中貞雄の原案を生かそうとした仲間たちの思い入れが伝わって来る。
 表面ではいがみ合いながらも、心の底では家族を思っている大原屋一家の描き方が実に良い。抜け目ない商人風の中村翫右衛門も面白いが、芸妓お咲の山田五十鈴が圧巻。滝川らと絡む時の表情の演技が素晴らしい。新選組の松永と淡い想いを交わす次女役に高峰秀子。

 映像(撮影:河崎喜久三)は、江戸時代の家の中の暗さがよく再現されていて、昼間の映像は時々意外なほどシャープなものがあったが、所々暗すぎるところもあった。現存フィルムは、まずまずな映像の状態に対して音が今ひとつなのが残念。(2004/01/18)

嵐に咲く花 あらしにさくはな
監督 萩原遼
公開年 1940年
評点[A]
感想  今日は、萩原遼監督の『嵐に咲く花』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 江戸幕府最後の年の慶応四年、慶応義塾の塾生・蜆平九郎(黒川弥太郎)は塾長の福沢諭吉(大河内傳次郎)や親友の鮫島(三田国夫)が止めるのも聞かず、塾を脱走して官軍に身を投じた。しかし、会津二本松の戦いで目を負傷してしまう。蜆は世話してくれた増水けい(山田五十鈴)に恩義と恋心を感ずるが、別れ別れになってしまう。明治になると、蜆は横浜に流れて……。

 冒頭部分を観て、昭和十五年にもなると勤皇ものを作らざるを得なくなったのか……と思ったら大間違い、官軍に攻められる二本松藩の視点からも描かれているし、主題は勤皇運動ではなくむしろ明治維新によって運命を狂わされた男女を描いているので、この時点ではまだこういう作品が作れたのかと少々驚いた(原作:木村毅/脚本:山崎謙太)。
 蜆と増水けいが出会うまでと、会ってから別れてしまうまで、そして再会と、おおむね三つの部分に分かれていて、多彩なキャラクターが登場する。若い頃の黒川弥太郎は青年の客気をにじませていて、山田五十鈴はいつもながら見事。蜆を慕う横浜のチャブ屋の女お秋(志賀暁子)というキャラも面白い。演出的には、萩原監督らしい“物”を使って異なる時間と場所を繋ぐ手法がこの作品でも用いられている。
 保存状態が良いので、構図が巧みでシャープな映像を楽しめる(撮影:安本淳)。(2004/09/20)

おもかげの街 おもかげのまち
監督 萩原遼
公開年 1942年
評点[A’]
感想  今日は、萩原遼監督の『おもかげの街』を観た。昭和十七年(1942)の作品。

 大阪の呉服屋・河内屋は、一人娘お美代(山根寿子)の婿・万吉(田中春男)の放蕩が過ぎるため離縁させ、お美代を寺に預け、佐七(長谷川一夫)とお千代(入江たか子)の二人を夫婦養子にしてしまった。しかし、順風満帆に見える佐七とお千代にも思わぬ運命の波が待ち受ける。

 江戸時代の大きな商家を舞台にしていて、そこにあるのは“義理と遠慮”の、現代人からすると古臭い価値観だが、その描き方は様式的ではなく登場人物が生きたキャラクターになっている。そのため、現代の鑑賞にも堪える作品だと思う(脚本:八住利雄)。
 雰囲気は明るくなく登場人物がよく泣くが、現在から過去の社会を断罪する描き方ではなく、同じ視線の高さで描いているため、不快になることはなかった。もう少し展開が早くても良いとは思ったが。
 長谷川一夫が色男風ではない押さえた演技で、苦悩する若旦那をリアルに演じていた。若い頃の田中春男もなかなかいい男で、こちらの世をすねた若者の演技も良い。
 入江たか子が眉を落として浮世絵を再現したようなメイクをしていたが、不気味ではなく美しかった。彼女の顔立ちが非常に整っているためでもあるだろうが、メイクの巧みさが大きいかもしれない。オープニングで化粧担当のクレジットは出なかったので誰がやったのかはわからないが。
 常に少し経年変化のノイズが乗るが、映像そのものは戦中作にしてはかなりシャープ(撮影:安本淳)。(2004/03/14)

韋駄天街道 いだてんかいどう
監督 萩原遼
公開年 1944年
評点[B]
感想  今日は、萩原遼監督の『韋駄天街道』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 時は幕末。木曽路を旅する若旦那風の男・長太郎(長谷川一夫)は駕籠かきの猪助(榎本健一)と馬子の勘三(岸井明)を助けてやり、猪助の相棒になって宿場町に居ついてしまう。たちまち人気者になって宿場の重要な役を務めることになったが、町の駕籠かきや人足をまとめる親方(鳥羽陽之助)一派は彼を快く思わない。一方、幕府の役人である前島密は長太郎に注目していた。

 木曽の山道や町を背景にして(長野ロケをしたという)長谷川一夫やエノケンが活躍する人情ドラマが基本だが、戦中の作品なので私欲を捨てて“公”に尽くそうというテーマとして、幕末から明治初期の運輸・郵便制度の整備までが取り扱われている。
 人情噺の部分は長谷川一夫と彼を慕う町の女(山根寿子)やエノケンとその子を主題としていて、萩原監督のしっとりした演出と映像(撮影:伊藤武夫)を楽しめる。ただ、ちょっとテンポがゆっくり目のような気がした。
 実力者たちの私利私欲や人間関係で混乱してしまう幕末の前近代的な運輸・通信制度から明治の近代的な郵便制度へ移り変わるというテーマは、やはり取って付けた感は否めない。脚本家(三村伸太郎)も日本郵便の父・前島密(一円切手の肖像の人)を登場させたりして苦労したと思うが……。(2004/09/26)

大江戸の鬼 おおえどのおに
監督 萩原遼・志村敏夫
公開年 1947年
評点[B]
感想  今日は、萩原遼・志村敏夫監督の『大江戸の鬼』を観た。昭和二十二(1947)の作品。

 江戸の町は、ゆえなく人を殺す通り魔の恐怖に震えていた。なかなか尻尾をつかめず遠山金四郎(黒川弥太郎)以下の町方役人が焦りを見せる中、腕利き岡っ引の伝七(大河内傳次郎)と島流しから帰ってきたばかりの清吉(長谷川一夫)は、いわれのある般若の面に注目する。

 江戸の町を舞台にした推理サスペンスものといった感じの作品(脚本:三村伸太郎)で、江戸の闇の表現や夜中の追跡劇はなかなかの出来(撮影:安本淳・岩佐一泉)。いわくありげな面打ち師を演じた上山草人も雰囲気を出している。
 しかし、まだ昭和二十二年の段階では立ち回りを自粛していたのか捕物は割りとアッサリ目で、登場人物どうしの会話や思い入れの演技(?)が中心になっていて、展開がかなり遅い。特に面打ち師の娘を演じた高峰秀子の見せ場がたっぷりありすぎて……。
 内容がスリラー物でもあるためか、戦前戦中の萩原作品に観られたしっとりした感性や小粋な演出があまり観られなくて残念。(2004/09/29)

新諸国物語 笛吹童子 第一〜三部 しんしょこくものがたりふえふきどうじ
監督 萩原遼
公開年 1954年
評点[B]
感想
Amazon
新諸国物語 笛吹童子
新諸国物語
笛吹童子
Amazon
新諸国物語 DVD-BOX
新諸国物語
DVD-BOX

 今日は、中村錦之助主演の『新諸国物語 笛吹童子 第一部 どくろの旗』を観た。監督は萩原遼で、昭和二十九年(1954)の作品。

 応仁の乱のあと天下は麻の如く乱れ、丹波の満月城も髑髏の旗印を掲げる野武士・赤柿玄蕃(月形龍之介)によって奪われた。大陸の明に留学していた満月城主の子・萩丸(東千代之介)と菊丸(中村錦之助、のち萬屋錦之介)はそれを知り、日本へ向かう。

 中村錦之助3本目の映画出演作で、当時大人気だったNHKの子供向け連続ラジオドラマの映画化(原作:北村寿夫/脚色:小川正)。錦之助は外見も声も少年っぽく本当に若い感じがする。
 原作が子供向けだけに、リアルさは無くおとぎ話っぽい雰囲気。三木滋人の撮影によるソフトな映像が、よりファンタジー的な雰囲気を作っている。出演者の中では、月形龍之介の絵に描いたような悪役っぷりが面白い。
 ただし、各編が1時間に満たない続き物なので、全3部作を観なければ評価はできないかも。なんせ、いきなり登場した大友柳太朗が「うわっはっはっは」と笑って終わるんだもの(笑)。(2003/03/24)



 今日は、中村錦之助主演の『新諸国物語 笛吹童子 第二部 妖術の闘争』と『第三部 満月城の凱歌』を観た。双方とも監督は萩原遼で、昭和二十九年(1954)の作品。

 第二部は、第一部のラストで赤柿玄蕃(月形龍之介)に殺されそうになっていた満月城の遺臣の娘・桔梗(田代百合子)を大江山の妖術使い霧の小次郎(大友柳太朗)が助け出す。実は、彼は生き別れになった妹を探すため若い娘をさらっていたのだ。その妹・胡蝶尼(高千穂ひづる)は黒髪山の魔法使い堤婆(千石規子)に育てられていた。

 『笛吹童子』シリーズ第二作。この編では、霧の小次郎が事実上の主人公で、彼と胡蝶尼の出生の秘密がテーマ。妖術や魔法を表現するチープな特撮や、登場する妖怪の扮装が面白い。ストーリーは、やはり第三部へ続くって感じで終わる。

 『第三部 満月城の凱歌』は、赤柿玄蕃(月形龍之介)に捕われていた萩丸(東千代之助)が逃れ、玄蕃を倒そうとする白鳥党の頭として迎えられる。面作り師となっていた菊丸は、呪いの髑髏の面を持った小次郎と出会う。

 シリーズ完結編。第二部ではほとんど登場しなかった萩丸と菊丸がようやく活躍。しかし、どうしても大友柳太朗と月形龍之介の強烈なキャラクターの陰に隠れて目立たない。原作ではどうだったのだろうか。
 また、呪いの髑髏の面というアイテムや小次郎・胡蝶尼の出生の秘密など話の要素が豊富だが、ちょっと話が駆け足で、もう少しじっくり見せてほしいと思った。もっとも、本来の対象である子供たちが観たらハラハラドキドキの展開なのかもしれないが。(2003/03/25)

源義経(総集編) みなもとのよしつねそうしゅうへん
監督 萩原遼
公開年 1956年
評点[A’]
感想  今日は、萩原遼監督の『源義経(総集編)』を観た。昭和三十一年(1956)の作品。

 平治の乱で源氏が敗れて以来、源義朝の次男・牛若丸(中村錦之助、のち萬屋錦之介)は鞍馬寺に預けられていたが、平家の手はそこにも伸びてきた。奥州の藤原氏の招きによって弁慶(月形龍之介)らと共に陸奥に逃れ、源氏の再興と兄・頼朝(南原伸二、のち南原宏治)との再会を期するのであった。

 村上元三の原作の映画化(脚本:八尋不二)。オープニングタイトルに「NHK放送劇」とあったので、ラジオドラマにもなっていたらしい。『源義経』『続源義経』の2本で計180分の作品を合わせて102分強にした総集編。
 錦之助が映画界に転じてまだ数年目で若く、稚児姿も違和感なく美少年に見える。声もちょっと甲高い感じだが、かえって役に合っているかもしれない。ストーリーが生涯の前半生の部分なので、義経と母親の常盤御前(山田五十鈴)と義父(母の再婚相手)の一条大蔵卿(中村時蔵)との触れあいが中盤までの主なテーマになっている。
 山田五十鈴にはいつもの凄み(?)や色気は全くなく、離れて暮らす息子を想う心やさしき母親像を演じきっていて、何をやらせても上手いな〜と思った。錦之助の実父の時蔵が義経の義父を演じているのが面白い。初めて映像で見たが、やはり似ている。月形龍之介は弁慶を演ずるにはちょっとトウが立っているような気もするが、凄みや強さはさすがによく出ている。南原宏治も凄く若いけど、やっぱり怖い(笑)。
 しっとりした雰囲気や美しい映像(撮影:吉田貞次)があって萩原遼監督の戦前作を思わせてくれる作品なので、総集編のためか駆け足の感があるのが非常に残念。脇役の行動が唐突に見える部分があり、終わりも「戦いはこれからだ」という雰囲気で終わってしまうので、ちゃんと正続編のプリントで観たらもっと評価が高くなるような気がする。残っているだろうか?(2004/12/21)

柳生旅日記 竜虎活殺剣 やぎゅうたびにっきりゅうこかっさつけん
監督 萩原遼
公開年 1960年
評点[B]
感想  今日は、近衛十四郎主演の『柳生旅日記 竜虎活殺剣』を観た。監督は萩原遼で、昭和三十五年(1960)の作品。

 播州は津の浦の港に旅してきた柳生十兵衛(近衛十四郎)は、その地で片目の龍を旗印にする海賊が海を荒らしまわっていることを知り、さらに天下転覆の陰謀がその裏にあることを嗅ぎつける。

 近衛十四郎主演の柳生十兵衛ものの、松竹における第二作目。内容はどこかで聞いたことのあるお約束のものだが、テンポが今ひとつで途中までちょっと長く感じた。しかし、終盤の大殺陣で救われる。近衛十四郎の殺陣はさすが。さらに、畳返しの秘儀まで拝める。十兵衛ちゃん強すぎ(笑)。
 また、柳生十兵衛と妙な縁で道連れになる男の役として花菱アチャコが出演していて、近衛十四郎がアチャコのまねをするという爆笑シーンもあったりする。のちのテレビ時代劇で見せたように、近衛十四郎にはユーモアの才もある。(2003/07/06)

萩原遼
掲示板 Return to監督別邦画備忘録Top pageHOME PAGE